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営業最前線! セールスプロセスの分業化がもたらすもの

営業が変わりつつある。「ノルマに追われる」「基本はテレアポと飛び込み」「カンと気合と根性」といった、「泥臭い」イメージのある営業が、米国式の分業化とデータに基づいた管理手法により花形職種になりつつある。本稿ではIT系企業から火がついた新しい営業手法の導入の実態と、その課題について考察する。

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月刊センチュリー2023年7月号

◆コロナ禍を境に「営業」に変化

某中堅メーカーの総務部に勤務するY課長は、外部の企業から見れば「売り込み」の窓口である。法人向けサービスを提供する様々な業者からの営業電話は最終的にY課長が対応することになっているからだ。営業電話の主として多いのは人材派遣業、求人広告会社、業務効率化を謳うシステム会社、補助金や助成金のコンサルティング会社など。つい先日「営業電話にAIが自動的に対応するシステム」の営業電話がかかってきた時には笑ってしまった。

Y課長は、もう20年近くその職に就いている。つまり、他社の営業を20年間受け続けてきた「営業されるプロ」だ。そのY課長が、「最近、営業が変わってきた」と感じている。ここ数年、おそらくコロナ禍を境にして。外出自粛のため往訪による営業活動を制限された多くの企業がZoomに代表されるオンライン会議システムを使って商談を行うようになった。ただそれだけなら「商談の形式が変わった」以上のものではないが、加えて営業そのものも変化している。営業電話を受けてオンライン面談の約束をすると面談当日、電話をかけてきた人物とは違う営業社員が出てくることが増えた点だ。面談の約束、いわゆるアポを与えたスタッフはどうやら営業電話をかける専門のようだ。そしてオンライン面談に出てくるスタッフは商談専門のようである。

Y課長は、某システム会社とのオンライン面談で尋ねてみた。「最近は、アポ取りの電話をする人と面談する人は分業になっている会社が多いのですか?」と。面談相手の若い男性はPC画面の中で大きく頷いた。「はい、弊社はお客様とファーストコンタクトを取るのがインサイドセールス部門、私はお客様に弊社プロダクトをご紹介するフィールドセールス部門のメンバーです。たしかに最近はセールスがインサイドとフィールドに分かれている会社は多いですね」。知らない間に営業は分業化が進んでいるとY課長は確信を持った。そして、同時にこうも思った。「営業が横文字だらけになってしまったな」。

従来、営業といえば一般的に、「最初から最後まで」一人が担当するイメージがあった。営業マンはアプローチする会社のリストを作り、電話をかけてアポを取り、顧客の社屋に訪問し、契約を交わし、その後は顧客との窓口を務める。この長年当たり前とされてきた営業スタイルに変化をもたらした要因は、コロナ禍に加えもう一つある。新型コロナウイルスが世を覆う前年、2019年に刊行された書籍『ザ・モデル』(福田康隆著/翔泳社)である。

◆「ザ・モデル」の衝撃

『ザ・モデル』は、米国に本社を持つソフトウェア会社『オラクル』でセールスコンサルタントを務めた著者が著した書籍で、最新の営業手法が詳細に述べられている。よくある外国書籍の翻訳ではなく、日本人が米国企業で体験し、自らも実践した営業手法をまとめたものだ。それだけに、本書は営業のあり方に課題を感じていた多くの日本人ビジネスマンに受け入れられた。コロナ禍で企業が営業活動を見直さざるを得なくなった時期、新しい営業モデルを提唱する本書が出現したことは偶然とは言えこれ以上ないタイミングであった。

本書は、著者が米国人の上司から受けた「なぜ日本人はあれほど細かく生産管理はやるのに、営業については何もしないんだ?」という質問から幕を開ける。米国企業の営業組織が営業プロセス別に分かれており、専門性を高めると同時に徹底的に数値管理されているのを学んだ著者は、「先発完投型のピッチャーが当たり前とされた日本のプロ野球が、メジャーリーグの先発・中継ぎ・クローザーの分業によって大きく変化していったことを思い出した」と記し「このような分業体制は営業の革命につながるかもしれない」と興奮する。

