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誰かの花

とある風の強い日に、その事故は起こった。両親が住む団地内の敷地がバリケードテープで封鎖され、警官たちが道端で何やら捜査をしている。聞くと、そこに男性が倒れていたという。認知症の父を持つ主人公・野村孝秋は、反射的に父の身を案じて団地内に入り、階段を駆け上がる。

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2022年1月号

【キャスト】カトウシンスケ/吉行和子/高橋長英/和田光沙/村上穂乃佳/篠原篤/太田琉星

【監督】【脚本】奥田裕介

【制作】2021年/日本

【Web】http://g-film.net/somebody/

【日本公開】2022年1月29日(土)〜

【配給】GACHINKO Film

Ⓒ横浜シネマ・ジャック&ベティ30周年企画映画製作委員会

揺れ動く心、突き刺さる視線。

とある風の強い日に、その事故は起こった。両親が住む団地内の敷地がバリケードテープで封鎖され、警官たちが道端で何やら捜査をしている。聞くと、そこに男性が倒れていたという。認知症の父を持つ主人公・野村孝秋は、反射的に父の身を案じて団地内に入り、階段を駆け上がる。そして父が一人で寝ているはずの部屋に入り、奇妙な光景を目にした。全開になったベランダの窓、揺れるカーテン。風呂場に座り込む父、土が付着した手袋──被害者は、野村家の隣人の部屋のベランダより落下した植木鉢が当たって亡くなったという。隣人が事故の責任者と認定されるに至るが、当日の父の異様な様子を目にした孝秋は「実は父が植木鉢を落としたのではないか」との疑念にかられてしまう──。

「誰かの花」は「世界を変えなかった不確かな罪」(2017年)で高い評価を得た奥田裕介監督による長編第2作であり、人の心のありようを丁寧に描き出した作品だ。こうしたミステリー調の作品では、多くの場合物語は真相解明に向かって収束していくが、本作は事件の顛末を追わない。登場人物たちは皆起こった出来事に戸惑い、なすべき振る舞い方を忘れ、事実を正視すべきか目をそらすべきかに苦悩する。そしてそれらの描写が丁寧でリアルであるために、観る者は少しずつ自分が当事者であるかのような、あるいは“自分もいつでも当事者になりうる”という心持ちにさせられてしまうのだ。

平然としているように見えるも突如車の中で嘔吐してしまう被害者の子ども。「本人ではない携帯電話の解約には委任状が必要」と言われても夫の死を口に出せずに戸惑う被害者の妻。ぶっきらぼうな隣人や、何を考えているか分からない父が花に込めていた想い──人々の心を知れば知るほど、どんな行動が「正しい」か、判断することは難しくなってしまう。割り切ったつもりで行動しても、事実を知るかのような、心の奥底まで見透かすような誰かの視線が突き刺さったりして──そんな善悪では割り切れない人の心の機微を精緻に描き出した人間ドラマを、是非堪能してみてほしい。

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