盛り上がりをみせる「推し活」──変遷するカルチャーの今とは

熱意を持って応援している人物や愛好する物事を「推し」と表現する人が、いわゆるZ世代を中心に増えている。そしてそんな「推し」を応援して周囲に広める活動を「推し活」と言う。この「推し活」による経済効果は大きく、企業がそこに転がるビジネスチャンスを掴もうと多種多様な戦略を考えるなど、様々なフィールドで盛り上がりをみせている。本稿ではそんな「推し活」に焦点を当て、なぜ「推し活」が今盛況の最中にあるのか、そもそもどういった経緯でその言葉が使われ始めたのかなどについて探っていく。

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マスターズ2022年11月号

空前の「推し」ブーム
Z世代からシニア世代まで浸透

 近年、「推し」というワードが急速に世間に浸透している。もともと、主に女性アイドルファンの間で、イチオシのメンバーを意味するオタク用語だった「推し」。しかし、現在では「推し」の概念が多様化している。実在する人物であるアイドルや俳優、声優、スポーツ選手や歴史上の人物をはじめ、漫画やアニメ、ゲームに登場する二次元のキャラクター、さらには鉄道や建築物、仏像なども「推し」の対象となる。つまり、応援している人物だけではなく、愛好する物事、熱意を持って取り組んでいることはすべて「推し」に該当する。そんな「推し」を応援して周囲に広める活動(消費を含む)を指す「推し活」が、2021年の新語・流行語大賞にノミネートされた。2020年に『推し、燃ゆ』(宇佐見りん著)が芥川賞を受賞したことで、「推し」という言葉への注目が一気に高まり、その後はZ世代(概ね1990年代〜2010年代初頭までに生まれた世代)を中心に「推し活」が活発になっているという。2021年の「日経リサーチ」の調査によると、Z世代の35.6%、3人に1人が「推し活」をしているという結果が出ている。また、「推し活」をしてみたいと思っている人は11.5%、「推し活」に興味がある人は13.1%となっており、約6割が「推し活」に少なくとも何らかの関心を持っているということが分かる。また、「推し活」にハマるシニア世代の女性も急増中だ。『ハルメクホールディングス』の「ハルメク 生きかた上手研究所調べ」の調査では、現在「推し」がいるシニア女性は35.2%と、Z世代とほとんど同じ割合であることが明らかになっている。シニア女性の中での「推し」という言葉自体の認知度も83.3%となっており、Z世代に限らず広い世代で「推し」の文化が浸透していると言える。

人々が推すのにはワケがある!
「推し活」がもたらすメリットとは

「推し活」の流行は様々な面でメリットを生み出している。そのうちの一つとして挙げられるのはやはり経済面だ。『矢野経済研究所』が算出した2021年度の市場規模は6,840億円に上る。例えば、K-popアイドルグループ「BTS」が2020年にリリースしたヒット曲「Dynamite」が韓国にもたらした経済効果は1,523億円とされるなど、「推し活」が多大な影響力を持っていることが窺える。では実際に「推し活」をする人の出費はどれほどのものなのだろうか。推し活応援メディアを運営する『Oshicoco』の調査によると、中高生の26%、つまり4人に1人が「推し活」のために月に10,000円以上使っているという結果に。「推しのためにバイトを頑張っています!」「お年玉、お小遣いのすべてを推しに使ってます! 推し活以外にお金は使いません」といった声が寄せられるなど、他の何かを我慢してでも「推し活」にお金を使いたいという熱量の高さが、10代の「推し活」消費の特徴だ。18〜24歳になると、30,000円以上が40%、50,000円以上が15%と、さらに金額は上がる。25歳以上では10,000円から30,000円がボリュームゾーンとなっているが、それでも全年代において月10,000円の出費を惜しまない人が多く存在することが分かる。費用の使い道は、「グッズ費」「チケット費」という直接的に推しに関わるものだけではなく、「遠征費」「参戦服の購入費」、推し活目的での「カフェ利用費」など、多岐に亘る。中には「本人不在の誕生祭」を開催する人も。本人不在の誕生日会とはその名の通り、誕生日を迎える「推し本人」抜きで開催する誕生日会のこと。アイドルやアニメのファンが、グッズや装飾を用いて推しの誕生を盛大に祝うのだ。装飾費やケーキ代をはじめ、おめかしのための美容費や服飾費、グッズ代、さらにホテルで祝う場合は移動費や宿泊費もかかるなど、平均で10,000円〜30,000円、多くて70,000円〜80,000円使うファンもいるという。この例からも分かるように、「推し活」は「推し」に直接関わらない一般の商品やサービスも大量に消費することになるため、その分経済的な影響もより一層大きくなる。「推し活」には経済に良い影響を及ぼす以外にもメリットがある。カウンセラー歴30年の公認心理師、伊藤絵美氏は「『推し活』は究極のセルフケアと言えます」と語る。うつ病や不安障害などメンタルヘルスが低下している人は、自分に注意を向けすぎる「自己注目」といわれる状態に陥りやすい。「なぜ自分はこんなにダメなのだろう」などとネガティブな思考が頭を巡り続ける。しかし「推し活」を始めると、注意が自分ではなく、自分の外側にある「推し」に向く。それによって「自己注目」を軽減できるというのだ。また、「推し活」は、うつの治療法に繋がる可能性を持っている。うつの治療法の一つに、行動活性化がある。これは、ポジティブになれそうな行動を少しずつ増やすことで、つらい気持ちを楽にしていくというもの。抑うつ状態で体が固まり、身動きが取れない中、「推し」がモチベーションになって動ける人もおり、「推し活」は行動活性化療法としての側面を持つと言える。「推し活」がメンタルに及ぼす影響は実際大きい。『パナソニック』が実施した調査で、「推し活」をする女性の92.2%が「人生が変わった」と答えており、多くの人が「推し活」を通して楽しみや活力、幸せ、癒やしなどを得たと回答している。「『推し活』を始めてから、気分が明るくなって毎日が楽しくなった」、「ライブやファンとの交流により友人が増え、たくさんの考え方を学び、昔に比べて内面が豊かになったように感じる」など、気持ちや生活自体に前向きな変化が表れている人も少なくない。経済効果だけでなく、人々のメンタルにも良い影響をもたらす「推し活」。コロナ禍で不景気に陥ったり、うつ病患者や自殺者が増加傾向になったりしている近年において、「推し活」が盛り上がりを見せているのは、必然の現象なのかもしれない。

