Twitterのアイコン Facebookのアイコン はてなブログのアイコン

教育 × メタバース 不登校児童生徒の居場所を創出

文部科学省の統計によると、不登校児童生徒の数が年々増えている。こうした状況においては、家庭に次ぐ第2の場所である学校へ子どもを無理に行かせるのではなく、第3の場所の創出が必要。そんな行政の方針もあって、不登校児童生徒の教育機会を整備できる居場所として注目されているのがメタバース空間だ。「メタバース登校」という言葉も生まれる中、官民連携で進む不登校支援の新たなかたちに触れる。

記事をpdfで見る(画像クリックで別ウィンドウ表示)

記事または映画評のサムネイル画像(A3用紙サイズ/横長)

マスターズ2024年9月号

【メタバースで居場所を創出】

 ここ数年、「メタバース」という言葉をよく耳にするようになった。ビジネスや娯楽など、メタバースの活用領域は多岐にわたるが、最近では不登校児や社会に馴染めない若者の居場所作りとしても利用されているという。まず、メタバースとは何なのか、簡単におさらいしておきたい。

 メタバースを一言で説明すると、「インターネット上の仮想空間」だ。ユーザーは3次元で構成された仮想空間の中で、自分の分身である“アバター”を介して自由に動き回り、他者と交流などができる。『ドラゴンクエスト』や『ファイナルファンタジー』シリーズに代表されるRPGゲームでも、主人公となるキャラクターをゲームの世界で操作するが、メタバース上でのアバターはユーザーの好みに応じて自由にカスタマイズできることが多く、より自身の性格や好み、アイデンティティを表現する手段となるものだ。このメタバースの中で、自分の分身であるアバターを操作し、他のユーザーとコミュニケーションを取る。現実世界での登校や他者とのコミュニケーションは難しくても、メタバース内でアバターを介してなら可能な人も多い。そこで、メタバースが新たな居場所になり得るとして、不登校支援などに活かされているのだ。

【不登校児童生徒数が増加傾向】

 2023年10月4日の文部科学省の発表によると、小中学校における不登校児童生徒数は2022年度で約30万人と、公表時点で過去最多。中学校では1クラスにつき2人が不登校という計算だ。不登校の定義は簡潔に述べると「病気・経済的理由・新型コロナウイルスの感染回避による欠席を除き、年度間に30日以上の欠席」とされる。年に30日(約15%)欠席した場合も、全日数欠席した場合も、同じように不登校としてカウントされる。不登校児童生徒数は30年以上にわたって増加傾向で、特に2020〜2022年度には中学生の不登校が急増。こうした現状を受け止め、「不登校児童生徒を登校できるようにする」という思考ではなく、「不登校であっても適切な教育を受けられる機会を整備する」という方向にシフトするべき、という気運が高まっている。

 コロナ禍で小学校・中学校でオンライン授業が急速に進み、学習機会の均等という観点では進歩した。だが、自宅でICT等を使って出席扱いとなった児童数は小学校で約3.8%、中学校で約3.3%。不登校児童生徒への恩恵や有効な活用という点では、まだまだだった。メタバースを不登校支援に活用する動きは、オンライン授業などよりもさらに進んだ取り組みとなる。

不登校児童生徒数の推移 小・中学生合計
(文部科学省「令和4年度 児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果について」より)

【各自治体が取り組みを進める】

 教育におけるメタバースの利用は各自治体で進んでいるため、具体例をいくつか挙げてみよう。岡山県が不登校の子どもたちの居場所をつくろうと、2024年4月からメタバースを活用した取り組みを始めた。岡山県の小・中・高校生の不登校児童生徒の数は、2022年度に4,700人を超え、2018年度の1.3倍となった。こうした中で、不登校の子どもたちが外の人とつながれる機会をと、メタバースの活用を決めたという。

 内容としては、利用を希望する県内の小中学生や高校生などが、アバターを通して他の利用者や運用に関わる職員と音声や文字で会話をしたり、将棋などのゲームをしたりして交流できる仕組み。担当する県総合教育センターは「不登校の子どもは、家族以外とのつながりが薄れ、登校や外出への抵抗感が強いケースがある。メタバースを活用して、人とつながる楽しさを感じてもらえたらと思う」と話している。

