日常生活の“音”がストレスに─聴覚過敏を知る
聴覚過敏とは
日常生活において「音が気になって集中できない」「突然音がすると驚いてしまう」「音の多い場所で気分が悪くなる」と感じたことはないだろうか。もしかすると“聴覚過敏”かもしれない。聴覚過敏は感覚過敏の一種で、音に対する感覚が敏感で他の人が気にしないような音が気になり、不快なものとして受けとめてしまう状態だ。仕事に支障が出たり、ストレスを溜めやすかったりと、心身に影響が出ることがある。具体的にどのような音を苦痛に感じるかは人によって違う。「高い音が苦手」な人がいれば、「突然聞こえる音が苦手」な人もいる。さらに体調によっても感じ方は変わり、症状が主観的で「これが聴覚過敏」という基準を設けることが難しい。だが「カルファの聴覚過敏尺度」という質問形式の調査で、ある程度症状のレベルを把握することができる。医院での診察などでも参考にされており、大まかに共通する患者の特徴は以下のようなものだ。
◆不快な音を聴かないようにすることが困難
◆騒音に対して過敏になり回避できない
◆感情など精神面とリンクしている
聴覚過敏をはじめとする感覚過敏は特定の感覚に過敏な状態を表す言葉であり、医学的な病名ではない。それもあって、周囲から「気にしすぎじゃないの?」や「わがままを言っている」などと、誤解されることがある。本人も他人との比較が難しいため「自分が我慢できないだけ」と思ってしまうケースもあるという。しかし、聴覚過敏の症状には何らかの原因が潜んでいる可能性が高く、本人の努力不足や甘えといったものとして片付けるべきではない。

原因
聴覚過敏の原因は一つだけでなく人によって異なるが、以下に代表的なものをいくつか紹介する。
「耳の機能の問題」
人間の耳には外部から入ってきた音を調節する内耳という器官がある。通常は大きな音が耳に入ってもうまく調整するが、メニエール病(めまいと吐き気の発作が繰り返し起こる病気。一般的には耳鳴りや難聴をともなう)などによって内耳の働きに異常が出て音の調節が上手くいかないと、聴覚過敏が生じる可能性がある。
「脳の機能の影響」
「発達障害」「てんかん」「片頭痛」などが考えられる。発達障害があると感覚過敏になりやすいと言われており、ASD(自閉スペクトラム症)やADHD(注意欠如多動症)などの人が聴覚過敏に悩まされるケースがある。ただし、聴覚過敏があるからといって発達障害があるというわけではない。
「ストレスの影響」
大きなストレスを感じると神経が過敏になり、普段は気にならない音でも不快感を伴って聞こえる聴覚過敏と同じような状態になることがある。また、もともと聴覚過敏がある場合は、ストレスや体調不良が重なるとより不快な音として感じやすい。

HSPとの関連
HSP(Highly Sensitive Person:非常に敏感な人)の人も外界の刺激や体内の刺激に敏感な気質があり、聴覚過敏になりやすいと言われる。HSPは生まれながらに持った気質で、個人差が大きいが共通する特性としては「周囲の些細な変化に気づきやすい」「小さな刺激に敏感に反応する」などがある。全人口の15〜20%がHSPと想定されている。聴覚過敏に相当する例としては、「他の生徒の声や授業中の音が気になり教室に長くいることが難しい」「職場での同僚や上司の強い口調に反応してしまい仕事に集中できない」など。HSPは発達障害と混同されることもあるが、発達障害が脳機能の発達のかたよりが原因であるのに対し、HSPは脳の機能に問題があるわけではない。感覚的な刺激に対して過剰に働きすぎる状態であり、気質や特性の概念だ。そのため、HSP自体を治療するというよりも、HSPをきっかけに起こる症状などを改善し、自分の気質との上手な付き合い方を考える必要があるだろう。