本書では営業プロセスは自社商品を売りやすくするための施策を打つ「マーケティング」、ターゲットとなる相手に自社商品への興味を持たせて見込み客に育てる「インサイドセールス」、見込み客を契約に導く「フィールドセールス」、契約後に顧客をサポートする「カスタマーサクセス」に分かれるとされている。それぞれの部門で役割が明文化され、個別に設定された目標数値により達成度合いが管理されるのである。

◆「泥臭い」営業イメージが「知的でスマート」に

業務のあり方の根拠としてデータが活用されているのも『ザ・モデル』で紹介されている営業組織の特徴である。

例えば、米国の調査会社『シリウス・ディシジョン』の調査データに「情報収集、比較検討、意思決定といった購買プロセスのうち、前半の67%は営業担当者が接触する前に終わっている」というものがある。つまり、多くの顧客は興味のある商品があれば自分で調べて検討し、購入をほぼ決めてから営業に会っていることになる。このデータに基づき『ザ・モデル』はマーケティングやインサイドセールスが、見込み客“一歩手前”のターゲットを見出し、継続的に情報提供し、自社商品に対する関心度を高めることを推奨している。これによりフィールドセールスが実際に面談する時、ターゲットはすでに買う気になっており、成約する可能性が向上するというわけだ。

従来型の日本企業の営業はどうだろう。営業マンが自社商品を売り込めそうなターゲットを見つけたら、自ら何度も足を運んで関係を構築し、情報を提供して契約に持ち込むパターンが一般的ではないだろうか。年配の営業マンは「営業の基本は3K─カンと気合と根性」だと言う。

データをもとにしたチームプレイの米国式と、3Kで個人任せの日本式。どちらが売上につながるかは簡単に判断できないが、日本企業の中に『ザ・モデル』式の営業組織を導入する事例が増えるにつれ、特に若手社員の営業に対するイメージが変わってきた。

営業と言えば「テレアポ」と「飛び込み」のネガティブなイメージがあまりに強く、「営業だけは嫌だ」という若者は少なくない。しかし、分業型の営業組織ではそのような非効率な業務は減りつつある。例えば、まずマーケティング部門が公式サイトから無料でダウンロードできる「お役立ち資料」を作り、ダウンロードの際に電話番号を記入するよう設定する。ここに記された電話番号にインサイドセールスが電話をかけてフォローし、契約の可能性があればフィールドセールスが面談に出向くといった具合である。彼らは、いかに成約の可能性が高いターゲットをあぶり出すかに知恵を絞っている。もはや手あたり次第に電話をかけたり飛び込んだりせず、知恵を絞って集客の手を打ち、効果のデータを分析し、新たな手を打つ。

このようなことから、「泥臭い」を良しとした日本の営業は「知的でスマートな仕事」として認識され始めているのである。

◆「再現性」も分業組織のメリット

営業の分業化がもたらしたもう一つのメリットは「再現性」だ。言い換えると「誰がやっても同じ結果が得られる」ということ。一人の営業マンが担当顧客の仕事をトータルで担う最大のデメリットは「その営業マンがいなくなったら誰も同じ仕事をできない」である。こうした状態のことを「属人化」と言う。一人の営業マンが担当顧客の全てを任される形では、属人化は避けられない。その点、営業のプロセスを分業化し、チームとして対応すれば属人化によるリスクは軽減できる。チームで対応しているので、一人が欠けても他のメンバーがカバーできるからだ。また、分業体制ならばターゲットへの情報提供や資料の作成はインサイドセールスがバックアップするので、顧客の前に出るフィールドセールスがベテランであれ新人であれ、一定水準のサービスを担保することができる。