 同様の取り組みは、大阪府八尾市でも先んじて行われている。『八尾市教育委員会』が不登校の小中学生を対象に2023年8月に始めたのが「ほっとはあとルーム」だ。週に4日、皆でゲームをしてコミュニケーションを深める場を提供したり、「学習支援」を行ったりする中で、子どもたちが現実世界に対しても前向きな変化を見せるケースが増えているようだ。また、埼玉県でもメタバース内における子どもや若者の居場所作りを進め、2024年10月より試験運用する予定。資格を持つ相談員もメタバース内に配置され、心配事や悩み事を持つ参加者には自然なかたちで対応していくという。リアルのオフ会やスポーツ交流なども実施し、自殺などの深刻な相談内容には、リアルの専門支援機関につなげる機能も備えるという。紹介したのは一例であり、全国各地でメタバースを取り入れた支援が取り入れられ始めている。

 子どもたちの居場所をめぐっては2023年12月に『こども家庭庁』が、不登校や虐待などが続く中で家庭や学校以外の第3の場所として、安心して過ごせる居場所が必要とする指針をまとめている。昨今の各自治体におけるメタバースを活用した取り組みは、こうした行政機関の方針も背景にある。

【民間団体との連携 『カタリバ』】

 認定NPO法人『カタリバ』では2021年から、様々な理由で学校に行くことができない児童生徒とその家族に対して、メタバース空間を活用したオンライン不登校支援プログラムを届けている。同法人のプログラムでは、学校に行くことが難しい児童生徒とその家族を対象に、それぞれの状況に合わせた個別支援計画の作成や保護者・子どもに対する定期的な個別面談、オンライン教材を活用した学習支援などを実施。「支援リソースの確保に課題を抱えている」という自治体の声を受け、メタバース空間を活用したオンライン不登校支援プログラムを自治体を超えて共有することによって、不登校の子どもたちの支援を目指している。連携のかたちは自治体の行う不登校支援の内容に応じて様々だ。

 こうした取り組みから見えてきたことをもとに、2022年11月9日には「官民連携でのメタバース空間を活用した不登校支援施策の可能性」を考えるセミナーを開催。『カタリバ』が連携を進める自治体の中から、埼玉県の『戸田市教育委員会』と岐阜県の『大垣市立東中学校』の参加を得て、不登校の子どもたちの現状や『カタリバ』で行っている不登校支援の説明、トークセッションなどが行われた。『大垣市立東中学校』では、「居場所は教室だけではない。どこにだって居場所はあるんだよ」というメッセージを発信しながら不登校の生徒に対する支援にあたっているという。「家から出ることの難しい子どもたちに対しては支援の手がどうしても届かない。そこでオンライン不登校支援プログラムの導入を決めました」と、同校の校長は語る。実際の導入に際しては、民間団体と連携することに関して教育委員会から不安の声もあったが、『カタリバ』の支援プログラムが経済産業省で採択されている実績などが評価され、導入に至ったという。『戸田市教育委員会』も、オンライン不登校支援プログラムが加わったことで「学びの選択肢を大きく拡充することができた」と語る。

【“メタバース登校”の仕方

 『カタリバ』で提供するメタバース空間を活用した登校の具体的な利用方法だが、ネットにつながった端末があれば可能で、特に難しいことはない。あだ名を決め、自分のアバターを300以上のパターンの中から決めたら、ログインするだけだ。

 広がるのはちょっと懐かしいテレビゲームのような世界観。アバター同士が近づくと自動でビデオ通話がつながり、おしゃべりできる。学校の廊下を歩いていて同級生や先生に出会って挨拶をするような、そんな自然なコミュニケーションが生まれる雰囲気がメタバース内に築かれている。この空間では、毎週月曜日から金曜日まで9時〜14時半に様々なプログラム(授業)が行われる。国語や算数などの基礎教科から、プログラミング、クラブ活動までにわたり、専属の職員の他に全国から集まった運営スタッフがプログラムを進行したり、子どもや親の相談に応じたりするという。

(画像はイメージです)

【導入による手応え】

 実際に導入した学校や教育委員会側からは、「オンライン会議システムなどに比べて、メタバースでは子どもたちの食いつきが違う」といった意見が挙がっている。また、スタッフには海外から参加しているメンバーや育児の合間を利用して協力してくれるメンバーがおり、自分が住んでいる地域の子どもに限らず支援できることが、スタッフ側の働きやすさややり甲斐にもなっているようだ。オンライン不登校支援プログラムへの参加を出席扱いすることについては、通常登校をしている生徒や保護者から不満の声が出るようなことはないという。

 導入を経て『戸田市教育委員会』の教育長は、「これまでの日本型教育は『できないことをできるようにする』ことにエネルギーを注いできました。今後は『できること』のほうに目を向けて、その子どもの良さを伸ばす教育にシフトしていく必要があるのではないでしょうか」と語っている。

