私は憎まない
【監督】【監督】タル・バルダ
【Web】https://unitedpeople.jp/ishall/
【日本公開】2024年10月4日(金)アップリンク吉祥寺 他にて全国順次ロードショー
【配給】ユナイテッドピープル
© Filmoption 写真クレジット:©Famille Abuelaish
生々しい衝撃と、突きつけられた問い
その惨劇は、TVで生放送された。2009年1月、ガザにあるイゼルディン・アブラエーシュ博士の自宅がイスラエル軍の戦車の砲撃を受け、彼の3人の娘と姪が殺される。博士はパレスチナ出身ながら「医療は二国間の架け橋になりうる」との信念のもと、長年持てる時間の半分をイスラエルの病院でイスラエル人患者の治療に充ててきた人物だったのに、である。彼はこの時、友人であるイスラエル人ジャーナリストに電話を掛け、友人は生放送のニュース番組出演中に電話を取った。そして電話を通して娘を失った博士の悲痛な叫びが、リアルタイムで多くのイスラエル人に届けられたのだ。そこでイスラエルの人々は初めてガザで何が起きているかを知り、この一件が停戦の一助となったとも言われている。
『私は憎まない』はそんなアブラエーシュ博士に焦点をあてたドキュメンタリー映画であり、当時放映されたニュースや、傷ついた家族を運ぶ映像も収められている。血まみれになったズボンを穿き、「私はイスラエル人患者を診ている。なのにこんな仕打ちを?」と叫ぶ博士。沈痛な表情で博士の声に耳を傾けて「電話を切れない」とつぶやき、キャスターに促されて退席するジャーナリスト。突如不条理な悲劇に見舞われた一家の並々ならぬ緊迫感が、画面を通して伝わってくる。
ただ、博士は家族の死の責任をイスラエル政府に問う一方で、復讐などは考えなかった。憎しみは憎しみの連鎖にしかならない。中東地域に平和をもたらすには女性の役割が重要との信念から基金を設立し、中東の若い女性たちに教育を提供する運動を展開。自伝『それでも、私は憎まない』は国際的なベストセラーとなり、決して復讐心や憎しみを持たないという博士の精神は世界中の人々に感動を与え、“中東のガンジー、マンデラ、キング牧師”とも呼ばれている。この映画は、そんな博士の劇的な半生と信念を克明に描く。一方で、その後も彼を待ち受ける苦難や理不尽さには、考えさせられるところも多い。国家とは何か、正義とは、平和とは──様々な問いを、私たちの胸に突きつけてくるのだ。