◆分業には「副作用」もある

営業の分業化も万能ではない。まず一つの問題として、人はグループに分けられると思考が内向きになり他のグループと対立しやすくなる傾向がある。具体例を挙げると、フィールドセールスの獲得した契約数が減ってくると、フィールドセールスは「インサイドセールスから供給される見込み客の質が低い」と不満を言う。これを聞いたインサイドセールスは、「契約を取れないのはフィールドセールスの能力不足ではないか」と考える。このような社内の対立は見えないリスクとなって業務の足を引っ張る。

また、一人の営業マンが全ての業務を担うのであれば連絡ミスなど起こりようがないが、プロセスごとに別の人物が対応するとなると、伝えるべき情報が伝わっていない、伝わった情報が間違っている、間違っていなくとも微妙なニュアンスがずれている、といったことが起こりやすい。例えば、ある企業の担当者がインサイドセールスとのやりとりで自社の課題をしっかりと説明したのに、商談に出てきたフィールドセールスに「御社の課題は何ですか?」と聞かれたらどう思うだろう。一瞬でそれまでの信頼感は失われるのではないだろうか。これでは何のために分業化しているのか分からない。

分業体制を確実に回すには、個々のスタッフに業務遂行能力、コミュニケーション能力、状況判断能力が求められる。営業の分業化を取り入れる前に、自社のスタッフにそれが可能かどうかの現状把握が必要と言えるだろう。

◆営業の分業化を成功させるには

では、営業の専門家はこの「分業化」をどのように見ているのだろうか。営業代行会社『株式会社 営業ハック』の代表であり、営業の日本一を決めるイベント「第6回S‐1グランプリ」で優勝した笹田裕嗣氏(35)に話を伺った。

まずは、営業の分業化は日本企業において有効なのかどうか。

「ルート営業やコンサルティングなど関係性ありきのビジネスの場合、分業よりも同じ営業がずっとついてくれるほうが顧客にとってはありがたいと思います。ただ、人材の流動性が高まっている時代背景、そして成果を出さねばならないスパンが短くなっている傾向を考えれば、営業の分業化は有効な手法ではあると思います」

では、分業化を導入して成功する条件とは?

「営業としての勝ちパターンが見えていることです。社員が何に専念すれば契約を取れるのか、顧客満足度を高められるのか。それを分からずに分業した営業組織は機能しません。また、営業の分業は工場の分業とは違います。工場の工程は滅多に変わりませんが、営業は日々変化するマーケットや顧客に分業化した組織が柔軟に対応できなければなりません」

実際に、営業セクションを「フィールドセールス」「インサイドセールス」に再編成したものの、売上は変わらずコストばかりがかさんでいる会社もある。ある会社は、営業経験のない内勤者をインサイドセールスに当てたため、獲得できるアポが少なく、結局フィールドセールスも営業電話をかけざるを得なくなったという。分業するには、分業できるだけのリソースがあるかどうかの見極めがまず重要と言えるだろう。

そして、避けて通れないのが評価の問題である。分業化した部署ごとに目標となる指標と数字が与えられるが、社員の関心事は最終的に、「いくら給料が貰えるのか」である。営業一人がすべての業務を行うのであれば成果が分かりやすく評価も納得性を持たせられるが、分業した各部署のメンバー間に不公平感を生じさせないようにするのは難しい。人事制度の設計にも影響するため、営業の分業化は全社的なテーマとして取り組む必要があるだろう。

『ザ・モデル』においても営業の分業化を無条件で称賛しているわけではない。セクショナリズムの台頭などを指摘しつつ、「分業から共業へ」という一章が設けられている。すなわち、単純に営業プロセスを分解して別部署にするのでなく、全社的な収益の最大化という大きな目的を達成するために個々の営業プロセスが専門性を高め、有機的に連携しなければならないと示唆しているのである。

くれぐれも、「時流だから」「イメージが良いから」といった理由で、営業の分業化を図ることだけは避けたいものである。

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