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深刻化する宇宙ゴミ問題 今求められる宇宙のSDGs

近年、「SDGs」という言葉をよく耳にするようになった。SDGsとは人間、地球及び繁栄のための行動計画として掲げられた持続可能な開発目標のこと。各国が取り組む国際目標でもある。そんなSDGsが今、宇宙開発の分野でも求められている。宇宙のSDGsで問題となっているのは“スペースデブリ”──通称「宇宙ゴミ」だ。宇宙ゴミの正体は、地球周回軌道に存在する役目を終えた人工衛星やロケットなど。宇宙開発の進展に伴い、宇宙ゴミは年々増加の一途を辿っている。

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マスターズ2022年10月号

“宇宙空間はゴミだらけ”は本当!? 求められる宇宙のSDGs

近年、「SDGs」という言葉をよく耳にするようになった。SDGsとは人間、地球及び繁栄のための行動計画として掲げられた持続可能な開発目標のこと。各国が取り組む国際目標でもある。そんなSDGsが今、宇宙開発の分野でも求められている。宇宙のSDGsで問題となっているのは“スペースデブリ”──通称「宇宙ゴミ」だ。宇宙ゴミの正体は、地球周回軌道に存在する役目を終えた人工衛星やロケットなど。宇宙開発の進展に伴い、宇宙ゴミは年々増加の一途を辿っている。

地上への落下で死傷者が出る恐れも

『NASA』によれば、監視可能な10cm以上の宇宙ゴミだけで2万3,000個以上、1mm以上は1億個以上存在すると推定されている。宇宙ゴミは回転しながら秒速7〜8kmで飛び交っており、1cmサイズでもぶつかった際の衝撃は凄まじく、金属に穴を空けてしまうほど。戦闘機のスピードはマッハ2〜3(秒速0.68〜1.02km) というから、宇宙ゴミがいかにハイスピードかが分かるだろう。その危険性は深刻で、宇宙活動の妨げになるとされている。実際に、国際宇宙ステーションでは衛星破壊の破片が接近するとして、滞在中の飛行士が一時避難を余儀なくされた。過去4回船外活動を行った日本人宇宙飛行士の野口聡一氏も「ゴミの衝突は絶え間なく起きている」と語る。船外活動で伝う外壁の手すりは、15年前はほぼ無傷だったが、2021年の船外活動では無数の小さな穴を確認した。めくれ上がった金属で手袋が傷つけば、宇宙服から空気が漏れかねないという。また、衛星にとっても宇宙ゴミは脅威だ。2009年にはアメリカの通信衛星にロシアの運用を終えた軍事衛星が衝突し、2,000個以上ものゴミが出る事故が発生した。宇宙ゴミは、それ自体が使用中の衛星に衝突して破壊するという危険があるだけでなく、宇宙ゴミ同士の衝突により、さらに多数の微小宇宙ゴミを撒き散らす危険もある。13機の衛星を運用する日本の宇宙航空研究機構『JAXA』には、宇宙ゴミを監視するアメリカから毎日数百件の接近情報が寄せられる。担当者が再計算して危険と判断すれば、宇宙ゴミとの衝突を避けるために衛星のエンジンを噴射して軌道を変える。最近は年5回ほど行い、衝突を回避した。観測が中断して衛星のトラブルにも繋がりかねない事態だが、担当者は「1機数百億円の衛星を守るためには、やらざるを得ない」と語る。宇宙ゴミは地上で生活する私たちへの影響もある。例えば、スマホの位置情報をはじめ、天気予報、金融取引などは宇宙インフラに頼っている。衛星の破壊によってこうした様々なサービスが正確に受けられなくなる恐れもあるのだ。そして、もちろん大気圏に突入し、地上に落下してくる恐れも。幸いなことに、これまで落下による死傷者は出ていないが、2016年にはアメリカの民間ロケットの燃料タンクがインドネシアに落ちた。2022年7月には中国の運搬ロケットの一部がフィリピン近海に落下し、批判を浴びた。カナダの大学研究チームの最新の分析によると、過去30年間で1,500以上のロケットの残骸が軌道を外れ、そのうちの約7割が制御不能と推定された。落下する恐れがある残骸は651個。死傷者が出る確率は少なくとも10%と言い、看過できない事態となっている。

宇宙ゴミの衝突事例

甘い国際ルール 規制強化には各国とも消極的

なぜ、これほどの脅威をもたらす宇宙ゴミが今も放置され、増え続けているのか。それは宇宙利用に関する国際ルールの甘さが原因の一つと言われている。宇宙に関する国際ルールと言えば、1967年に発効した宇宙空間の探査などの利用における国家活動を律する「宇宙条約」が有名だろう。100カ国以上が批准する条約であり、平和利用原則、宇宙利用原則、宇宙活動自由の原則、領有禁止原則、国際協力原則、他国利益尊重の原則の6つの基本原則を支柱として、法秩序の創設のための諸条項と国際協力の諸条項を組み合わせている。この中では核兵器などの大量破壊兵器の配備を禁止しているが、それ以外の兵器の細かい規制はなく、中国やアメリカ、インドも過去に破壊実験を行った。また、衛星の運用については、各国の宇宙機関による組織が、運用終了後25年で大気圏に突入させるなどしてゴミにしないことを求めるガイドラインを定めている。しかし、真摯に取り組む国は多くない。法的拘束力がない上に、大気圏に突入させるには燃料噴射が必要で衛星の寿命がかなり短くなってしまうからだ。規制強化には各国とも消極的。それは宇宙空間利用の規制強化が、軍事面を含め、各国の国益が密接に絡むからだと言われている。

