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「70歳定年」時代 企業が求められる対応とは?

「人生100年」「生涯現役」──こうした言葉が、いよいよ現実味を帯びてきた。2021年4月に「高年齢者雇用安定法」の改正法が施行されたのだ。改正後は、対象となる事業主に、70歳までの就業機会の確保などを努力義務とする。少子高齢化が進む今、この法律が高齢者自身や企業など、私たちの生活にどう影響してくるのか。本稿では、70歳定年のメリットやデメリット、事業主が「再雇用制度」を導入する場合の手順の一例などを紹介したい。

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マスターズ2021年9月号

度重なる法改正で
実現に近づく「70歳定年」時代

「厚生労働白書」によれば、2040年時点で65歳の人が90歳まで生きる確率は男性42%、女性68%と、日本はまさに人生100年時代を迎えている。また、「令和2年版高齢社会白書」によると、日本の人口1億2,617万人(2019年)のうち、65歳以上の人口は3,589万人で、総人口に占める割合は28.4%にも達していることが分かった。少子化が進み、高齢者が増え、労働人口が減少している現在、「高齢者を雇用することで労働力を確保しよう」「企業にも長寿化を意識した取り組みをしてもらおう」と期待を集めているのが、「高年齢者雇用安定法」だ。

「高年齢者雇用安定法」は1986年に、働く意欲がある人は年齢に拘わらず、その能力を十分に発揮できるよう、高齢者の働く環境をよりよく整えるために制定された法律だ。この法律により、定年は60歳を下回らないことが努力義務として定められた。その後、1990年には65歳までの雇用努力義務が事業主に課せられ、1990年には努力義務だった60歳定年が義務化された。つまり、これにより定年を60歳より下回ることができなくなったのだ。さらに政府は2013年に定年を60歳から65歳に引き上げる法改正を行った。現在はその経過措置期間で、2025年4月から65歳定年制は全ての企業の義務となる。そして、さらなる高年齢者の雇用促進を図るため、2020年に最新の改定が行われた(施行は2021年4月1日から)。この中で、65歳以上の高齢者に安定した雇用の機会を与えるための努力義務─「70歳就業確保法」が事業主に課せられ、事業主は図1の①~⑤までのいずれかの対応を行わなければならなくなった。

2109MA特集-70歳定年(図1)

「70歳まで働きたい」が8割
その目的とは?

事業者が「働きたい」という意欲のある高齢者に対し、70歳まで働けるように環境を整えることを求める、この「70歳就業確保法」。多くの人はこの法律が改正・施行された時、「長年バリバリ働いて、ようやく60代で定年してゆっくりできるというのに、70歳まで働くもの好きなんか、いないだろう」と思ったかもしれない。
しかし、 就職・転職・人材紹介を支援する『マイナビ』が2020年7月に発表した「ミドルシニア&シニア層の就労者希望調査」によると、  「70歳まで働きたい」と答えた人は25.1%、「70歳を超えても働きたい」と答えた人は23.4%もいた。40歳代以上の年代に限ると、半数近くの人がずっと働き続けたいと考えているのだ。

また、40歳代から60歳代の人が「働き続けたい理由」としてトップに挙げたのは「生活費」だったが、60代では2位に「健康維持のため」という理由が浮上。そして、70代では「健康維持のため」がトップになり、3位に「時間を有効に使いたい」、4位に「人との交流・出会いが欲しい」、5位に「充実感ややりがいを得るため」となっており、お金よりも人生を充実させたいと考える人の割合が高いことが分かる。
また、60歳代だけに絞ると、「働き続けたい」という人の割合がぐっと多くなる。昨年、内閣府が発表した「高齢社会白書 (2019年度版)」によると、60歳以上で仕事をしている人に「何歳ごろまで働きたいか」を聞くと、「働けるうちはいつまでも」が36.7%と最も多く、次いで「70歳くらいまで」が23.4%、「75歳くらいまで」が19.3%となった。「働けるうち」も含めると「70歳くらいまで」が全体の8割近くに達したのだ。

企業側は様子見状態
就業希望者との温度差が広がる

少子高齢化で労働力不足に悩む今、これだけ働きたい高齢世代が増えているのを放っておく手はない。しかし、実際には、就業希望者と事業主側の温度差は大きいのが現状だ。帝国データバンクが2021年3月15日発表した「70歳就業確保法」に関する企業の意識調査によると、「対応を考えていない」と回答した企業が32.4%、「分からない」として対応を決めかねている企業が14.9%と、半数近くが何の手も打っていないことが分かった。

