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人間でいる限り、あるいは生きている限り、避けられないものがある。それがやってくるのが明日なのか、数十年後なのかは誰にも分からない。それでも、歳を重ねるごとに確実に近づいていることだけは知っている。だからこそ、最後はできるだけ惨めさやみっともなさをさらけ出さずにいたい──そう願うのが人情というものだろう。自分の身の丈を知り、そこに向かうための準備を整えて、ただ慎ましく日々を過ごす者もいる。本作『敵』の主人公も、その一人だ。

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2025年1月

【キャスト】長塚京三/瀧内公美/河合優実/黒沢あすか/中島歩/カトウシンスケ/髙畑遊/二瓶鮫一/髙橋洋/唯野未歩子/戸田昌宏/松永大輔/松尾諭/松尾貴史

【監督】吉田大八

【原作】筒井康隆『敵』(新潮文庫刊)

【制作】2025年/日本

【Web】https://happinet-phantom.com/teki

【日本公開】2025年1月17日(金) テアトル新宿ほか全国公開

【配給】ハピネットファントム・スタジオ/ギークピクチュアズ

ⓒ1998 筒井康隆/新潮社 ⓒ2023 TEKINOMIKATA

静かな生活に浸食してくる、何か。

人間でいる限り、あるいは生きている限り、避けられないものがある。それがやってくるのが明日なのか、数十年後なのかは誰にも分からない。それでも、歳を重ねるごとに確実に近づいていることだけは知っている。だからこそ、最後はできるだけ惨めさやみっともなさをさらけ出さずにいたい──そう願うのが人情というものだろう。自分の身の丈を知り、そこに向かうための準備を整えて、ただ慎ましく日々を過ごす者もいる。本作『敵』の主人公も、その一人だ。

主人公の渡辺儀助は77歳。大学を辞して10年、かつてフランス近代演劇史を専門としていた元大学教授だ。20年前に妻を亡くし、都内の山の手にある古民家で一人静かに暮らしている。講演や執筆でわずかばかりの収入を得ながら、貯蓄があと何年持つかを計算している―つまり、自分があと何年生きられるのかを知るために。健康のために食事に気を使い、他人に迷惑をかけないよう細心の注意を払う。誰かに見られる時には、みっともなくならないよう、少しだけ格好をつけることもある。密かに欲望を抱きつつも、自制を忘れない。そんな、慎ましくも自律的な人生を送っている彼だが、ある日、パソコンの画面に現れた不穏なメッセージ、「敵がやって来る」という一文が、静かな生活に亀裂を入れる。そこから、儀助の整然とした日々は次第に崩れ始める。意識が白濁し、独り言が増え、夢と現実の境界が曖昧になっていく──。

原作は、筒井康隆が1998年に発表した同名の小説。豊かな人生の終焉に漂う孤独と平穏、消しきれぬ欲望、そして抗えぬ死を描き、老人文学の最高峰とも称される。そんな原作を、長年の愛読者であり、『桐島、部活やめるってよ』『騙し絵の牙』などを手掛けてきた吉田大八監督が映画化。繊細でありながら力強い映像表現によって、物語に新たな息吹を吹き込んでいる。

避けられない限界と、露わになっていく本質。それらと対峙する時、私たちはどのような選択をするのか。得体の知れぬ「敵」が、根源的な問いを私たちに突きつけてくるのだ。

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