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「我慢」から「組織対応」へ 法制化で変わるカスハラ対策

「お客様は神様」―そんな考え方だけでは、従業員を守れない時代になった。暴言や威圧、過剰な要求など、顧客からの著しい迷惑行為が問題となる中、2026年10月1日から企業等にカスハラ防止のための措置が義務付けられる。これまで現場の従業員個人に委ねられがちだった顧客からの迷惑行為への対応が、企業として取り組むべき課題となるが、そもそも何がカスハラに該当し、企業にはどのような備えが求められるのか。今知っておきたいカスハラ対策を解説する。

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マスターズ2026年9月号

カスハラとは

 近年、カスタマーハラスメント(以下カスハラ)が大きな社会問題となっている。この状況を踏まえ、2026年10月1日から、企業等にはカスハラ防止のための必要な措置を講じることが義務付けられた。まずは、改めて「カスハラ」とは何かを押さえておきたい。法律では、次の3つを全て満たすものがカスハラとされている。

1.職場において行われる、顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者の言動
2.その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの
3.当該労働者の就業環境を害すること

 簡単に言うと、「客だから」「利用者だから」を盾に、常識の範囲を超えたことをして働く人を追い詰める行為だ。本来、クレームは商品・サービスや接客態度などに対する不満を訴えるもので、受けた側は業務改善や新たな商品開発などにつながることもある。しかし、中には言いがかりとしか言えない内容のものもあり、こうした不当・悪質なクレームはカスハラに該当する可能性がある。労働者本人に過度なストレスをかけるほか、企業等にも多大な損失をもたらす恐れがある。具体的に、カスハラに該当する例を見てみよう。

(学校の事例)
自分の子どもが希望の席にならなかったことや、特定の児童と同じクラスになったことに抗議。「子どもが不登校になったらどう責任を取るんだ」と、担任教諭の自宅や個人携帯へ連日深夜まで電話をかけ続ける。

(コールセンターの事例)
一度回答が終了している件について、オペレーターの対応態度に難癖をつけ、指名電話を何百回もかけ直して業務を著しく阻害。

(飲食店・コンビニ・小売店の事例)
レジでのやり取りで意に沿わない対応をされた顧客が、店員に対して「客をバカにしているのか」と怒号を上げ、商品や釣銭トレーを店員に投げつける。

 その他、業種や業態により様々な例がある。暴言、暴力、セクハラなどがカスハラに該当することは言うまでもない。中には、脅迫や暴行など、犯罪行為に該当するものもある。ちなみに筆者は以前に公共図書館で勤務していたが、今思い返すとカスハラだったな、と感じることは何度か経験している。筆者自身の経験もいくつか紹介させてほしい。
 電話の問い合わせで、予約している図書の順番がいつ回ってくるのか、と尋ねられた。前の利用者の返却のタイミング次第で予測はできないため、明確な日付は答えられない決まりになっているのだが、これに対して人格否定や差別発言になるような暴言を浴びせられた。
 また、「○○という本の△△ページ目の内容を確認したいから音読してほしい」と、意図的に女性の人体のページなどを指定してくる迷惑電話もあった。これは女性を狙ってきていたので、男性である私が代わるとすぐに切られた。毎回「担当者に代わります」で私が出るようにすると、電話は来なくなった。この件では女性職員に感謝されたが、私としてはあまり楽しい対応ではなかった。

なぜ今、法制化されたのか

 先述したようなカスハラに関する労働者からの相談が増加したことが、今回の法制化の背景にある。厚生労働省の「職場のハラスメントに関する実態調査(2023年度)」によると、過去3年間に労働者から「顧客等からの著しい迷惑行為」の相談があったと回答した企業の割合が27.9%で、2020年度調査に比べて8.4ポイント増加。また、顧客等からのカスハラがあったと判断した企業における具体的な事例としては、「継続的、執拗な言動」「威圧的な言動」「精神的な攻撃」などが挙げられている。
 実は、「カスハラ防止法」という独立した新法ができたわけではない。もともと、2022年4月にパワーハラスメント防止措置を全企業に義務づけた「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律」という法律があり、今回の改正でカスハラも同じ枠組みの中に加えられたかたちだ。パワハラ対策で整えた相談窓口や就業規則を土台にできるため、「パワハラ防止法の対象拡張」というのが正確な理解だ。ちなみに、2024年10月4日には「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が制定され、2025年4月1日から施行されている。東京都の先行が、国の法制化を後押しした可能性は高い。

