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実現へ動き出した「未来都市」── スーパーシティとは何か

AIやビッグデータなどの最先端技術を活用し、物流や医療・介護、教育、エネルギー、防犯、防災など、生活全般をスマート化した「未来都市」。それが政府の目指す「スーパーシティ」だ。その実現に向け、今年5月には「スーパーシティ法案」が成立。いよいよ動き出したビックプロジェクトは果たして、日本をどのように変えていくのか、我々の暮らしはどう変わっていくのか。スーパーシティの全貌に迫った。

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センチュリー2020年10月号

コロナ騒動の渦中で成立された
政府肝いりのビッグプロジェクト

ドローンや自動運転車が行き交い、ロボットがあらゆる作業を担う。紙幣は一切使わず、スマホ一つで全ての買い物や支払いができる。医療も教育もオンラインで受けられる。道路の混み具合や駐車場の空き状況、街のあらゆる情報をスマホでタイムリーに確認できる──。そんな未来都市が遠からず現実のものとなるかもしれない。
 今年5月、「国家戦略特別区域法の一部を改正する法律案」、いわゆる「スーパーシティ法案」が国会で成立した。スーパーシティとは、あらゆる最先端技術を人々の暮らしに実装した「未来都市」のこと。政府は以前からスーパーシティの実現化を目指し、試行錯誤を重ねてきた。昨年には二度にわたり法案成立を目指すも、反対意見や党内調整の都合で立て続けに頓挫。今回の成立は三度目の正直と言ったところか。これだけ法案成立に苦心してきたことからも、スーパーシティは政府肝いりのプロジェクトであることが窺える。
 スーパーシティが実現されれば、日本社会は大きな変革を迎えることになる。しかしながら、法案が成立した今年5月は周知の通り、新型コロナウイルスの感染拡大が世間の耳目を集めていた。スーパーシティは今後より注目度が高まり、その是非に関する議論も加速していきそうである。

政府が目指す「スーパーシティ」
その定義や特徴とは?

改めて、スーパーシティとは何なのかを、まずは確認しておこう。内閣府が公表している構想案によると、スーパーシティの定義は次の3要素を満たす都市である。
①「移動」「物流」「支払い」「行政」「医療・介護」「教育」「エネルギー・水」「環境・ゴミ処理」「防災」「防犯・安全」の10領域のうち、5領域以上をカバーし、生活全般にまたがること
②2030年ごろに実現される未来社会での生活を加速実現すること
③住民が参画し、住民目線でより良い未来社会の実現がなされるようネットワークを最大限に利用すること
 都市のデジタル化や先端技術の導入ということで言えば、従来より行われてきた「スマートシティ」と目指す方向性は同じだ。しかし、現状スマートシティの多くは、特定分野に特化した実証実験に留まっている。ともすると供給者目線、技術者目線の都市づくりになりがちでもあった。
 一方、スーパーシティでは最低5領域以上とあるように、暮らしに関わる幅広い分野で新技術の“実装”をしていくことになる。「自動運転のまち」でも「完全キャッシュレスのまち」でもなく、全てをパッケージにして「未来都市」「2030年の暮らし」を実現しようとしているわけだ。また、技術者や企業、国や自治体でもなく、住民目線で都市をつくるという点も、従来の都市づくりとは一線を画するところである。
 最先端技術を駆使した都市づくりにおいて、一番のハードルとなるのが「規制」だ。たとえば、ドローン配達をするとなると航空法の規制、遠隔地にオンラインで服薬指導をするなら薬剤師法の規制を緩和する必要がある。従来のスマートシティのように特定分野の実証を行う場合、改革すべき規制も単一の省庁に限られるケースが多い。しかし、多分野にまたがるスーパーシティの実現を目指す場合は、複数の省庁で規制改革をする必要があり、より一層の時間と手間を要することになる。最先端な取り組みであればあるほど、規制の壁も厚くなるのが現状だ。
 先述のスーパーシティ法案では、こうした壁を取り払うために、安倍政権が力を入れて取り組んできた「特区制度」のさらなる強化を図った。具体的には、分野横断的にデータを提供したり、複数分野の規制改革を一体的に実現したり、といったことを可能とする特例の手続きが整備された格好だ。既存の法律や規制の壁を飛び越えてでも、最先端技術を生活に落とし込み、未来都市を現実のものとする。政府としては非常に思い切った試みと言えるだろう。

