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加速するフードダイバーシティ ── アフターコロナに向けて今できること

近年、国際会議や企業のパーティーなどにおいて、 ベジタリアンやハラル、ヴィーガンなどに 配慮したメニューが増えているという。 実際に本誌でも、ハラル食品輸入会社や、 ヴィーガン専門の飲食店を経営するクライアントは年々増加傾向にあると感じる。 この傾向は、今後開催予定の「東京オリンピック・パラリンピック」や 「大阪・関西万博」に向けてますます加速するだろう。 しかし、国際社会でこうした配慮が当り前のこととして求められる一方で、 日本における食の多様性への配慮は、まだまだ充分とは言えないのが現状だ。 本稿では、食の多様性の大切さや日本の現状、 これから導入するべき対応などについて考察する。

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マスターズ2020年10月号

世界中から求められる
食の多様性

あなたはフードダイバーシティという言葉をご存知だろうか。直訳すると「食の多様性」。世界には宗教や主義、健康上の理由などを背景に、食に対して様々なタブーを持つ人が数多く存在する。フードダイバーシティ対応とは、それらの違いを尊重して受け入れる環境を整備することを指し、皆が同じテーブルを違和感なく囲んでそれぞれの食事を楽しめるようになることをコンセプトとしている。
 近年は、あまり食の多様性に馴染みのない日本においてもその重要性が唱えられており、理由の一つとしてインバウンドの増加が挙げられる。政府は「明日の日本を支える観光ビジョン」で2030年までに訪日外国人旅行者数6,000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円を目標に掲げている。加えて、より直近な話題で言えば、2021年に開催延期となった「東京オリンピック・パラリンピック」や、2025年開催予定の「大阪・関西万博」のためにも、フードダイバーシティ対応が急務となっているのだ。

フードダイバーシティは
大きく3種類に分けられる

フードダイバーシティがどういったものか、想像がつかない方も多いのではないだろうか。フードダイバーシティは大きく分けて3つ─「アレルギー」「食の禁忌」「好き嫌い」に分類して考えると分かりやすい。この中でも「食の禁忌」は、イスラム教のハラルのように宗教を理由とするものもあれば、ベジタリアンのように動物愛護の観点や健康志向といった主義によるものなど多岐にわたる。たとえば、グルテンフリーの場合、アレルギーで避けざるを得ない人もいるが、「健康のために食べない」と主義で避ける人もいる。このように一口にフードダイバーシティといっても、その理由は様々だという認識を持っておかなくてはならない。

近年増加中のベジタリアン
実はアジア圏に多い傾向も

食の禁忌を行う人々として、日本人が一番最初に頭に思い浮かべるのは、イスラム教徒ではないだろうか。現在、イスラム教徒は世界で18億人いるとされており、訪日インバウンド市場においては年間100万人と言われている。
 一方、近年増加傾向にあるのが、ベジタリアンだ。2018年には6.3億人、訪日インバウンドでは年間149〜190万人と推計されている。そんなベジタリアンは、実は欧米よりアジアのほうが多いという事実をご存知だろうか。観光庁の調査によると、ベジタリアン人口が多い国の1位はインドで28%、2位は台湾で14%、3位はドイツで10%、4位はカナダの9%となっている。そして日本では人口の約4%、約480万人がベジタリアンだと言われている。
 台湾が2位である理由は、仏教徒が多いため。仏教では不殺の観点から肉食が禁じられており、台湾の仏教徒は特に「五葷(ごくん)」と呼ばれる匂いが強い5種類の野菜(ネギ、にんにく、にら、らっきょう、あさつき)を使わない素食を食べる。
 ベジタリアンになる理由としては、欧米では環境問題や動物愛護などの「主義」が多く、アジア圏では圧倒的に「宗教」が多いという傾向がある。