改正法の概要

 今回の義務化は、大企業だけを対象にした制度ではない。従業員を雇用している事業主は、企業規模や業種を問わず、個人事業主でも対象となる。また、保護対象は正社員に限らず、パート、アルバイト、契約社員など、顧客や利用者と接する労働者も含む。「雇用管理上の措置」を講じることが努力目標ではなく義務となるため、具体的な措置については画像の表を確認してほしい。なお、この義務を果たさなかった場合の直接的な罰金はないが、対応を怠れば労働局からの指導や勧告を受け、最悪の場合は企業名公表の対象となり得る。

事業者がすべきこと

〈方針策定〉
 まずは方針の策定が必要だ。基本方針には、顧客等による著しい迷惑行為を会社として放置しないという立場を盛り込む必要がある。暴言・不当要求・長時間拘束といった行為が起きた際には、会社が組織として従業員を守ることを明確化する。ただし、正当な意見や苦情への誠実な対応も、同じ方針の中に位置づけておく必要がある。従業員保護の側面だけを前面に出すと、通常のクレーム対応まで避ける運用に傾きやすいからだ。顧客対応と従業員保護の両輪を方針の段階で示すことで、現場の判断基準が安定する。
 また、周知の内容は対象者によって分けて伝える。管理職には責任者として判断すべき基準を、現場担当者には無理に対応を続けなくてよい状況の目安を共有。新入社員には、入社時点で相談先と基本ルールを案内しておく。社内掲示だけに頼らず、研修、ミーティング、社内ポータルなどを組み合わせよう。

〈相談窓口の整備〉
 相談窓口は、設置するだけでは機能しない。誰が相談を受けるか、どの部署へつなぐか、緊急時の判断者は誰かまで決めておく必要がある。例えば店舗・窓口であれば、現場責任者から人事・総務へつなぐ流れが基本。コールセンターでは、スーパーバイザーや管理者へ切り替えるための基準が必要だ。夜間・休日も営業している職場では、時間外の連絡先も合わせて整備する必要がある。相談内容には、従業員名や相手方の情報・録音録画データなどが含まれることがある。共有範囲が広すぎると、相談をためらう職場環境になるため、閲覧できる担当者を限定し、記録の保管場所も明確にしておくことが大切だ。

労働者を守るための対策例

 労働者が身に付けている名札から個人が特定されてカスハラの攻撃対象にされないよう、名札の表示方法を変更する企業や地方自治体が増えている。ある飲食店の事例では、「店舗スタッフが名札の情報を基にSNSで検索され、付きまとわれる」トラブルをきっかけに対策が検討されるようになった。以前は氏名を漢字やひらがな等で表記していたが、トラブル後はイニシャル表記に変更された。名札自体をなくす案もあったが、スタッフ間の円滑なコミュニケーションのため、名札の表記を変更したという。
 『セブン-イレブン・ジャパン』での店舗スタッフの名札は、従来はひらがな、カタカナ表記のみだったが、2024年にイニシャル表記や、外国人従業員向けにアルファベット表記のほか、店名、役職名のみの表記も可能にした。各店舗のカウンター付近にカスハラに関する告知ポスターも掲示する。ポスターは『日本フランチャイズチェーン協会』が作成したもので、暴言や暴力、過剰な要求などを行き過ぎた迷惑行為として注意喚起している。
 また、従業員の身体的・心理的な安全を守る上で、防犯カメラなどのセキュリティ設備や記録設備の導入は不可欠だ。単なる事後確認にとどまらず、未然防止から法的対応まで、重要な役割を果たす。

