ファーザー
【キャスト】アンソニー・ホプキンス/オリヴィア・コールマン/マーク・ゲイティス/イモージェン・プーツ/ルーファス・シーウェル/オリヴィア・ウィリアムズ
【監督】フロリアン・ゼレール
【制作】2020/イギリス・フランス
【日本公開】5月14日(金)TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
【配給】ショウゲート
© NEW ZEALAND TRUST CORPORATION AS TRUSTEE FOR ELAROF CHANNEL FOUR TELEVISION CORPORATION TRADEMARK FATHER LIMITED F COMME FILM CINÉ-@ ORANGE STUDIO 2020
ここは意識の迷宮──朧げになる、虚と実の境界線
娘のアンが用意する介護人をことごとくつっぱね続けてきた、ロンドンで一人暮らしを送る81歳のアンソニー。ある日、 アンに「新しい恋人とパリに越すことになった」と告げられたアンソニーはショックを受ける。そんな矢先、自らのアパー トに突然現れた「アンと結婚して10年以上になる」と語る見知らぬ男。続けて彼は、「このアパートは自分とアンのものだ」 と主張する。話の辻褄がまるで合っていない。彼らの目的は何なのか。誰の言葉が正しいのか。認識と現実の乖離に戸惑うアンソニーが最後に辿り着く結末とは──?
またもやこの男によって、映画史に新たなマスターピースが産み落とされた。いくつ齢を重ねても、各国の権威ある映画賞が熱視線を送り続ける名優、アンソニー・ホプキンス。 彼がまた何度目かの称賛を浴びている理由が、この『ファーザー』で見せた演技にある。本作の脚本はもともと世界30カ国以上の舞台で上演された傑作戯曲であり、それを書いた作家フロリアン・ゼレールが自らメガホンを取ったのがこの映画である。
彼は映画化にあたり、《ファーザー》役にホプキンスを推挙。役をホプキンスに当て書きした上で熱烈なオファー をかけた末、夢見たキャスティングが成立に至った。ゼレールの目に狂いはなかったということは、ホプキンスがスクリーン上で証明している。期待に応えた彼は自らの父親の記憶を辿る演技メソッドにより、愛情と猜疑心の表出を巧みに使い分けながら、ユーモアや精神的な脆弱さといった人間味が深く刻み込まれた「父親」像を見事体現してみせたのだ。
本作の魅力は実力派キャストの演技だけではなく、極めて特殊な映像体験を我々に提供してくれる。「認知症」をテーマに描く本作だが、アプローチ方法は従来のそれとは一線を画す。認知症を外側からではなく、内側から描いているのだ。 極端な話、認知症患者の目線を追体験できるような構造になっている。視聴者は皆そこに存在していると思い伸ばした手が、 物体をすり抜けていくような奇妙な感覚に陥ることだろう。 生きていれば、いずれは他人事ではなくなる「認知症」。本作は、我々が認知症自体や認知症患者に対して向ける目線を、 より優しく、より柔らかなものに変える力を持っている。