コロナ禍の危機を救い得る ゴーストレストランの可能性
ゴーストレストランとはどのような業態なのか
《顧客と関わることのないデリバリー専門の飲食業者》
「ゴーストレストラン」は「バーチャルレストラン」などとも呼ばれ、デリバリー専門の飲食店を意味する。シェアキッチンなどを間借りして調理を行い、『Uber Eats』などのデリバリーサービスを介して注文を受け、配達はデリバリーサービス側に委託する。
店内で飲食をしない業態の店という意味では宅配ピザ店などのデリバリーサービスなどもあるが、従来型のサービスが店舗を構え、顧客が店に訪れて料理の受け渡しを行い、デリバリーは自社で行うのに対し、ゴーストレストランにある設備はキッチンのみで、客席や看板などがない。そのため、外からはその施設が飲食店と分からないこともある。さらに接客関連の業務をデリバリーサービス業者にアウトソーシングしているため、顧客と直接関わらない点が特徴だ。
アメリカや中国を中心に人気に火がついたこの業態は、日本でも着々と浸透していった。その背景にはまず、『Uber Eats』の躍進が挙げられる。数多くの店、メニューが登録され、デリバリーフードの選択肢を増やしてきた『Uber Eats』。外食産業は実店舗以外での新たな販路を拡大、消費者の間に浸透したことで、テイクアウトに振り切ったゴーストレストランが活躍する下地が整ったのだ。
《コロナ禍の現代のスタイルにあった効率性の高いビジネスに》
加えて、コロナ禍が飲食業界に大きな変化を強いたことが、ゴーストレストラン事業拡大の要因となった。これまで大手外食企業は、交通の便の良い一等地に出店し、大人数の利用者を取り込もうとしてきた。しかし、コロナ禍でリモートワークが浸透し、3密を避けるなどの理由から消費者が足を運ばなくなると、こうしたビジネスモデルは成立しなくなる。また自治体の要請などにより営業時間を短縮させられるケースも増え、思うように事業展開・集客できない状況が続いた。そうした中で効率性の高い飲食ビジネスとして、ゴーストレストランの存在感は高まっていった。
ちなみに米国では、コロナ禍が広がる前の2016年には早くも飲食店での支出が家計の食料品の支出を上回り、「自炊離れ」が明確に示された形となった。自宅にいながら外食できるゴーストレストランは、まさに現代を象徴するようなサービスと言えるのだ。
ゴーストレストランにはどのような利点があるのか
《3年で7割が廃業する──飲食業が抱えるリスクを軽減する》
飲食事業は開業してから3年で7割が廃業し、10年で9割が廃業すると言われる厳しい業界だ。開店のハードルも決して低くはない。原材料費以外に、立地の良い場所に店を構えるための費用、内装工事代金、厨房設備代金が発生する。また広告宣伝費、スタッフの採用コスト、業態開発費なども必要だ。
加えて原価に対しての利益率は低めで季節やトレンドに左右されやすく、食中毒や風評被害リスクもある。激しい競争にも晒されやすく、資本力のある大手相手に苦戦するケースも少なくない。また、開店した店舗の立地が悪く、想定していたよりも来店者が少ないこともあるだろう。そうなった時に軌道修正を図ることも難しい。
《初期費用もランニングコストも大幅にカットできる可能性》
その点、消費者を店舗に入れないゴーストレストランは、一等地に拠点を構える必要がない。また看板や客席などの設備が不要となる。オンライン経由のオーダーがメインであることが多く、キャッシュレス決済専用とすれば、レジの類も不要だ。出店に伴う賃料を大幅に節約できるため、初期費用に関して言えば、イートインを想定した通常の外食店の初期コストが1千万円とすると、ゴーストレストランは必要最低限の設備であれば、100万円ほどの費用で済むという。
ランニングコストや人件費の面でも、大きなコストカットが期待できる。接客スタッフが不要な上、オンラインでのオーダーが基本となるため、客席が満席になるなどの心配もなく、混雑下でもコントロールしやすくなる。
《PDCAサイクルで試行錯誤し地域のニーズに沿った店づくりを》
