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鉄道デザインのチカラ
─Lol.1 JR・九州787系が生み出した新たな価値─

時代によって鉄道デザインは変わる。全国の鉄道会社がこぞって観光列車を導入するなど、百花繚乱ともいえる現代の鉄道デザインの世界。鉄道デザインは、これからどこに向かっていくのか。鉄道デザインの「過去」と「現在」を紐解き、「未来」の可能性を探っていきたい。今回紹介するのは、『JR九州』の「787系」。国鉄民営化後、JR黎明期に社運をかけて開発された787系は、『JR九州』の鉄道デザインの可能性を広げた立役者といえる。787系が紡いできたストーリーとは─。

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アンカー2020年7月号

「鉄道」といえば、どんなイメージを持つだろうか。おそらく、大多数の人が「移動手段」だと答えるだろう。
 1872年に東京・新橋と横浜を結ぶ日本初の鉄道が開業して以来、鉄道は私たちの暮らしに欠かせない移動手段としての役割を担ってきた。鉄道会社にとっては、乗客を安全に目的地に運ぶことが最優先事項。だからこそ、鉄道車両に高い安全性や機能性が求められるのは言うまでもない。その結果、車両デザインが似たりよったりになってしまうのは致し方なかった。電車といえば四角くて、角ばった顔ばかり─そんな一辺倒のイメージを持たれるのも無理はないだろう。
 だが、1987年の国鉄民営化を機に潮目は変わっていく。『日本国有鉄道』が、北海道・東日本・東海・西日本・四国・九州の地域別の旅客鉄道会社と貨物鉄道会社の7社に分割、民営化。これにより、『JRグループ』という民間会社として新たなスタートを切った。民営化により競争原理が働き、輸送サービスの向上など大きな効果がもたらされていく。その中で、鉄道車両のデザインに対する意識も変化していったのである。安全性や機能性といった制約をくぐり抜け、いかに巧みなデザインを生み出すか─各社は腐心するようになった。

そんな中、1992年に『JR九州』で新たな車両が誕生した。「787系」─博多駅〜西鹿児島駅(現・鹿児島中央)間で特急「つばめ」で使用された車両だ。当時は、まだ九州新幹線が開通していない時代。所要時間で圧倒的なアドバンテージを持つ航空機に対して、鉄道は劣勢に立たされていた。そこで満を持して投入されたのが、787系。「『JR九州』の命運をかけた列車でした」と語る同社の青柳社長の言葉に、並々ならぬ決意のほどが窺える。そんな787系の車両製作の初期段階から関わったのが、工業デザイナーの水戸岡鋭治氏だ。後に『JR九州』の豪華寝台列車「ななつ星in九州」をはじめ、国内の鉄道車両やバスなどのデザインを多く手掛ける同氏。「これに失敗していたら、今の自分はありませんでした」と回顧するほど、思い入れの強い車両だという。「これが、はじまりの列車だった」─青柳社長と水戸岡氏が口をそろえる787系とは、一体どんな車両だったのだろうか。

ダークグレーを基調とした、シックかつ斬新な外観。そのデザインは、かつての国鉄車両とは一線を画すものだった。筆者が小学生のころ、地元の駅でこの車両を初めて見た時、それまで見たことのないような圧倒的な存在感を放つデザインに衝撃を受けたものである。
 車内に一歩足を踏み入れると、まるでホテルにいるかと錯覚してしまうほどの洗練された空間が広がる。当時の博多駅〜西鹿児島駅間の所要時間は、およそ4時間。スピードでは航空機には到底敵わない─ならば、車内の快適性で対抗しよう。そんな『JR九州』の思惑が透けて見える。ゆとりあるシートピッチでゆっくり寛ぐことができ、航空機のようなハットラック式の荷物入れは車内の上質な雰囲気を引き立たせた。中でも目玉だったのが「ビュッフェ車」だろう。ドーム型の高い天井、大胆な内装が目を引くビュッフェ車で飲食を楽しむひとときは、旅に彩りを添えるものであった。
 787系は国内の優れた鉄道車両に贈られる「ブルーリボン賞」、鉄道デザインの国際的コンペである「ブルネル賞」を受賞。輝かしい受賞歴を誇った787系の成功こそが、『JR九州』が個性溢れるデザインを持つ色とりどりの特急車両を次々と誕生させていくことにつながっていく。

1995年、「ワンダーランドエクスプレス」こと「883系」がデビューし、メタリックブルーの斬新でシャープなデザインが話題になった。車内には動物の耳を連想させるヘッドレストが装備された座席や前面展望が楽しめるパノラマキャビンが設置され、まさに「遊園地」のような雰囲気を味わうことができる。2000年には、丸みを帯びた真っ白で美しいフォルムが特徴的な「885系」も登場。フローリング仕上げの床、全席革張りのリクライニングシートを採用するなど、883系とは打って変わって高級感漂う空間で、優雅な移動時間を過ごすことができると好評だ。
 一方で、787系は九州新幹線の開業によって、その運命が大きく変わっていく。2004年に新八代駅〜鹿児島中央駅間で部分開業すると、特急「リレーつばめ」として新幹線「つばめ」に接続する役割を担い、2011年の博多駅〜鹿児島中央駅間の全線開業後は活躍の場を九州全域に移すことに。現在、鹿児島本線では博多駅〜小倉駅間の特急「きらめき」、博多駅〜大牟田駅間の特急「有明」をはじめ、博多駅〜長崎駅間を結ぶ特急「かもめ」、佐世保線の特急「みどり」、日豊本線の「にちりん」、「きりしま」などで堂々たる勇姿を見ることができる。

平成の始まりに彗星の如く颯爽と現れ、それまでの国鉄型車両の概念を打ち破り、一時代を築いた787系。時代が令和へとバトンタッチされ、鉄道業界は新たな時代に突入しようとしている。「リーズナブルな長距離列車で旅を楽しむ」というムーブメントが広がりを見せることが予想されているのだ。『JR西日本』は2019年、「気軽に鉄道の旅を楽しむ」というコンセプトで新たな長距離列車の導入を発表。2020年から「WEST EXPRESS銀河」が運行されることとなった。同社はすでに豪華寝台列車「TWILIGHT EXPRESS 瑞風」を運行しており、今回の新列車は対極の位置づけとなる。一方、豪華寝台列車「ななつ星in九州」を運行する『JR九州』もまた、新たな長距離列車の導入を発表した。「ななつ星in九州」よりも低価格で、気軽に九州一周の旅を楽しむことができるという。使用される車両として白羽の矢が立ったのが、787系だ。

「今見ても787系は良くできた車両だと思います。改造したくない気持ちもありますが、それがデビューしたときの感動を考えると、新たな感動を提供したいとも思います」と語るのは、生みの親であるデザイナーの水戸岡氏。ダークグレーの外観はブラックに塗り替えられ、九州新幹線開通後は撤去されていたビュッフェ車も復活するなど、今787系は同氏の手により生まれ変わろうとしている。
 新たな生命を吹き込まれた787系が走り出せば、「九州の旅を気軽に楽しむ」という価値が創造され、沿線の魅力を引き立たせていく。それが地域の活性化にもつながっていくのではないだろうか。誕生から30年余り─787系が果たすべき役割はまだまだあるようだ。

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