コロナ太りで健康志向が急増
見直されるベジタリアンの価値

「ベジタリアンは、サラダだけしか食べられないんじゃないの?」という考え方は日本だけで、世界では全く通用しないのが常識だ。今や世界では、見た目も味も本物の肉と遜色ないプラントベースミート(植物性の肉)を使ったりすることでメニューの幅も広がっている。
 また、ここ最近、頻繁に話題にのぼる「コロナ太り」。これは日本国内だけではなく、世界中で問題となっており、コロナ太り特需の形でヘルシーなベジタリアン食に世界中から注目が集まっている。実際に、コロナ禍においても国内のファストフード業界の売上は伸長しており、健康不安から少しでも野菜を摂取しようと、1月~4月期の野菜ジュースの売上も前年比を上回る事態だ。また、アメリカでも健康志向の高まりから、プラントベースミートの4月の売上が1週間で200%増え、昨年比で265%増という結果も出ている。
 2019年11月、世界最大規模のヴィーガン及びベジタリアンレストラン検索サービスである『Happy Cow』で、世界一のヴィーガンレストランに選ばれた東京・自由が丘の『菜道』では、コロナショック以降、ヘルシーな野菜料理を求め、ベジタリアンではない新規客が急増した。しかし食べる量を減らしたいわけではないため、食べ応えのある和食でベジタリアンアレンジされたものが好評だったそうだ。さらに最近では公にはしていない“隠れベジタリアン”や、週1回だけの“ゆるベジタリアン”が日本を含む世界各地で増えており、潜在的な客は相当数いると推測されている。
 こうした点から、入国解禁・インバウンド需要復活を見据えてだけでなく、国内需要の獲得も視野に、フードダイバーシティの導入を始めている企業や自治体が徐々に増えている。

既存メニューが
実は対応OKの可能性も

フードダイバーシティに取り組む企業が徐々に増えてきているとはいえ、まだまだ国内の飲食店やホテル事業者はベジタリアン食、ハラル食を外国人向けの「特別食」と捉え、対応を後回しにしてしまう傾向が強い。特にコロナ禍で厳しい経営状況が続く今なら、コストを考えて二の足を踏む事業者も多いだろう。しかし、食の多様性を踏まえた事業を展開する『フードダイバーシティ』の代表を務める守護彰浩氏によれば、コストも手間も省きつつフードダイバーシティ対応のメニューを開発することは可能だという。
 一般的に、開発方法には3種類あり、まず1つ目は「既存のメニューの中で実はハラルやヴィーガン対応できるというメニューを見つける」方法。2つ目は「既存のメニューとは別に特別食を開発する」方法。3つ目が「特別食は外部調達する」方法だ。この中で、導入を目指す多くの事業者がまず取り組むのは2つ目の方法だが、それではどうしても手間もコストもかかりがちだ。そこで店の負荷を一番少なくすることを考えた場合、最適なのは1つ目の方法であり、実際に実績を出しているお店では1つ目の方法を採っていることが多いそうだ。
 それでも「いやいや、このメニューはフードダイバーシティ対応が難しいだろう」と考える飲食事業者やホテル事業者は多いだろう。では、実際にどういった飲食事業者が、どのようなメニューをフードダイバーシティ対応に変えているのだろうか。
 たとえば、京都・下鴨にある『豆乳ラーメン専門店 豆禅』では、精進料理の考えをベースにした五葷抜き・オリエンタルヴィーガンのラーメンを提供。麺の量だけでなく、麺の種類もオーガニック麺・グルテンフリーの米粉麺の2種類から選べるという。また、100年以上続く名古屋の老舗みそ煮込みうどん店『大久手 山本屋』では、ベジタリアンやムスリムに対応するため、かつお節の出汁をキノコ出汁に変えて提供している。日本の総人口が減る中、五代目の主人が世界標準でつくらなければ店が続かないと考えた結果、ダイバーシティ対応食を始め、コロナ禍でも売上を維持し続けているのだ。

ハラル認証取得はお店の自由!
誰もが快適な環境を目指して

2020年マスターズ特集参考画像の図1こうしたフードダイバーシティに取り組む事業者で、ムスリム対応する場合はお店として必ずハラル認証を取得しなければいけないかといえば、決してそうではない。ハラル認証を取得してそれを全面的に押し出すところもあれば、一部の既存メニューにハラル対応やベジタリアン対応のマークだけ付けて、必要な人にだけ伝わればいいというスタンスのところもある。なぜかというと、ハラル認証を取得するかしないかは店側の自由であり、たとえ認証があってもなくても入店するかしないかを決めるのは顧客だからだ。ハラル認証はイスラム教徒の人々が食べられるかどうかを判断するための“いち情報”に過ぎない。それでもイスラム教徒の人々を迎えたいという場合は、図1を参考にお店としてどういった層の顧客を集客したいか方向性を決め、ハラル認証を取得しない場合はお店としてのムスリム対応ポリシーを決めて情報を開示することが大切だ(たとえば、店は第三者機関によるハラル認証は受けていない旨、厨房は一般調理も行うため、ムスリム専用ではない旨、ムスリム対応メニューにおいて食肉はハラル認証を受けたものを使用している旨など)。そうして宗教や人種を超えて、誰もが快適で楽しく過ごせる環境づくりに努めていくことは、きっと日本の食や文化を伝える大きなチャンスにもなるだろう。