【利用する子どもたちは】

 実際に“メタバース登校”をしている子どもたちはどう感じているのか。千葉県の小学5年生Sちゃんは、人が多い場所が苦手で2年前から学校に行っていないが、メタバースのサービスは平日ほぼ毎日利用しているという。「オンラインなので、密集しているという感覚がなくて。気軽におしゃべりできたり、気軽にきけたり。そういうのが、私の思う学校とメタバースの違い」というのがSちゃんの実感だ。「前よりは勉強が好きになった気がします」とも語っている。そして、最も気になるのが人間関係について。メタバースで知り合った友だちとは実際に会ってみたいと思うか、それともオンラインのままのほうがいいか……。「会ってみたいなというのと、オンラインのままでもいいというのと、どっちとも思っていて」と前置きした上で、こう答えている。「仲良くなって、実際に会って、いろんな遊びをしたり、たとえばオンラインではできない鬼ごっことか、オンラインではできないいろんなことをして遊びたいなと思います」。少しずつではあるが、現実の友だちへの関心や興味を持ち始めているような印象だ。

 Sちゃんの保護者も、Sちゃんがメタバース空間に通うようになって良い方向に変わったと話す。「能動性が身についたと思います。自分で考えるとか、自 分で動くとか、ちゃんと何か自分の気持ちを伝えるとか。そういったことは、メタバースでの学習支援をうけて身についてきたことではないかと」。オンラインのほうが自由度が高く社会的な拘束が少ないため、Sちゃんには合っていたのではないかというのが、保護者の目から見た意見だ。

(男性)メタバースを利用したことがある割合(2023年)(女性)メタバースを利用したことがある割合(2023年)

【課題も】

 「家から出なくてもいい」「自分の顔を出す代わりにアバターで参加できる」「声を出さなくてもコミュニケ─ションが取れる」など、メタバースを活用した登校に児童・生徒側が感じるメリットは大きい。一方でデメリットや課題もあり、これは親や教育者の視点から見て感じる部分となる。

 保護者としては、「子どもがやりたいことをとことんできる場を与えてあげたい」と思うのと同時に、現実の学校と比べて勉強の面で遅れることがないかなど、不安を感じるのが本音だろう。また、「オンラインのスクールだと人間関係が学べないのでは」と危惧する保護者も多い。いわゆるデジタルネイティブの子どもたちは、メタバースを利用して学んだりコミュニケーションを取ったりすることに、抵抗や違和感はさほどない。だが、親世代は「メタバース登校」と聞いても、すんなりとは飲み込めないのが正直なところではないだろうか。こうした、親子の間に生まれるズレや不安を解消していくことが、実際の導入においてまず必要な点だ。

 そして、教育関係者や親が最も気にするであろうポイントが、子どもの将来についてだ。当然のことながら現実の社会はメタバースではなく、メタバース空間のみで一生を生きられるわけではない。たとえ擬似的な社会体験をしても、リアルとイコールではないため現実の社会に出た際に少なからずギャップを感じることは避けられない。その点を無視して、「ずっとここで学んでいれば大丈夫」と安住の場所にさせてしまうと、却って子どもたちの社会的自立を妨げてしまう。また、運営側としては当然ビジネスとしての側面もあるため、競争が激化していく中では、子どもたちの社会的な自立支援にはつながらないような質の低いサービスが出てくる可能性もある。つまり、儲けたいだけで子どもの将来など考えていないメタバースの学校、というものが現れないとは限らない。

【未来につながるように】

 メタバース内で仲間と共に過ごし、人間関係をつくることに慣れたり、トラブルへの対処法を学んだりする中で、学校に再登校するようになった子たちもいるという。メタバースでの学びは、あくまでリアルな社会の中で生きていける力を育むためのスタート地点。「提供されている教育が、本当に将来に活きる内容になっているのか。サービスの対象年齢を過ぎた後に、子どもたちが幸せになれるようなサービスになっているのか。そうしたことを考え続けなければいけない」─関係者はそうした責任感を持って、この新たなかたちの不登校支援と向き合っている。

 リモートによる授業すら経験したことのない世代の大人からすると、子どもがメタバース空間で学校に通うことに、諸手を挙げて賛成はしにくいはずだ。それ以前に意味が掴めない、理解が及ばない、と感じる人もいるだろう。しかし、不登校支援の一つの在り方として確立されようとしている今、「意味が分からない」では済まされない。現実の店舗に行かずネットで買い物を済ませてしまうように、メタバースで登校するのが主流、という未来が来る可能性もある。子どもたちの健やかな成長と並走できるよう、この新たなかたちの不登校支援ヘの理解を深め、向き合っていきたい。

view more-特集企画の一覧へ-