地域でのニーズに合った軌道修正ができずに経営不振に陥る飲食店も多い中で、ゴーストレストランには方向転換しやすい利点もある。たとえばあるエリアにイタリアンの店を出店したとする。従来の店舗であれば、その地域でイタリアンのニーズがなければ、なかなか方向転換できないままに苦しむことが多かった。しかしゴーストレストランであれば、店舗の改装などの必要がないため、即座に別ジャンルに転換することができるし、新たなジャンルのブランドを開拓することも容易だ。そうして様々なジャンルやメニューを試行錯誤し、PDCAサイクルを回しながらアップデートを繰り返していくことで、地域のニーズにフィットした店をつくりあげることができるのだ。
ゴーストレストランが抱えるデメリットや懸念点
《人々に認知されるために独自性あるプロモーションが必要》
大きな利点を備えているゴーストレストランにも、デメリットや懸念点はある。最も大きな課題は配達コストだ。『Uber Eats』では、同プラットフォーム経由で受けたオーダー総額の35%を飲食店から徴収していると言われる。この中には、ユーザーが支払う配達手数料も含まれるが、『Uber Eats』を利用することによる店舗の負担は決して小さくない。
また、顧客との接点がオンラインに限定されることから、人々に存在を認知されにくいという問題もある。通常、店舗は人通りの多い場所に店の看板を出しているだけで、一定の宣伝効果がある。しかしゴーストレストランが店舗を認知拡大していくには、複数のデリバリーサービスを契約したり、ホームページやSNSを充実させたりする必要がある。デリバリーサービスを利用したことがない人は顧客になりにくく、サービス内でも熾烈な競合があるため、独自性のあるメニューづくりやプロモーションサービスの活用などで差別化する工夫が求められる。
『Uber Eats』のような出店数の多い人気サービスでは特に競争が激しく、いかに写真で美味しそうに見せるかが肝だ。盛付けの良し悪しが売上を大きく左右するため、他店を研究しつつ独自性を出していかねばならず、時にはプロのカメラマンに依頼して撮影を行ってもらう必要もある。
《詳細な顧客情報収集・分析には従来型の手法では対処しづらい》
顧客の層を見極めにくい点も課題の一つだ。『Uber Eats』や『出前館』を介して受ける注文データを上手く解析すれば、本当にリピート率が高い商品はどんなものか、年代や性差で好みのメニューにどれだけ違いが出るのかなど、実店舗経営では見えにくかった詳細なデータを取ることができるとも言われている。しかし、接客をアウトソーシングしているが故に、直に顧客の層を体感することができない可能性が高い。結果として利用者をリピーターにしていくために必要な、性別や居住地域、職業などの詳細な属性情報を得にくく、従来型の業界のアナログなアプローチでは、充分な情報収集や分析に関して苦しむ危険性があるのだ。
新規参入する業者に適した選択肢・シェアキッチン
《調理器具が一通り揃っており他の業者との交流もできる》
ゴーストレストランには上記のような、いくつかの懸念点もあるが、関連業者との協力関係のもと事業を推進することで、上記リスクを軽減したり、ストロングポイントを最大限に活かせたりもする。たとえばこれから新たに飲食事業にチャレンジしようとしている場合は、複数の飲食店が共同で使うシェアキッチン・サーンビスを利用すれば良いだろう。
シェアキッチンは一般の厨房と同じように、シンク、コンロ、フライヤー、オーブン、業務用の大型冷蔵庫といった設備、ボウルやざるといった調理器具が一通り揃っているため、設備に関する費用を大幅にカットできるのだ。形態によっては、シェアキッチン事業者に配達代行や店のPRなどを一任できるケースさえあると言い、飲食事業に参入するハードルを大きく下げる画期的な方法と言えそうだ。
一つの場所で他店とキッチンを並べて業務を行うことで他店の動向が分かり、時には異なるジャンルの飲食店のスタッフたちともコミュニケーションが取れる点もシェアキッチンの特徴だ。たとえば、移動販売でサンドイッチを提供する店と、配達専門のラーメン店を営む店、カレーデリバリーを主軸とする店が一つのキッチンをシェアする中で、キッチンを共有する仲間として、販売地域に関する情報交換をできたりもするだろう。他にも新作の味見をしてもらったりするなど、様々な相乗効果が期待できる。
《業者が撤退すると大きなダメージを受ける可能性も》
