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新たな技術革新の波
移動に革命をもたらす〝MaaS〟

目的地へ移動する際、電車やバス、タクシーなど様々な手段がある。スマホアプリを駆使すれば、どのルートをどの移動手段で行けばスムーズか結果を示してくれるため、迷うことはあまりないだろう。便利になったものだが、駅からバス停が遠い、タクシーが捕まらないなど、乗り換えがスムーズにいかないケースも多い。また移動手段を変える度、それぞれに決済をするのは少々面倒だ。そんな移動時のストレスをなくし、移動全体をトータルサービスとしてシームレスに提供する─それが、近年注目されているMaaSという概念だ。

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マスターズ2020年9月号

移動の在り方を変える注目の概念
〝MaaS(マース)〟とは

近年、〝MaaS〟という概念が注目を浴びている。MaaSはMobility as a Serviceの略で、日本語に訳すと「サービスとしての移動」。IoTをフルに活かすことで、マイカー以外の公的移動手段を最適化し、移動の利便性を高めようというものだ。
 もう少し具体的に説明しよう。世の中には電車、バス、タクシー、レンタカーなどに加え、カーシェアリング、配車サービスといった新しいサービスなど、多様な交通手段がある。それら全てを統合し、移動をトータルサービスとして提供しようというのがMaaSだ。現在でもスマホアプリなどで、各交通手段を跨いで目的地までの移動ルートを検索することは可能だが、支払いなどはそれぞれに個別で行う必要がある。MaaSの概念では、アプリ1つ、あるいはカード1枚で全ての交通機関に対応可能。家を出てから目的地に到着するまで、ストレスなくスムーズに移動できるのだ。
 MaaSが浸透すれば、移動の概念が根本から変わる。何十年か先、「昔はそれぞれの交通機関にいちいち料金を払っていた」と言ったら、若い世代から「嘘でしょう?」と言われるかもしれない。かつての世界的なパソコンの普及やスマートホンの普及などと同様、後戻りすることのない構造的な変化が起ころうとしているのだ。

MaaS先進国のフィンランド

こうしたアイデアが生まれ、MaaSというコンセプトにまとめ上げられたのは、2014年のフィンランドだった。首都・ヘルシンキでは、以前から交通問題解決に向けて取り組む動きがあり、MaaSの実現に向けたプロジェクトを進めていたのだ。そして、プロジェクトの主要メンバーでMaaSコンセプトの生みの親であるSampo Hietanen氏が、2015年に『MaaS Finland』社を設立。世界初のMaaSに特化した企業が誕生した。その後『MaaS Global』に改称し、ヘルシンキでMaaSアプリ「Whim」をリリースしてサービスをスタートした。
 Whimには、鉄道、タクシー、シェアサイクルなどあらゆる移動サービスが登録されており、アプリで目的地を設定すると、最適な移動手段や経路を自動で提案してくれる。予約や決済も移動手段を跨いでアプリ上で済み、乗り換えのストレスがない。利用のプランは3種類あり、最上位の「Whim Unlimited」では月額499ユーロ(約6万4,000円)。基本的にほぼ全ての乗り物が無料で利用可能だが、時間制限や距離制限はあり、それを超過すると追加料金がかかる。マイカーの購入、維持、駐車スペースなどの費用を考えれば悪くなさそうだが、エリアによって月額料金は変わる。
 『MaaSグローバル』の資料によると、2016年のWhimサービス開始から数年で公共交通利用は1.5倍ほどに伸び、タクシーの利用も増加。自家用車は半分ほどに減少したそうだ。自家用車を持たなくても移動できるという選択肢を提示することで、人々の生活スタイルが変わったのだ。
 このヘルシンキの事例は、日本にとってても大きな示唆になる。とは言え、都市部であれば数分おきに電車が来て、ICカードで支払いができるため、すでにMaaSが実現されていると感じるかもしれない。だが、たとえば東京圏内では公共交通の選択肢はほぼ鉄道。バスやシェアサイクルを組みあわせればより早く簡単に目的地まで移動できるとしても、バスの時刻表や路線が分かりにくい、駅の近くにシェアサイクルがない、さらに支払いの手段が鉄道と異なるなど、いくつものハードルがある。これらを統合してシームレスな移動を実現してこそ、MaaSなのだ。