治療法、環境の整備
聴覚過敏の治療のアプローチとしては、根底にある原因を突き止め改善することが重要になる。例えばメニエール病が原因であれば、メニエール病が完治すれば聴覚過敏症の症状も収束するだろう。ただ、聴覚過敏そのものを治す方法はまだ確立されておらず、先述の「耳の機能」「脳の機能」「ストレス」の3つの原因も特定が困難であったり複数が影響し合っていたりする。また、HSPの例のように場合によっては自身の特性として付き合っていく姿勢も求められるため、聴覚過敏のある人ができる対策・対処法をいくつか紹介したい。
「静かな居住環境の確保」
交通の少ない静かな地域での住居選びや、防音材料を用いた住環境の改善が効果的。家の中で特定の「静かな安息の場所」を設け、リラックスできる空間を作ることも大切だ。
「日常生活での騒音管理」
家庭内の家電製品は動作音が小さいものを選ぶ。二重窓を設置するか、厚手のカーテンを使用して外部の騒音を減らすことも良い。
「適切な音量でのコミュニケーション」
家族や同居人は不必要に声を大きくせず、落ち着いたトーンで話すよう心掛けよう。テレビやラジオの音量は低めに設定し、必要に応じてヘッドホンを使用することも望ましい。

対処法-グッズなどの利用
自分で簡単にできることとして、聴覚過敏対策グッズの使用がある。代表的なものとして「イヤーマフ」はヘッドホンのように耳にかけることで周囲の音を軽減できる。また、最近ではノイズリダクション効果のある耳栓も売られている。状況に応じてワイヤレスイヤホンのノイズキャンセリング機能を活用するのも良いだろう。また、直接音を減らすわけではないが、自分にとって心地良いと感じるもの(手触りの良いハンカチやクッション)を持ち歩く人もいる。何か不快な音があった時に、そういったものに触れることで少し気分が落ち着く効果があるようだ。
周囲への理解を促すために、聴覚過敏保護用シンボルマークをつけるのも一つだ。ここで紹介するものは公的に周知・規格化された統一マークではないが、聴覚過敏があることや、音から耳を守るためにグッズを身につけていることを知らせる役目がある。

学校での子どもの例
周囲からの理解が得にくい聴覚過敏の悩みだが、特に子どもの場合はその不快感や違和感を上手く説明できないこともあり、学校も気づいてあげられなかったり、対応がまちまちだったりする。ここではある小学生の例を紹介する。
「運動会に出たくない」─小学1年生の男の子がある時、母親にそう伝えた。男児は幼稚園のころから競技用ピストルの音が苦手で、両手で耳を塞いでいたという。運動会への参加を嫌がったのもこのピストル音が理由だ。学校に相談すると、耳をふさぐヘッドホン状の耳当て「イヤーマフ」の使用を提案されたが、男児はイヤーマフを嫌がった。そして当日、男児は母親と運動会を見学することになったが、ピストル音が聞こえると奥の教室に逃げ込んでしまった。本来走るのが好きだという男児は「ピストルの音がなかったら出たかった」と打ち明けた。母親も「本当はピストルの代替手段を学校側に検討してほしかったが、そこまでは言えなかった」と話す。
他の聴覚過敏の子でもピストル音が苦手な例は少なくないが、親としては学校に相談しにくいと感じるという。自分の子どものために学校全体に関わる変更を要望するのは、「過剰な要求」で、逆に子どものためにならないのでは、と悩んでしまうようだ。また、「我慢することで子どもの成長につながる」と考える学校もあり、保護者との間でズレが生じることも少なくない。
火薬式ピストルの代わりに電子ピストルを使用し、対応している学校もある。「音量などを調整できるのが利点。ピストル音をこわがる児童にも適している」という。また、内閣府の公表によると、笛・ブザー音・手旗などでスタートの合図を行っている例もある。文部科学省特別支援教育課は「絶対にピストルを使わなければならない理由や事情があるとか、代替手段の導入が難しいのでなければ、遠慮せずに申し出たら、合理的配慮の提供を受けられるのでは」と話す。また、『北海道大学』大学院教育学研究院の安達教授は、聴覚過敏などの感覚過敏について「関心を寄せる人は詳しくなるが、関心がない人は聴覚過敏というものがあることすら気づかない」と強調。まずは聴覚過敏を知ってもらうこと、そして当事者の気持ちを知ろうとする姿勢が大事だ。

