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サステナブルな未来を実現する“卵”の可能性

様々な料理に活用できて栄養価が高く、価格面でも優秀な卵。食卓になくてはならない存在だが、その可能性はただ食材として楽しむだけにとどまらない。様々な加工方法が各企業で考案され、廃棄されていた殻や膜の有効利用も進んでいることから、地球環境問題への寄与にも期待が高まっているのだ。さらに最近では植物性原料を使用した“代替卵”も注目され、新たなニーズが開拓され始めている。持続可能な未来に貢献する、卵に関わる様々な可能性について、本稿で触れていきたい。

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マスターズ2022年8月号

動物由来ではない卵が話題
世界で注目される“代替卵”

 2022年6月22日〜24日、東京ビックサイトで「”日本の食品”輸出EXPO」が開催された。様々な出展物がある中でも人々の目を引いたのが、こんにゃくからできたアレルギーフリーの植物性卵「UMAMI EGG」。このUMAMI EGGを用いたたまごサンドの試食には、多くの人が興味深い反応を示し、話題を集めた。ただ、「こんにゃくからできた植物性卵」と聞いても、「何それ?」と首をかしげた人は少なくないだろう。植物性卵とは、動物の卵以外の原料から作られた鶏卵の代替品だ。今回「UMAMI EGG」を出展したのはシンガポールに本社を置く『UMAMI UNITED JAPAN』という会社。同社の発酵技術を応用し麹菌などの酵素を活用することで、野菜から旨味を抽出して風味や食感を限りなく卵に近づけた。原材料はこんにゃく粉をはじめ、かぼちゃ粉末、みかん粉末、きくらげ旨味パウダーなど。無調整豆乳で溶いた製品を通常のスクランブルエッグなどのようにフライパンで焼くと、卵そっくりに仕上がる。調理方法によっては風味も口当たりも限りなく卵に近く、美味しく食べられるようだ。現在、世界で年間13兆個以上の卵が消費されていると言われる。世界的に植物性代替食品への需要が高まっている中で、代替卵市場は欧米では2010年代の前半から成長している分野の1つだ。『Fact.MR』(マーケットリサーチ会社)によると、その市場は2031年時点で33億ドル(約4400億円)にまで成長するとの予想。こうした将来性を見据えて、ドイツのスタートアップ『Perfeggt』創業者兼CEOのGary Lin氏は、「代替卵市場は莫大な成長の可能性があるにも関わらず未開拓」と考える。現在多額の資金調達を行って開発を進めているそうで、「卓越した科学と革新的技術により、動物由来製品はメニューから簡単に排除できると信じている」と語る。こうした企業が成果を出すことで、食物アレルギーや病気による食事制限がある人、ヴィーガンやベジタリアンなどにとって、代替卵は救世主のような食材となりそうだ。

地球環境の考慮なども背景に

先ほどの「UMAMI EGG」以外にも、最近では日本企業から代替卵商品が出始めている。2021年には、植物肉の研究開発を事業としている『グリーンカルチャー』が、植物性ゆで卵「植物卵」プロトタイプの開発に成功した。ゆで卵は質感やビジュアルなど、卵らしさの追求という点で難易度が高いが、同社ではあえてゆで卵という卵料理の王道の実現にこだわった。IEC(国際鶏卵委員会)が公表した、2020年の日本人1人当たりの年間鶏卵消費量は340個。世界的に見ても、メキシコに次いで2番目の卵消費大国だ。その市場規模に大きな可能性を見出したからこそ、ゆで卵に挑戦したのだろう。また、卵の消費による環境負荷の大きさなどに鑑みた結果も、開発背景の一つになったようだ。卵の生産にあたっては、温室効果ガスの排出量、土地の使用量、水の消費量などが大きいという。また、養鶏における衛生面や動物福祉の側面から見ても問題は多い。そんな中、「美味しい」と言われる植物卵を開発し、動物性食品の「代替」という概念を超えて、新たな食材として価値を感じ手に取ってほしい、というのが『グリーンカルチャー』の商品開発にかける思いだ。このように、卵に関する技術の進歩は、アレルギーやヴィーガンなど食事制限のある人の需要に応えるものだけではない。地球環境の保護なども焦点に入れながら様々なアイデアが出ているのだ。本物の卵を使用し加工品などを製造する場合も、極力無駄が出ないよう各社が取り組んでいる。