オタク文化から推し文化へ
変遷の過程から見える現代の特徴

ところで、「推し」という言葉はどういった経緯で使われ始めたのだろうか。かつては、何かに熱中し、深く追い求める人々を「オタク」と形容することが多かった。現在もオタクという言葉を耳にする機会はあるものの、ここ数年はオタクと自称する代わりに「推し」がいるとか、「推し活」をしているなどと説明する人も少なくない。この変化には、オタクのパブリックイメージの変遷が関わっている。そもそも「オタク」という言葉が普及したのは1980年代後半のことだが、その後20年ほどは、「内向的で社会性に乏しく、ファッションに無頓着」といったネガティブイメージが付きまとっていた。しかし、2010年代前半から若者世代を中心に少しずつそのイメージが変化し始める。標準的な社会性を備え、普通のファッションに身を包んだ学生が、カジュアルな意味合いでオタクと自称するようになったのだ。時代と共にオタクのネガティブなイメージが薄れていき、誰もが気軽に名乗るようになったわけだが、一方で「にわか」への批判や反発もあった。知識やファン歴が浅いのにオタクを自称することに対する哀れや嘲笑が、オタクのカジュアル化以降常に付随していた。そしてその傾向はSNSで特に多く見られ、それらを常用する若者は必然とにわかであることを詰められ、口撃される状況に遭遇しやすくなってしまった。その結果、若者はこぞってその環境に恐れや苦手意識を覚え、ついにはオタクの世界から離れていく。「ちょっと好き」程度ではオタクを名乗ることはできない。オタクという言葉自体の敷居が自然と高くなり、萎縮した若者。そんな彼らが、「詳しくはないがとにかく好き」という意味合いでオタクの代わりに使い始めたのが「推し」であったのだ。「オタク」ではなくわざわざ「推し」と表現する必要性について疑問に思っていた人もいるかもしれない。しかし、「推し」という言葉が広まった経緯を追った結果、その必要性に十分納得できる理由があることが分かった。