─宗教や志向を理由とする食の多様性は様々!!その一部を紹介すると……

【イスラム教徒】
イスラム教の戒律に則って調理・製造された食べてもいい食品をハラルフード、食べてはいけない食品をハラムフードという。全面的に禁止されているのは、「豚肉」と「アルコール」。特に豚肉については厳しく禁じられており、以下のような豚から派生した全てのもの、豚と接触した食品もすべて禁忌とされている。

 ◇豚から抽出したエキスが含まれる調味料や出汁の入ったスープ
 ◇豚を調理した道具を使って調理された食材
 ◇豚を運んだトラックや豚を入れた冷蔵庫で保管された食材
 ◇豚が配合されている餌を食べた家畜


アルコールは飲料としては全面的に禁忌。厳密には、消毒用アルコールや発酵過程でアルコールが自然に産生される調味料(醤油やみりんなど)もNG。但し、一定量の濃度が規定値以下ならばOKとする考えを持つ人もいる。

【ユダヤ教徒】
ユダヤ教徒の食事にも食事内容・作法共に戒律に基づく厳格なルールがある。食事規定は「カシュルート」、食べてもいいとされる生き物は「コーシャ」などという。イスラム教徒と同じく豚肉や血液(肉・魚共に血抜きをしっかり行わなければいけない)の他、「乳製品と肉が同時に胃の中にあってはならない」との決まりから、以下のような組み合わせなどもNG。

 ◇乳製品と肉が入った料理(シチューやチーズハンバーグなど)
 ◇乳製品を使った料理と肉料理が同時に存在する献立
 ◇肉料理を食べた後、時間を空けずに乳製品を食べること(逆も然り)


魚介類は「ヒレとウロコのあるもの」のみがコーシャとして認められている。そのためイカ・タコ・エビ・カニ・牡蠣、その他の貝類全般はNG。日本特有の「カニカマ」のように禁忌とされる食材を想起させる食材や、鰻などもNG。異教徒が栓を開けたアルコールもタブーとされている。

【ヒンドゥー教徒】
肉全般や卵など。特に牛は神聖な動物であるため牛肉はNG。

【ジャイナ教徒】
土を掘り起こして小生物を殺すことを避けるため根菜などもNG。

仏教徒(主に台湾)】
五葷(ごくん)は淫欲・憤怒が起こるとされており、NG。

【ヴィーガン】
完全菜食主義のため、動物性食品全般がNG。

※食べ物の戒律・作法に対する考え方や許容範囲には個人差が大きい。そのため、同じ宗教であっても全員に全てが当てはまるとは限らないので要注意。

─Column

観光庁によると、日本を訪れる外国人観光客が、訪日前に楽しみにしていたことのトップは「日本食を食べること」(70.5%)。しかし日本ではまだまだフードダイバーシティの考え方が浸透していないため、ムスリムやベジタリアンなど宗教上の理由や個人的信条から食の禁忌を持つ人々の中には、「コンビニで買った白米のおにぎりばかり食べていた」というケースもあるそうだ。

実はキリスト教徒に次いで、世界で2番目に多いイスラム教徒。イスラム教徒が国民の多くを占めるインドネシアやマレーシアからの観光客が急増していることを受け、自治体などによるサポートも行われつつある。中でも、情報量の多さやきめ細かい対応で群を抜いているのが、浅草・上野など人気観光地を擁する東京都台東区。年々、外国人観光客が増えていることを受けて、区としても観光に力を入れており、様々な施策を打ち出してきた。そのひとつが、現在第14版となるイスラム教徒向け観光マップ(「TOKYOMAPforMUSLIMS」)。観光スポットと共にイスラム教徒も食べられる食事を提供する飲食店やハラル商品を扱う土産物店を掲載し、印刷部数は年間8万部、各掲載店の店頭や区内外の観光案内所、空港等で無料で入手できる。こうしたイスラム教徒向け情報マップは東京都をはじめ全国各地の自治体が配布を進めている。

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