卵の殻も有効利用
各社の様々なアイデア

マヨネーズで有名な『キユーピー』では、商品の製造過程で大量の卵の殻が出る。その量はなんと1年間で約2万8,000トンにものぼるが、これらは捨てることなく100%活用されているという。殻だけを分けた後は機械で粉々にし、さらに小さく砕くために専門の工場に運ばれる。最終的には20〜40ミクロンほどの大きさに砕かれて片栗粉のような状態になり、炭酸カルシウムやのり、水などと混ぜ合わせて粘土状に。それを型に流し込んで成形し、「エコチョーク」として出荷しているのだ。書き味は普通のチョークと変わりないそう。『石塚硝子』では、卵の殻からガラス原料へと再利用する取り組みを始めた。同社で製造しているガラス食器に使用している4つの主原料(ケイ砂、ソーダ灰、石灰石、カレット)のうち、石灰石の一部(炭酸カルシウム)を代替使用する。これは産業利用として、業界で初めての実現となる。既に一部のガラス製品について運用を開始しており、今後も引き続き検討を行う中で殻の利用率向上を進め、SDGsへの貢献を推進する構えだまた、鶏卵加工を手掛けている『イフジ産業』では、「タマゴテック事業」として、殻の活用に力を入れている。これまでは廃棄するか、競技場などの白線や野球のボールの滑り止めとして活用していたが、殻の主成分である炭酸カルシウムを分離することで、新たな需要が見えてきた。殻を純粋な炭酸カルシウムに分離し活用するには、内側に付着する薄膜の処理が問題だった。そこで同社は、バイオベンチャーの『バイオアパタイト』社と組み、殻と卵殻膜を分離できる装置を開発。分離した殻からカルシウムとリン酸からなるアパタイト(燐灰石)を人工的に作り出し、「バイオアパタイト」として生成することに成功した。この成分は微細孔が多く汚れや菌を吸着しやすいため、歯磨き粉やろ過装置に活用できるという。また、人骨に近い固い成分のため人工関節などの高度医療素材にも活用できないか検討中。さらに、殻と分けた卵殻膜も無駄にはしない。アミノ酸やコラーゲンなど豊富な成分を含んでいることから、美容や医療の分野に必要な特定成分を抽出する研究を、様々な企業と共に取り組んでいるところだ。

卵白の有効利用
ホエイを原料としないプロテイン

卵はタンパク質が豊富なため、プロテイン原料としても注目されている。この分野においても、先ほど紹介した『イフジ産業』がヒットを生み出した実績を持っている。同社では2020年に、卵白製プロテイン「REVOPRO(レボプロ)」を発売し、国内のボディービルダーやスポーツ選手を中心に支持されてきた。プロテインは乳成分のホエイを原料にしたものが一般的だが、日本人には牛乳を飲むとお腹がゆるくなるなど乳糖不耐症の人が多い。そこで、独自技術により水に溶けにくい粉末卵白を水溶化することに成功し、卵白製のプロテインを商品化したところ、支持を得たのだ。さらに、卵白を原料にした「フレンズファーム冷凍卵白」も開発。卵8個分の白身に相当する250グラム入りの商品を1袋とし、解凍するだけで食べられタンパク質を26グラムを摂取できる。卵を多くとる場合カロリーや脂質が気になるが、それらはほとんど卵黄に含まれる。「カロリーなどを抑えながらタンパク質を取り入れたい」というニーズに応える形で、卵白を上手く活用したことが、ヒットに結びついたのだ。料理や加工品によっては卵黄のみが求められ、卵白が余りがちなものだが、卵白の長所に目をつけて有効利用し、成功した例だ。