スーパーシティの背景にある
世界情勢や国内状況

なぜ政府はスーパーシティの実現に、ひときわ力を注いでいるのか。その背景には、国内外の情勢や社会問題の存在がある。
 昨今は「SDGs」のように、世界で共通認識となっているいくつもの社会課題がある。また、世界的にAIやビッグデータ、IoT、ロボットなどの技術をあらゆる産業に取り入れ、新しい社会を実現しようという動きもある。そこで政府や経団連は現在、「Society5.0」というキーワードを提唱している。人間社会は狩猟社会(1.0)、農耕社会(2.0)、工業社会(3.0)を経て、現在は情報社会(4.0)にある。しかし、いくらインターネットが普及し、情報が溢れる社会になっても、課題は山積している状況だ。そこで「Society5.0」では、単なるデジタル化ではなく、あらゆる情報をビッグデータで統合し、AIで解析し、IoTで人々の暮らしをより快適にしていくことを目指す。この考え方も、スーパーシティが目指す都市作りと通底するものがある。
 国内に目を向けても、日本社会は厳しい現状に直面している。日本の人口は2060年に現在の5分の4にまで減少する。若年労働人口の減少によって、人材不足が長期間続くことは間違いないだろう。そうした状況下で、今当たり前に供給されている行政サービスをはじめとした、様々なサービスをいかに維持していくか。その解決策の一つとして、政府はスーパーシティの推進に力を入れている。労働力が減少するということは、逆に言えばAIによる仕事の代替が進めやすいとも言える。「人口減少」というピンチをチャンスに変え、日本が世界を先行して最先端の都市をつくる。そんな逆転の一手として、スーパーシティに可能性を見出しているわけだ。
 その他に、地球規模で拡大している新型コロナウイルスの存在もある。感染症対策もまた、都市づくりにおいて重要な視点になったと言えるだろう。政府が想定するケースとして、スーパーシティでは自動運転車が感染者を迎えに行き、人に接触せず入院できるような仕組みも検討されている。また、キャッシュレスや自動配送なども、人と人との接触低減に有効だろう。今回のコロナ禍も、スーパーシティの実現を後押しする要因となるかもしれない。

国内外で進められている
スマートな都市づくり

既に国内外でAIやビッグデータを駆使した都市設計は進められている。その多くはスマートシティのような特定分野の実証段階に留まっているが、スーパーシティの実現に向けて大いに参考にはなるだろう。ここからは、国内外の先進的な事例を紹介していこう。
 神奈川県藤沢市では、パナソニックをはじめとする18の企業・団体と藤沢市が官民一体となり、「Fujisawa サスティナブル・スマートタウン」と称した都市づくりを進めている。パナソニックの藤沢工場跡地を活用し、再生可能エネルギーの導入、カメラ・センサー付きLED街路灯による住民の見守り、医療・看護・介護・薬局が連携する地域包括ケアシステムなどが実施されている。
 福島県会津若松市では住民を含め産官学が連携し、「スマートシティ会津若松」としてICTや環境技術などを活用した都市づくりを進めてきた。医療や食事のデータを活用した予防医療・健康サービス、住民それぞれの好みに応じた観光スポットの紹介サービスなどを行っている他、今年7月からは日本初のデジタル地域通貨「Byacco/白虎」の運用もスタートした。
 最も有名なのはトヨタ自動車が実施していく「ウーブン・シティ」か。静岡県裾野市の工場跡地を利用し、自動運転やMaaS、ロボット、AI技術などを導入・検証できる実証都市をつくる取り組みだ。来年初頭にも着工予定とされている。
 国外の代表例は、まずバルセロナが挙げられる。バルセロナでは2000年からインフラとしてWiFiを整備し、ICT化を進めてきた。交通量に応じてエリア毎の明るさを調整する「スマートライティング」、駐車場の空き状況を把握できる「スマートパーキング」、ゴミの埋まり具合をセンサーで感知する「スマートなゴミ収集管理」などを実施し、渋滞緩和や省エネ、経費節減といった成果を出している。
 韓国では埋め立て地に「ソンド」という都市を開発。同地の一部住宅では家庭ゴミをダクトから収集センターまで自動集積するシステムが確立されている他、最新ビデオ技術を駆使した遠隔医療・教育も実践されている。街中にはスマートライティングの設備などもあり、大気汚染の状況監視やバスの運行管理など、ICTを活用したサービスも展開されている。
 非常にスケールが大きいのがインドで、国内に100のスマートシティ建設を目指している。インドで特筆すべきなのは、国民一人ひとりにIDを付与し、指紋などの生体認証もセットでデータベース化する「アドハー」という仕組み。既に人口13億人のうち12億人あまりに普及しており、銀行口座も紐付け、政府から国民に直接補助金を届けることが可能となっている。
 世界最大のEC企業アリババグループが本社を置く中国・杭州では、「シティブレイン」プロジェクトが進行中。アリババグループが行政と連携し、監視カメラで捉えた道路のライブ映像をAIで分析して、交通違反の取り締まりや渋滞対策に役立てている。市内では無人コンビニも展開し、電子決済「アリペイ」を使った顔認証でのキャッシュレス払いも実現した。
 一方で、実現化に苦戦するケースも。カナダ・トロントではGoogle系列会社が中心となり、自動運転を前提とした都市づくりを進めてきた。歩行者・自転車・公共交通と、用途に応じて道路を分け、公共交通やライドシェアなどの移動サービスを定額制で乗り放題とするなど、数々の先進的な計画を盛り込んだ。ところが今年5月、突如プロジェクトの中止が発表される。街中にセンサーを配置し、行動データを収集することに対し、住民から「プライバシーが侵害される」と反発の声が上がったという。

