Twitterのアイコン Facebookのアイコン はてなブログのアイコン

ラ・コシーナ/厨房

『ラ・コシーナ/厨房』は極限のテンションと密度で動く飲食の現場を、克明に描いた作品だ。舞台はニューヨーク、タイムズスクエアにある大規模なレストラン。複雑な人間関係とカーストが存在する中、黒人や白人、メキシコ人、コロンビア人、ウクライナ人など様々な人種が複数の言語で怒鳴り合うのだから、その狂騒感も規格外だ。主人公は、メキシコ出身のコック・ペドロ。陽気なおしゃべり屋で感情の起伏が激しく、恋心を抱くアメリカ人ウェイトレスとの関係に揺れながら、騒がしくも切実な一日を生きる。彼を中心に、レストランで働く人々のエネルギー、願い、愚痴、不満、痛み、そして希望が、うねるように交錯していく。

記事をpdfで見る(画像クリックで別ウィンドウ表示)

記事または映画評のサムネイル画像(A4用紙サイズ/縦長)

2025年6月

【キャスト】ラウル・ブリオネス/ルーニー・マーラ

【監督】アロンソ・ルイスパラシオス

【原作】アーノルド・ウェスカー「調理場」

【制作】2024年/アメリカ・メキシコ

【Web】https://sundae-films.com/la-cocina/

【日本公開】6月13日(金)ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

【配給】SUNDAE

© COPYRIGHT ZONA CERO CINE 2023

目まぐるしいこの場所で、夢見る暇はあるだろうか

僅かながら飲食業の経験がある筆者が、多忙な飲食店の厨房について持っている一つのイメージがある。それは「戦争とお祭りが一緒になった狂騒曲」。働き手たちはお客の注文や要望、時に苦情やトラブルに追われながらなんとかスピードと質を維持し、馬鹿馬鹿しいほどのテンションでお互いを鼓舞し合って士気を維持し、ギリギリの闘いを制するのだ。

『ラ・コシーナ/厨房』はまさに、そんな極限のテンションと密度で動く飲食の現場を、克明に描いた作品だ。舞台はニューヨーク、タイムズスクエアにある大規模なレストラン。複雑な人間関係とカーストが存在する中、黒人や白人、メキシコ人、コロンビア人、ウクライナ人など様々な人種が複数の言語で怒鳴り合うのだから、その狂騒感も規格外だ。主人公は、メキシコ出身のコック・ペドロ。陽気なおしゃべり屋で感情の起伏が激しく、恋心を抱くアメリカ人ウェイトレスとの関係に揺れながら、騒がしくも切実な一日を生きる。彼を中心に、レストランで働く人々のエネルギー、願い、愚痴、不満、痛み、そして希望が、うねるように交錯していく。

ひとたび休憩に入れば、張り詰めた厨房の緊張がほどけ、だらけた空気の中で貰い煙草を吸いながら従業員同士でだべったりもする。「こんな店、早く辞めたい」とこぼしたかと思えば、いつか叶えたい夢について語り合ったり、笑い合ったり……個々のシーンがさほど多い訳でもないのに登場人物一人ひとりが独自の思いを抱き、生き生きと躍動しているように見えるのは、ベルリン国際映画祭常連のメキシコ人監督アロンソ・ルイスパラシオスの鋭い人間観察と緻密な演出の賜物だろう。

本作ではメキシコ人監督だからこそ描ける人種問題の複雑さがドラマの重要な核だが、決してそれだけの映画ではない。生産性を求められる社会の中で、いかに重労働と折り合いをつけながら、自らの存在意義と居場所を見出し、自分らしく働き続けるための闘いを制するのか──そんな全ての人に通ずる普遍性を持った作品に仕上がっている。

view more-映画の一覧へ-