maas参考画像

台湾の事例を参考に

台湾でも、日本に先駆けて2017年からMaaSの検討が行われている。都市交通の面で日本との類似点があるため、参考になる点は多い。たとえば、さほどキャッシュレス化は進んでいないものの、「悠遊卡」や「一卡通」という、日本でいう「Suica」や「ICOCA」のような交通系ICカードが普及していることは、よく似ている点だ。
 台湾第2の都市・高雄では、政府の方針でMaaS導入のモデル都市として選ばれている。この街を支える交通は、台鉄(台湾鉄路管理局)、高速鉄道、MRT(地下鉄)、LRT、バス、タクシー、配車サービス、シェアサイクル、さらに高雄港を横断するフェリーがある。住民はこれら多様な交通機関を複数組み合わせて利用することが多い。
 しかし高雄の公共交通の分担率は非常に低く、バイクの交通分担率は67.5%にものぼるという。それによって引き起こされる交通事故被害や大気汚染は、大きな課題になっている。このように多様な交通手段がありながら、公共交通に関して問題を有していることが、高雄がMaaS導入都市として選ばれた理由だ。
 高雄が考えるMaaSは、多様な公共交通を統合させ、市民の移動手段をバイクやクルマから公共交通へ転換すること。交通系ICカードを利用する旅客に対する無料サービスなどを実施し、ICカードの読み込みから得られる公共交通機関の利用状況のデータを収集するなどし、MaaS実施に向けて準備してきた。こうして、充分な地ならしを行った上で、公共交通の乗り放題パスを提供するサービス「Men▼Go」の運用が始まった。

「Men▼Go」では4つのプランの中からサービスを選び、専用のICカードを購入すれば、その1枚で利用サービス内の各交通機関をカバーできる。また専用アプリを使用することで、全ての交通モードを考慮した最適な経路案内が示されるため、限りなくドアtoドアに近い形で市民の移動をサポートできるようになっている。また、アプリからのオンライン決済も可能だ。
 高雄の場合、複雑な公共交通がシームレスに使いやすいよう整備されてきたことがポイントだ。たとえばMRTの出口の地図にはバス停の場所が示され、どの系統のバスがあと何分でくるか電光掲示がある。またMRTの出口付近には大抵シェアサイクルがあり、すぐに乗り換えが可能。自転車専用道も整備され走行のストレスが少ない。日本でも技術面では同様のサービスは運用可能だが、たとえば現状では駅を出てすぐにシェアサイクルは見つからない。乗り換えが面倒であれば、サービスは使わないだろう。MaaSで重要なのは、単なる交通手段や決済方法のハイテク化ではなく、公共交通機関をシームレスに利用できる環境を整えることなのだ。

自動車業界の変化と日本の動き

MaaSが普及すれば、自家用車を保有しなくても良い時代が到来するだろう。だがその分、配車サービスなどに使用するクルマの需要は伸びるため、自動車会社はMaaSと〝共生〟していくことが大切になる。そうした未来を予測し、『トヨタ自動車』と『ソフトバンク』による共同出資で、MaaS事業を行う新会社『MONET Technologies』が、2018年9月に設立された。『トヨタ』はモビリティサービス用の次世代自動運転車『e-Palette』の市場導入を予定しており、『MONET Technologies』はその実現のために設立されたのだ。様々な乗り物やサービスがMaaSによってつながり移動が最適化されていく中、自動運転車はその1つとして取り込まれていくだろう。その来るべき未来に向けての提携というわけだ。『ソフトバンク』代表取締役副社長執行役員 兼CTOの宮川潤一氏は、「われわれも危機感を持っている。日本の自動車産業は世界に誇れる産業だが、この先電気自動車や自動運転車になる際に、欧米や中国などのハイテク産業の勢いを見ていると、(これに対抗するには)ソフトバンク単体でも難しいし、自動車メーカーだけでも難しい。そこで日本連合を組む。まだまだ、ギブアップするポジションじゃない」と意気込む。

自動運転車がMaaSに取り込まれるという未来予測のもと、〝日本連合〟として動きを見せていることには期待が高まる。ただ、繰り返すがMaaSは単なるハイテク化ではなく、サービスを統合することで、公共交通機関による移動をシームレスする概念だ。自動運転が実用化されても、ただ移動手段が増えただけでは意味がない。またサービス内容が煩雑であったり、料金が高過ぎたりしては、結局利用されないだろう。世界のMaaSの動きに目を向けながら、一般市民の生活に根付く形で日本流のMaaSが実現されることを期待したい。

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