コロナ禍の対応に追われている上に、罰則のない努力義務にとどまるため、企業が様子見していると見られている。しかし、定年が70歳になった場合のメリットは、もちろん労働者側にも企業側にもある。たとえば、労働者側にとっては、「定期収入を得られて生活が安定する」「社会参加をすることにより生きがいが増えることや健康維持への意識が高まる」などが挙げられる。
一方、事業主側にとっては、「安定した即戦力を確保でき、それまで労働者が培ってきた知識や技術を活かせる」「引継ぎを兼ねて、後進を育てる時間も確保できる」といったメリットがあるのだ。さらに社会的には、年金制度の安定化も図れる。一方、デメリットとしては、「企業全体の高齢化が進み、若手人材が減少する」「高齢者の健康、安全管理を徹底する仕組みが必要」などが挙げられる。

2109MA特集-70歳定年(図2)

長寿化社会に向けて
企業が取るべき行動とは?

こういったメリット・デメリットを踏まえつつ、事業主側は前述の5つの措置のうち、どれを導入するのか、検討・準備して、具体的なアクションを起こさなければならない。「高年齢者雇用安定法」は全ての企業に適用されるため、自社に高年齢者がいない場合でも対応する努力義務を負う。万が一、努力義務を果たしていないとしても罰則はないが、行政指導の対象となることがあるのは、心に留めておきたい。
では、事業主側は実際にどういった対応をすればいいのだろうか。継続雇用する制度としては、「勤務延長制度」と「再雇用制度」の2種類が挙げられる。
「勤務延長制度」は文字通り、そのまま雇用を延長する制度。通常、役職、賃金、労働条件などの変更はない。一方で「再雇用制度」では、定年に達した時点で一旦退職扱いにし、雇用契約を再度締結することになる。こちらの場合は、役職、賃金、労働条件などは見直されることが一般的だ。上記2種類なら、事業主はもちろん、一人ひとりの高齢者の事情に合わせて、フレキシブルな契約形態を選択できる「再雇用制度」の方が、より導入しやすいと言えるだろう。この「再雇用制度」において、配慮が必要となるのは、次の4点だ。

【役職・賃金など処遇の見直し】
正社員から、契約社員や嘱託社員などに雇用形態を切り替えて再雇用する際には、前役職から解かれ、それに応じて賃金を下げるのが一般的。ただし、同一企業内における正社員と非正規社員の間の不合理な待遇差を禁止した「パートタイム・有期雇用労働法」などの観点から、過度な賃金カットは避けるべき。対象となる高齢者の事情をはじめ、仕事内容、責任範囲などを十分に検討した上で、労使双方に不満のない契約内容を設定することが肝要となる。

【勤務形態の見直し】
高齢者の体力、運動能力、健康状態は個人差が大きく、ワークライフバランスに対する考え方もそれぞれ異なることが予想される。そのため一人ひとりの希望や状況に合わせて、勤務形態、労働日数・時間などを見直すべきである。

【特殊関係事業主及び他社での継続雇用】
「65歳までの継続雇用制度」は、自社及び特殊関係事業主(いわゆるグループ企業や関連企業)での雇用が条件となっていたが、「70歳までの継続雇用」は他社での継続雇用も可能とされている。その場合、「当該の高年齢者を他の事業主が引き続いて雇用することを約する契約を締結する必要がある」「可能な限り個々の高年齢者のニーズや知識・経験・能力等に応じた業務内容及び労働条件とすべき」「継続雇用される高年齢者の知識・経験・能力に係るニーズがあり、これらが活用される業務があるかについて十分な協議を行う」といったことに留意する必要がある。

【無期転換ルールに関する特例】
「無期転換ルール」とは、同一の事業主との間で、有期労働契約が通算で5年を超えて繰り返し更新された場合、労働者の申込みによって無期労働契約に転換できるというものだ。但し、これには特例がある。適切な雇用管理に関する計画を作成し、都道府県労働局長の認定を受けた事業主(特殊関係事業主を含む)のもとで、定年後に引き続いて雇用される期間は無期転換申込権が発生しないこととなっている。一方、他社で継続雇用される場合は特例の対象にはならず、無期転換申込権が発生する点には留意が必要である。

◇◇◇

努力義務として取り組むからには、事業主側は単純に「65歳以上」「70歳まで」と区切って制度を整備するのではなく、40~50代から70歳に至るまでのキャリアプランやライフプランを従業員に提示できるような人事制度の設計を目標にすること。それが、ひいては労働者のモチベーション向上にもつながるため、労働者にとっても事業主にとっても最善の道かもしれない。
長寿化が進む現代、社会問題解決の一助ともなる「誰もが働きやすく、長く活躍できる社会づくり」は、事業主に課せられた使命と言えるだろう。だからこそ、いち早い準備と柔軟な対応が肝要だ。

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