宇宙ゴミ対策はビジネスチャンス? 各国機関・企業も除去に挑戦

こうした状況に危機感を覚え、2000年代に入り、各国の宇宙機関や企業の間で宇宙ゴミ対策の技術開発競争が進んでいる。国際的には欧米に加えてロシアや中国などが研究を進めており、日本も例外ではない。本稿では、日本に焦点を当てて事例を紹介する。

【①JAXAの場合】

『JAXA』では低コストで効率よく宇宙ゴミを除去するため、比較的大きな宇宙ゴミの高度を下げて周回する軌道上から外し、大気圏に突入させて燃え尽きるシステムを研究している。そこで同機構が着目したのは、「漁網」。広島にある国内最大の漁網メーカー『日東製網』の技術を応用し、共同で、宇宙ゴミに打ち込む導電性網状テザー(ひも)を開発しようとしている。その手順を紹介すると、まずは、テザーを搭載した衛星が宇宙ゴミに接近してテザーを取り付ける。テザーは宇宙ゴミを起点に数百m〜数kmの長さで伸びていく。このテザーはアルミとステンレスなどの素材で編み上げられており、電流が発生する構造。宇宙ゴミが周回する宇宙空間には地球磁場があって、磁力が一定方向に働いている。そこを通電素材のテザーが横切ることで、磁場の影響を受けてテザーに電流が流れる。この電流と磁場との干渉により、宇宙ゴミの進行方向とは逆向きの力が発生し、宇宙ゴミのスピードを徐々に弱めていく。宇宙ゴミは地球周回軌道を回り続けながらも、少しずつ軌道を下げていき、最終的には地球の重力に引っぱられて大気圏へ突入し燃え尽きるという流れだ。

【②川崎重工の場合】

『川崎重工』では2011年から、日本がこれまでに打ち上げたロケットの上段を除去対象とする宇宙ゴミ除去技術の開発を進めてきた。2019年には宇宙ゴミ除去衛星運用のための地上局を岐阜工場に設置。2020年には自社開発の実証衛星を打ち上げ、その衛星に備え付けた画像センサーで対象を捉える技術、対象に実証衛星が自力で接近する技術、実証衛星本体からアームを伸ばして対象を握り持つ技術について実証試験を行った。さらに2021年11月には同社が自社開発し、『JAXA』の革新的衛星技術実証2号機の実証テーマとして選定された宇宙ゴミ捕獲システム超小型実証衛星「DRUMS」も打ち上げられた。DRUMSはその後、無事に軌道に投入。同社が岐阜工場に設置した地上局との間で正常にデータが送受信され、衛星の基本的な作動を確認したという。このように、ロケットのフェアリングやロボティクス関連技術で、すでに宇宙開発に参入している『川崎重工』。2025年には実際に、宇宙ゴミ除去事業の開始を目指しており、今後も宇宙ビジネスの発展と安全な宇宙空間の利活用に積極的に貢献していく構えだ。

【③アストロスケールの場合】

東京都墨田区に拠点を置く宇宙ベンチャー『アストロスケール』。同社では、衛星の寿命延長をはじめ、故障機や物体の観測・点検、衛星運用終了時の宇宙ゴミ化防止、既存宇宙ゴミの除去など様々なサービスを展開。また、技術開発に加え、ビジネスモデルの確立、複数の民間企業や団体、行政機関と協働し、宇宙政策やベストプラクティスの策定にも努めている。 そんな同社は、専用の衛星による世界で初めての宇宙ゴミの回収業を目指しており、投資家からも注目を集め300億円以上の資金調達を達成。社員も『JAXA』や大手企業からの転職者を含め250人に増えるなど、急成長を遂げている。同社では宇宙ゴミの回収を実証する衛星を開発。磁石を内蔵し、宇宙ゴミとなった衛星などにくっついて捕獲、大気圏に突入させて処分するという。そして2021年3月、民間世界初の宇宙ゴミ回収実証衛星ELSA-d(エルサD)」を打ち上げ。同年8月には、模擬ゴミの捕獲実証に成功し、世界を沸かせた。ただ実際の宇宙ゴミは回転しており、捕獲のタイミングがずれれば弾き飛ばされる危険もある。そこでセンサーで回転を計測し、宇宙ゴミに合わせて自分自身を回転させながらドッキングするシステムを開発。2022年には回転する模擬の宇宙ゴミを捕獲する実験を繰り返し、衛星を量産化する計画だ。同社には、衛星を多く運用する企業から、故障した衛星の除去の相談が寄せられており、数年以内の実用化を目指している。

宇宙ゴミ対策の方向性

問題の認知度を高めて規制強化に繋げていくことが重要

宇宙ゴミをこれ以上増やさないためには、私たち一人ひとりが今すでに宇宙が危機的状況にあるのを知ることに加え、宇宙ゴミ対策をビジネスとして成立させる風土の醸成が必要だろう。そのためには衛星やロケットの所有者がゴミの除去を迫られ、サービスを依頼せざるを得ない状況を作り出すことが必要。つまり宇宙利用の規制を一段と強化しなければならないということであり、日本政府も積極的に対応することが求められる。政府は、低軌道の政府衛星については、国際的なガイドラインが求める運用終了後25年を待たず、できるだけ早く大気圏に突入させる方針を決めてはいる。しかし、その具体策までは決まっておらず、実際に突入させた例はまだない。宇宙ゴミ問題は、地球温暖化問題と似たところがあり、今すぐに宇宙が利用できなくなるわけではないが、このまま宇宙ゴミが増えれば、その影響は確実に利いてくる。だからこそ、破壊の連鎖で宇宙が利用できなくなる前に、なるべく早く温暖化対策のような国際的な新ルールづくりを行い、宇宙空間の利用を持続可能にしていくことが求められている。

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