証拠が対策のカギに 監視カメラ・録音機器の需要

 カスハラ対応において最も難航するのが、「言った・言わない」の水掛け論。接客中のやり取りは当事者の記憶に頼りがちで、時間の経過とともに事実関係の確認は困難になる。また、相手の声の大きさ、威圧的な身振り、互いの距離感や周囲の状況といった空気感は、文章の報告書だけで正確に伝えるのは難しい。しかし防犯カメラがあれば、トラブル発生時の状況を客観的な映像として記録し、事後検証することが可能になる。「従業員が一方的に責められていないか」「対応に不備はなかったか」「危険が迫っていなかったか」を正しく判断するための重要な材料となる。さらに、カメラの存在自体が抑止力としても機能する。防犯カメラは単なる「監視設備」ではなく、従業員と現場を保護するためのセキュリティ設備として活用することが重要だ。
 カスハラ対策として防犯カメラを活用する場合、ただ設置すればいいわけではない。録画していることを掲示する、必要以上にプライバシーを侵害しない位置に設置する、映像データを誰がどのように管理するのかを決めておくなど、運用ルールもあわせて整える必要がある。特に、音声録音機能を使う場合は注意が必要だ。映像だけでなく会話の内容まで記録するため、設置場所や利用目的、社内での管理方法を事前に確認しておくことが大切になる。トラブル時の証拠として役立つ一方で、利用者や従業員の安心感にも関わる設備であることを理解し、設置目的を明確にして適切に運用したい。

補助金

 こうした設備の設置には資金もかかるが、補助金を用意している自治体も多いため上手く活用したい。例えば東京都の『東京しごと財団』では、「カスタマー・ハラスメント防止対策推進事業企業向け奨励金」として、カスタマーハラスメント対策に関するマニュアルの整備に加え、カスタマーハラスメントを防止するための実践的な取組を行った都内中小企業等に対し、奨励金を支給している。マニュアルを整備した上で、

①録音・録画環境の整備
②AIを活用したシステム等の導入
③外部人材の活用

のいずれかの取り組みを実施した場合が対象。常時雇用する従業員が300人以下の都内中小企業等が主な対象で、奨励金支給額は40万円だ。また、愛知県名古屋市でも「中小企業カスタマーハラスメント対策支援補助金」として経費の一部を補助している。『名古屋市新事業支援センター』が実施する「カスタマーハラスメント対策セミナー」を受講済みであることが必須条件で、上限額は30万円だ。その他、自治体によっては何らかのサポートをしているので、よく調べて活用しよう。

加害者にならないように

 本来、消費者が意見を伝えることは正当な権利だが、伝え方を誤ると誰でもカスハラの加害者になってしまう可能性がある。大切なのは、意見を伝える際の適切な方法を知ることだ。消費者庁は、顧客と労働者などとの間に生じる「勘違い」や「すれ違い」を防ぐためには、上手なコミュニケーションが重要との考えから、啓発冊子「ぼのぼのと考えよう カスハラってなんのこと?」を公表している。冊子では、「上手な意見の伝え方チェックリスト」として、次の5つのポイントを紹介している。もし、やり取りの中で感情が高ぶりそうになったら、下にまとめた5つのポイントを思い出してほしい。

 顧客と労働者の間では、それぞれの立場によって言いたいことや事情が異なる。だからこそ、どちらか一方を間違っていると決めつけるのでなく、問題解決を目指す「お互いさま」の関係であることを意識することが重要だ。「勘違い」や「すれ違い」を生まない上手なコミュニケーションを心掛けることが、顧客と企業、双方の信頼関係を守り、カスハラをめぐるトラブルを減らすことにつながるのだ。

 カスハラは、「客と店員のトラブル」ではなく、事業者が組織として従業員を守るべき問題になった。個々の従業員の我慢や対応力に委ねる問題だった時代は終わったのだ。一方で、カスハラ対策を理由に、正当な意見や苦情まで受け付けないような対応になってはならない。消費者から寄せられる声には、商品やサービスをより良くするための重要なヒントが含まれている。「客だから何を言ってもいい」でも、「従業員を守るためなら客の意見を聞かなくていい」でもない。従業員を守りながら、正当な意見には誠実に耳を傾ける。その両立こそが、これからの顧客対応には求められるだろう。

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