音のない水族館
北海道内の『おたる水族館』では、特定の時間に水族館内のスピーカーから流れていたオルゴール音が消え、「音のない水族館」が始まる。館内アナウンスのほか、ショーにつきもののマイクによるナレーションや音楽もなく、飼育員たちはジェスチャーやフリップボードを使用して進行。参加者からは「いつもと違って、水しぶきの音や、空を飛ぶ鳥の鳴き声などが聞こえ、楽しかった」という声が上がった。
2022年に始まったこの取り組みは、利用者からの1通のメールをきっかけにスタートした。内容は、10歳の子どもが大きなアナウンス音などが苦手で、イルカショーが見られない、というもの。そこから「見たくても見られない子どもも楽しめる水族館にしよう」と、同館は半年かけて準備。音をなくすのはショーだけではない。普段は館内アナウンスで対応する迷子や落とし物などの案内は、プラカードを作成し、スタッフが持ち歩いて周知することにした。そして年3回ほど開催する恒例イベントになり、メールを送った利用者も「特別扱いではなく、少しの配慮があれば皆と一緒に楽しめると、(聴覚過敏を知らない)多くの人に分かってもらえるきっかけになった」と喜ぶ。
クワイエットアワー
ドラッグストア大手の『ツルハホールディングス』では、毎週土曜の開店時から1時間、BGMを切り照明を暗くする「クワイエットアワー」を実施。神奈川県川崎市内の大型商業施設で試行しているのを知ったのが導入のきっかけだという。この間の店内照明は通常の半分程度で、BGMや店内アナウンス、商品PRも聞こえずひっそりしている。「いらっしゃいませ」などの挨拶はなく、笑顔のみに。客との会話も「声を低めにしています」とのこと。「少数でも、困っている人に目を向けていきたい」というのが同社の考えだ。
川崎市では、東京2020オリンピック・パラリンピック大会を契機として、誰もが暮らしやすいまちづくりを進めていくために「かわさきパラムーブメント」を展開してきた。2021年には「クワイエットアワー実施のためのサポートブック」をまとめ、公表。このサポートブックなどを活用し、地域で「クワイエットアワー」を展開したのが相模原市の相模原青年会議所だ。地元の大型商業施設や店舗を回って協力を求め、22年5月から翌23年4月までに市内の書店や家電量販店など11施設が実施した。
また、滋賀県の本庁舎では自閉症啓発デーの4月2日に「クワイエットアクション」を実施。就業前のラジオ体操や時刻を知らせるチャイムなどの音量を下げた。報道などで『ツルハホールディングス』の取り組みを知ったのがきっかけだという。
もともとクワイエットアワーは2017年ごろの英国で始まり、その後欧州で広まったとされる。国内ではここ数年で、上記の例のように企業などの取り組みが少しずつ見られるようになっている。一方、クワイエットアワーがどのようなものか知らない人や団体も少なくない。これらの取り組みは企業や店舗のブランドイメージ向上にも繋がる。川崎市が公開しているマニュアルを活用するなどし、より多くの場所で実践して啓蒙につなげたいところだ。

聴覚過敏に理解のある社会に
聴覚過敏というもの自体を初めて知った人もいるだろう。これをきっかけに「自分は聴覚過敏かもしれない」と気づけたら、対処することで生活上のストレスが軽減されるかもしれない。また、周囲の人が聴覚過敏で苦しんでいたら寄り添うこともできる。そして企業や学校は是非、積極的にクワイエットアワーのような取り組みを行ってみてほしい。個人的には、スーパーやコンビニの照明は明る過ぎるし、飲食店や小売店の挨拶は声が大き過ぎると感じる。経営側や働き手は気がつきにくいかもしれないが、刺激を人より強く受け取ってしまいストレスに感じる利用者は、少なからずいる。クワイエットアワーなどを取り入れれば、そうしたことに気がつきやすくなるのではないか。“鈍感力”がなければ生きづらいような強刺激が標準の世の中ではなく、聴覚過敏などの人にも配慮できる社会になることを願う。