チェルノブイリ原発事故〜我々はどう原発と向き合うべきか?〜

2022年2月24日、ロシアが隣国ウクライナに侵攻を開始したことは記憶に新しい。3月4日には、ウクライナ南部にある欧州最大規模のザポリージャ原子力発電所に対しロシア軍による砲撃があったと地元当局が伝えている。これを受けてウクライナのクレバ外相は、「原子炉が攻撃されて最悪の事態になった場合には、『チェルノブイリ原発事故』の10倍にもなる」と強く警告を発した──。原発の歴史の中で最悪の事故と呼ばれる、「チェルノブイリ原発事故」。世界は今、未曾有の悲劇が再び起こってしまう可能性に直面しているのだ。そんな現状に際し本稿では、件の事故を今一度振り返り、我々の眼前に迫る危機の深刻さについて解説。そして同じ悲劇を繰り返さないために、原発との向き合い方を問い直していく。

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センチュリー2022年6月号

今、目の前にある危機

2022年2月24日より始まった、ロシアによるウクライナ侵攻。遺憾極まることに、今後もその侵攻は激化していくと考えられる。そんな中で懸念されている問題の一つが、甚大な原発事故が起こるリスクだ。

3月4日、ウクライナ南部のザポリージャ原子力発電所を攻撃したというニュースが飛び込み、全世界に衝撃が走った。ザポリージャ原発はウクライナに現在15基ある原子炉のうち6基を有しており、ウクライナに留まらず、ヨーロッパ最大の原発と言われている。そこが攻撃された末に爆発するなどということがあれば、原子力発電の歴史上最悪の事故と言われている「チェルノブイリ原発事故」以上の被害が起こってしまう可能性があるのだ。

件の事故が起きたのは1986年であり、今から35年以上前にもなる。そのため、若い世代には「当時より何倍も凄惨な事態が起こる」と警告しても、具体的にどうなってしまうのか想像がつかないはずだ。そこで、本稿ではチェルノブイリ原発事故を今一度振り返り、それがどれだけの苦しみを生んだのかについて言及。そして、そんな「負の歴史」を風化させないために、我々はどう原発と向き合っていくべきかを問うていきたい。

「チェルノブイリ原発事故」とは?

1 概要と原因

1986年4月26日午前1時24分ごろ。当時のソ連ウクライナ共和国の首都キーウ(キエフ)市の北方130キロメートルにあるチョルノービリ(チェルノブイリ)原子力発電所4号機が暴走・爆発した。この事故は、後に定められた国際原子力事象評価尺度によると、最悪の「レベル7」(深刻な事故)に分類されている。なお、同じく「レベル7」に分類されている事故は、東日本大震災及びそれに伴う津波により発生した「福島第一原発事故」のみである。

チョルノービリ原発には、停電などが起きた際、非常用の発電機から電力供給を受けるまでの数十秒間、非常用炉心冷却装置の一部を構成するポンプが備わっている。その機能が十分に作動できるか否かを検証する実験を行っていた最中に、その事故は起こった。規則により禁止していた低出力領域において実験を遂行しようとし、安全装置を次々に解除するなど、運転員が犯した六つの規則違反が暴走事故に至った第一義的原因であるとされている。作業員の、発電炉の安全性に対する過信と、事故に結び付いた規則違反行為の危険性についての自覚が欠如していたと言えるだろう。また、制御棒にも設計上の重大な欠陥があったそうだ。実際に事故後、当時の原子力発電所長や技師長など6人が重大な規則違反の罪で裁判にかけられ、全員が2〜10年の禁錮刑を含む有罪判決を言い渡されている。

2 当時の被害規模

チョルノービリ原発4号機の爆発は、炉心を吹き飛ばし、原子炉建屋(原子炉の主要設備を格納するコンクリート造りの建物)のほとんどを破壊した。その事故直後に、1人の作業員が倒れた物の下敷きになってしまった。事故による最初の被害者である(その遺体は収容することも叶わなかった)。続いて、もう1人の作業員がやけど等が原因で死亡。そして爆発により、重量1000トンもあるコンクリートの上部生体遮蔽盤(原子炉の外側に設置され、それより外側にいる人が過剰な放射線を浴びないようにするもの)が吹き飛んだ。崩壊した原子炉建屋上部に燃料交換クレーンが落下し、炉心をさらに破壊。核燃料はばらばらになって飛散し、タービン建屋、原子炉建屋上部など30か所以上での火災を引き起こした。幸い駆けつけた消防士の決死の消火作業により、午前4時50分ごろまでに建屋の火災はほぼ鎮火。しかし、高い放射線レベルの中での消火作業だったため、237人の緊急作業員のうち134人が急性放射線障害と診断され、このうち28人が4カ月以内に死亡している。