もっとも「シェアキッチン」は、その場を失ってしまうことで、事業が一気に危機に陥るリスクもある。2016年にニューヨークのブルックリンにオープンして以来、ダラス、シカゴ、ポートランドにも進出して話題となった『Pilotworks』。同社はシェアキッチンを利用する事業者が全米で200を超える人気サービスだったが、2018年に突然キッチンをクローズして廃業するに至った。
拡大路線を取りすぎたことが破綻の原因とも言われるが、利用者の中には、キッチンが廃業になるわずか数時間前にメールで知らされ、荷物を引き取るよう通告された人もいたという。キッチンをレンタルするということは、その環境に依存するリスクを背負っているということでもある。ゼロから事業をスタートする場合、サービスの持続性について一定の不確定要素があることは、頭に入れておくべきと言えるだろう。
既存の飲食店に新たな可能性をもたらすフランチャイズという選択肢
《既存の店の看板はそのままにデリバリー事業で売上を伸ばす》
ゴーストレストランを始める選択肢として、ゴーストレストランのフランチャイズを手掛ける事業者のパートナーとなると方法もある。これは既存の店舗を持っており、コロナ禍などで事業転換を模索している、あるいは事業を拡大し、売上増加につなげたいと考えている既存の飲食業者に合った方式だ。
飲食店のフランチャイズの場合、たとえば町の酒屋がコンビニエンスストアに店舗を改装するといったように、既存店を「改変」させる必要があるが、ゴーストレストランはその必要がなく、店の看板や既存の事業は継続しつつ、ゴーストレストランの事業に参入することができる。たとえばコロナ禍で客足が途絶えて困っているのであれば、事業と並行してゴーストレストラン事業を手掛けることで、空いているキッチンを活用し、抱えている従業員の働く機会を増やすことができる。また朝や夜、祝日など、店舗の空きリソースを活用して商機拡大するのも良いだろう。
昨今のコロナ禍で店内飲食をメインとする既存の飲食店がデリバリーにも進出する例は多く見られるが、自社商品のメニューは必ずしもデリバリーに適しているとは限らない。ゴーストレストランのフランチャイズ事業は、コロナ禍での飲食店存続の有効な手段になり得るのだ。
《ノウハウや必要物が提供され挑戦しやすくリスクも少ない》
ゴーストレストランのフランチャイズ事業においては、フランチャイザー側がデリバリー用のメニューの材料、調理法、マーケティング法、販売戦略の手段といった一式をパートナーに卸す。パートナーはその運営方法に準じ、デリバリー注文が入れば調理をして配達員に受け渡す。これにより全体の売上の何%かがパートナーの店舗に入ってくるという仕組みだ。フランチャイジーだけに100%自分のやりたいように事業をできない面はあるものの、オンラインやデリバリーのノウハウがない店でも運営に必要なノウハウが提供されるため、挑戦のハードルが低く、失敗のリスクも軽減される。ゴーストレストランのフランチャイズでは、特別な機器を導入する必要がなく、既存店舗のキッチンで手軽に調理できる商品が多い点も魅力だ。
未曾有の危機の中でも育ちつつある飲食業界の明るい未来への可能性
コロナ禍は世の中から多くのものを奪った。中でも飲食店は最も大きな打撃を受けた業界の一つで、多くの客で賑わっていた店の多くが、閑散としたものに一変してしまった。店を利用しようとしてもいつの間にか閉店、あるいは時短により利用できないといった状況に遭遇することも多い。世の事業者がこの僅かな年月の間にどれだけの苦労をしてきたか、将来への不安を持っているか、想像するだけで胸が痛くなる。
しかし、この特殊な状況下で、新たなビジネスの芽が生まれ、育ちつつあることも確かだ。その一つが、広く普及したインターネット技術を背景に大きく躍進したテイクアウト・サービスだろう。飲食業界は、失敗のリスクが高い上、一度失敗すると再チャレンジできない時代が長く続いた。しかし、ゴーストレストランは起業のコストが非常に低い。また低コストで事業ができることから、失敗しても何度もチャレンジできる。業界に容易に参加できる環境が、ついに整ったのだ。既存店も参入しやすく、「副業」を行ったり、空いたリソースを活用したりするハードルが下がったことも特筆すべき点だろう。飲食業界の先にあるのは暗い未来ばかりではない。
未曾有の危機が続く昨今であるが、今回ご紹介したゴーストレストランなどの新たな方式が、一つでも多くの店を、一人でも多くの飲食業界に住む人々を永らえる一助となることを願ってやまない。