センチュリー2020年10月号特集記事の参考画像

鍵を握るのは「データ連携」
監視社会への懸念も

スーパーシティで中核を担うのは、様々な分野の垣根を超えた「データ連携」だ。横断的にデータを収集・整理することができれば、たとえば歩行困難な患者の通院サポートとして、タクシーの配車予約と病院の通院予約を連携させて一元化することも可能になる。こうしたデータ連携を円滑にするために、今回成立した「スーパーシティ法案」では、事業者が国・自治体の持つデータの提供を求められる規定も追加された。このデータ提供は当然、住民の事前合意が前提。また、スーパーシティでは、自治体・住民代表・事業者・内閣府で構成される「区域会議」の設置も必須で、この場で議論や住民の意向確認が行われることになる。
 それでも、個人情報を事業者に提供することはプライバシー侵害と表裏一体であり、トロントのように住民の反発が起こる可能性もあるだろう。今年4月の衆院本会議でも、野党から「どの段階で住民の合意を得るのか」「サービスを希望しない住民は情報提供を拒否できるのか」「知らない間に情報が提供されてしまわないか」など、不明点への指摘が相次いだ。「監視社会」への懸念の声も根強い。政府は住民目線を第一に掲げているが、いかにして懸念の声を払拭していくのか。この点が今後の大きな争点となることだろう。

「スーパーシティ法案」の成立を受けて、政府は現在、各地域からスーパーシティへの応募・企画案を受け付けている(ページ上部参照)。年内には複数地域をスーパーシティの特区に選定する方針だ。スーパーシティは、既存の都市でインフラ整備を行う「ブラウンフィールド型」と、一から都市開発を行う「グリーンフィールド型」に分けられる。政府の現段階での構想としては、最短でブラウンフィールド型は2〜3年後、グリーンフィールド型は4〜5年後に完成するスケジュールだという。
 個人の様々なデータが収集され、各分野で連携される。これを「便利で良い」「データ一括管理は仕方ない」と思うか、「行政に監視されるのは嫌」「個人情報漏洩が不安」と思うか。人によって感じ方は分かれるところだろう。詰まるところ、行政や企業を信用するか否かである。それでも個人的には、できる限り極端に二極化せず、「個人の自由」と「行政の管理」のバランスを上手く保てるよう、妥協点を探って議論していくべきだと思う。
 奇しくも菅新首相は「縦割り行政の打破」を掲げており、その方向性はスーパーシティとも合致する。今後ますますスーパーシティへの取り組みは加速していくかもしれない。果たして、日本で世界最先端の未来都市「スーパーシティ」は生まれるのか。その動向を今後も注視していきたい。

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