「推し活」に潜むビジネスチャンス
ユニークな取り組みに挑む企業も

さて、ここからは「推し」というものをビジネスの観点から考えてみたい。「推し活」による経済効果は、先述の通りかなり大きなものである。近年はそこに転がるビジネスチャンスに目を向け、各企業が「推し」にまつわる様々な取り組みを行っている。東京都に本社を置く飲食企業『ファイブグループ』が展開する韓国屋台風居酒屋『韓国酒場ナッコプセのお店 キテセヨ』では、「推し活」を楽しむための「完全個室!推し活ルーム」が用意されている。韓国屋台風インテリアと本格韓国料理を楽しみながら、韓国アイドルの「推し活」も同時にできることが特徴。50インチの大モニター付きで、ネオン管やハングル文字のパネルといった韓国インテリアに囲まれた完全個室の中、本格的な韓国屋台料理とドリンクを頂ける。また、要望があれば、同店のスタッフが韓流のコールやゲームなどで一緒に盛り上げてくれるという。韓流ブームに湧く昨今にぴったりのサービスと言えそうだ。石川県では、『推し活専門店 オシアド金沢店』が2022年8月にオープン。同店では、好きなアイドルやキャラクターのイメージに応じたハーブティーを楽しめるとして、県外からも来客があるほどの話題となっている。仕組みとしては、まず、客が「推し」について、「キュート」「天使」「パッション(情熱)」「クール」「悪魔」「フェロモン」の6項目で採点。次に、この採点を基に店側が15種類のハーブをブレンドし、「推し」のイメージに合った香りのハーブティーを作る。最後に、客が選んだ「推し」のイメージカラーを、上下1色ずつ、計2色のシロップで着色して完成だ。店内には客が持参した「推し」の写真やアクリルスタンドと共に、ハーブティーを置いて写真撮影などの「推し活」を楽しめるスペースも設けられている。飲食業界では、他にも一風変わった形で「推し活」ビジネスが活用されている。全国にシェア型レストランを展開する『favy』は、デジタルチップサービス「ごちっぷ」制度の実証実験を開始。この制度は、飲食店などを訪れた客がスタッフに対してメッセージとお金を渡せるサービスだ。これにより、気に入ったスタッフを客が直接評価する仕組みが実現し、従業員のモチベーションの向上に繋がることが期待されている。また、チップを贈られた理由の分析をしたり、スタッフ間の健全な競争意識を作ったりすることで、サービスの質向上を狙う意図もあるという。チップの文化が浸透していない日本での取り組みということもあり、今回の実験がどのような結果をもたらすのか、注目が集まっている。ここまで飲食業界での「推し活」ビジネスを紹介してきたが、同ビジネスに注目している企業は飲食業界以外にも多く存在している。例えば、『JR東海』が展開する「推し旅」。「対象人数は限られるが関わり方は非常に深い」─そんなコンテンツを旅行商品にして販売するサービスだ。具体的には、愛知県豊橋市にある動植物公園「のんほいパーク」で飼育している6頭の象の「象主」になれるプランや、静岡県伊豆の国市の幻の酒「江川酒」をテーマにした商品、京都の安祥寺で、戦国時代以来、荒廃が進んでいた境内の復興に向け、コケ植えや植樹などに参加する「復興特別体験」など、様々な商品が用意されている。しばしば話題になるプランも多くあり、真夜中の京都駅のバックヤードを見学できるツアーでは、20人限定で募集したところ、10倍の約200人の応募があり、抽選となったほどの人気ぶりだったという。「推し活」はスポーツ業界でもその存在感を顕にしている。2021年にプロ野球「パ・リーグ」で25年ぶりに優勝した「オリックス・バファローズ」。独自のマーケティング施策で球団の売上高を増やしている。同球団では、イベントやグッズなどに「推し活」の文化をエッセンスとして取り入れているという。その一例として挙げられるのが、「Bsオリ姫デー」という女性ファン向けイベントだ。シーズンごとに決まるテーマに合わせた特別なユニフォームが手に入ったり、バッティング練習の様子を撮影できたりなど、様々な形で球団と関わることが可能で、毎年好評を博している。他にも、アクリルスタンドという選手の写真をかたどったアイテムや、「心臓がもたん」や「待って、無理」といったメッセージ入りのタオルを販売。若い女性を中心に話題が広がり、ヒット商品となっている。ビジネスの場において様々な形で広がり、経済効果を生み出し続けている「推し活」だが、同時に社会貢献の可能性も秘めている。保護猫団体と協業し企業や自治体の社会貢献をサポートする『neconote』は、 「猫の推し活」 サービス「neco-note(ネコノート)」の提供を行っている。こちらは月会費で会員登録を行い、気に入った猫の新しい家族探しを応援できるというもの。ネコバディ(推している猫)のライブチャットなど、様々な限定コンテンツを楽しむことが可能だ。追加課金でネコバディを複数登録したり、ライブチャットで使えるおやつ券を購入することもできる。月会費や課金額の50%はネコバディが所属する保護猫団体に寄付されるため、「推し活」をしながら社会貢献にも繋がる仕組みになっている。

 「推し活」は、ビジネスの可能性やメンタルケアに繋がる側面を持つなど、様々なメリットを秘めていることが分かった。一方で、その言葉が使われるようになった過程を追うと、若者がオタクと気軽に名乗れず、抑圧されている事実も見えてきた。知識量やファン歴の長さに関わらず、「好きなものは好き」だと胸を張って自由に宣言できる世の中であってほしいと強く思う。

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