3 余波

事故の翌日の27日の午後、チョルノービリ原発に隣接するプリピャチ市の住民4万5000人が避難を強いられた。その後、ウクライナからベラルーシにまたがる原発から半径30キロメートルの地域に住む人々に避難が勧告された。その避難は大きく遅れ、5月3日から始まり、同月10日ごろに完了したとされている。避難した人数は、ウクライナ側が9万1000人、ベラルーシ側が2万5000人にのぼった。現在も基本的に原発から半径30キロメートル以内への移住は認められていないが、実際のところ、時が経つにつれて元々そこに住んでいた人が戻り、生活をしているという例も増加しつつある。人にとって故郷という場所はかけがえのないもので、それを奪われることは、経済的な面はもちろん精神的にも大きな支障を来し得る。移住を強制された10万人以上の人々も、事故による被害者だと言えるだろう。

そして、大量の放射線物質が放出されたことによる被害も確認され始めた。チョルノービリ周辺で1990年から激増している小児甲状腺がんのみが、唯一事故による放射線被ばくの影響であるとされている。データによると、チョルノービリ周辺では、事故後4〜5年ごろから小児甲状腺がんが発生するケースが多く、15才未満の甲状腺がん罹患率は、1986〜1990年の5年間に比べ、1991〜1994年は5〜10倍にまで増加しているのである。また、放射線の影響によって甲状腺がん以外の疾患も引き起こしているという疑いの報告も散見されたが、いずれも放射線との関連を証明するには至っていない。

原発は廃止するべき?

だが、原発事故を起こさないために、原発を廃止するべきという考えはあまりに短絡的だろう。そこでまず、原発を稼働させるメリット、原発を廃止した際のデメリットに目を向けてみようと思う。

最初に原発のメリットから。まず原子力発電とは、ウランという元素の核分裂による熱を利用した発電方法である。ウランは、たくさんの発電を行うことができる他、燃料の安定供給・リサイクルが可能で、必要とする燃料が少ないという点が優れている。さらに、二酸化炭素を排出しない点もメリットとして挙げられている他、水力発電や火力発電に比べて発電や運用にかかるコストが安く、電力を安価で供給することが可能なのである。

次に原発廃止のデメリット。まず一つが、メリットに対応する形で、二酸化炭素の排出量が増えてしまうこと。原発が廃止された場合は、その分の電力を補うのは、より二酸化炭素の排出量の多い火力発電となるからである。加えてその燃料費の増加を要因として、我々が支払う電気代が高騰するというのもデメリットだ。また、電力会社の経営基盤を著しく毀損する恐れもあると、2012年の試算で明らかになっている。

これらのデメリットを解消するために求められているのが、再生可能エネルギーの推進。WWF(世界自然保護基金)は2011年に、2050年までに世界の全てのエネルギーを再生可能エネルギーで賄うことが可能であると示した。しかし現状、水力発電を除くと、再生可能エネルギーがエネルギー全体に占める割合は1%強しかないのである。加えて、これまでに政府などが出した最も野心的なシナリオでも、再生可能エネルギーの供給量は、(2050年時点では)40%〜60%に留まっている。その道のりは、困難極まるものだと言ってよいだろう。しかし第二、第三の「チェルノブイリ原発事故」は、原発が存在する限り起こりうる。だからこそ、いかに困難でも脱原発への道が存在するなら、そこに賭けてみても良いのではないだろうか。ここからは私見だが、その考えを全世界で共有し、皆で同じ方向を向くことが肝要になってくる、と思う。その上で我々に求められるのは、どのようなエネルギーに頼り、どのような使い方をするべきかということを常に考えておく必要がある。それが遠く先にある脱原発を手繰り寄せる第一歩だ。つまり、原発事故を防ぐ鍵を握っているのは我々なのである。

悲劇ばかりを生み出しているウクライナ侵攻。せめてこの機会を、エネルギー選択に対する意識を高めるきっかけにできればと思う。チェルノブイリ原発事故も含めて、こうした「負の歴史」に対しては、嘆き悲しむだけでなく、それを学びに変えていく営みこそが重要なのだ。

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