アニマルウェルフェアにも着目を

卵の無駄を省き環境に配慮する取り組みは様々に進んでいるが、その生産過程にも着目したい。ドイツでは2022年1月、オスのひよこの殺処分を禁止する法律が施行された。日本を含む多くの国では、有精卵から生まれたオスのひよこは生後すぐ殺処分されるという。オスは卵を生まず食用としても適さない一方で、生まれるまで雌雄が分からないため、孵化直後に殺処分していたのだ。そこでドイツの『SELEGGT』は、孵化する前に雌雄を判別する技術を開発。卵殻に0.3ミリの穴をあけて取り出した少量の液体を分析して雌雄を判別し、メスは再び孵卵器に戻されオスは卵として流通する。所要時間は1個1秒で、精度は97%だ。このたびの法律によって、ドイツでは今後孵化前に雌雄を判別する技術を使うことが義務付けられる。同様の法律はフランスでも整備が進んでいるそう。「オスを殺さない卵」は、付加価値を持って市場で売られている。

◆◆◆◆◆

今後、代替卵がさらに普及すれば、食事制限の必要な人も気軽に卵の味を楽しめるようになるだろう。とはいえ、本物の卵の需要が消えるわけではない。より卵を有効活用できるアイデアを模索し、生産過程での配慮も行っていけば、卵の持つ可能性はさらに広がる。そして、それは動物資源や地球環境の保護にもつながっていく。美容、健康、医療、地球環境保護など、卵が実力を発揮する領域はすでに多岐に及んでいるが、まだまだポテンシャルがありそうで、今後どんな発想が各企業から出てくるのか楽しみだ。ちなみに、筆者は代替卵に挑戦しようと思ったものの、今のところは業務用のみだったり販売エリアや期間が限定的だったりと、まだ手軽には手に入らない商品が多いようだ。様々な革新的な商品が、まずは一般レベルで誰にでも手が届くようになることを期待したい。

実は日本は代替食品は得意分野?

日本では、古くから別の食材を使って本物に似せた「コピー食品」が作られてきた。例えば「がんもどき」。元々は江戸時代に精進料理の食材として、肉に似せて作られたことが始まり。諸説あるようだが、当時の材料は豆腐ではなくコンニャクで、味が雁(ガン)の肉に似ているからそう呼ばれるようになったとか。コピー食品で多いのは、高価だったり入手が難しかったりするため代替するものだが、食のバリエーションを豊かにする食材としても使われる。スケソウダラなどを原料にした「かにかまぼこ」は、誰もが1度は食べたことがあるであろう定番商品。「マーガリン」はもともとバターが高価なことからその代替として作られたが、「コレステロールが少ない」「冷蔵保存しても硬くなりにくい」などの利点が好まれて普及した。東京の下町などで愛される「ホッピー」は、物資が不足しビールが高嶺の花だった戦後、闇市でヒット商品となった。今ではビールとは別物とした上で庶民に愛されている。今後、資源保護の観点から代替食品の開発には拍車がかかりそうだ。どれだけ本物に寄せられるのか期待がかかるが、日本のコピー食品の歴史を見ると、さほど似ていなくても「それはそれ」と割り切って受け入れる土壌があると言えそうだ。代替卵なども今はまだ珍しいが、本格的に普及し始めれば案外すんなり受け入れられるのかもしれない。

家庭でできる卵の殻の有効利用

【家庭菜園の肥料に】卵の殻にはカルシウムが多く含まれ、家庭菜園の肥料に利用できる。ただし、殻が分解され実際に植物に吸収されるまで非常に時間がかかるので、殻を細かく砕いて土とよく混ぜることが大切。また、酸性の土の中和や、害虫駆除にも効果がある。

【チョーク作り】『キユーピー』の取り組み例でチョークが出たが、簡単な物なら家庭でも作れる。まず殻の内側の薄膜を取り除き、粉々になるまで砕く。それに小麦粉と熱湯を小さじ1杯ずつ加えて混ぜ、必要に応じて食紅などを入れて形を整えたら、数日間乾燥させて完成。

【化粧水】殻を細かく砕き、りんご酢を加えるだけ。1日から2日放置しておくと溶けるので、殻とりんご酢がしっかり混ざるようになれば完成。殻自体に肌を再生させる効果があり、ニキビなどの炎症を抑えることも期待できる。

【食器類の汚れ落とし】卵の殻は研磨剤としての役割も果たすので、フライパンや鍋の焦げなどの汚れを落とせる。殻を細かく砕き、洗いたい部分にふりかけてスポンジでこするだけで、頑固な汚れが綺麗に。傷がつく可能性があるので、お気に入りのものや高価なものは避けたほうがよい。

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