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誹謗中傷に立ち向かう

近年、SNSの急激な発達によって、人は人とより簡単につながることができるようになった。それにより生まれるメリットは数多いが、同時に生まれるデメリットにも我々は目を向けなくてはならない。その一つが、誹謗中傷問題だ。SNSが、人に対する意見や考えを極めて気軽に、かつダイレクトに伝えることができるようになったことから生まれた弊害である。本稿では、誹謗中傷に立ち向かうべく、必要になるであろう知識や制度を紹介し、誹謗中傷によって人々が苦しまない社会の形成のために、どう歩んでいくべきかを追求していく。

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センチュリー2022年7月号

SNSの発達が招いた闇 「誹謗中傷」という犯罪行為

 昨今、すっかり人々の間に浸透しているSNS。この言葉が、ソーシャル・ネットワーキング・サービスの略語であるということは、もはや説明する必要もないだろう。調査によると、令和2年の日本国内のSNSの利用率は、7割を越えている。なお20代に限れば、その利用率は約9割にのぼる。SNSがこれほどまでに広く浸透したのは、そこにメリットがあるからに他ならない。しかし、そんなメリットを享受する我々は、SNSの浸透によって生まれるデメリットにもしっかり向き合う必要がある。本稿にて取り上げるのは、そのデメリットの一つ、誹謗中傷の横行。人が人とつながることが容易になったことにより、伝わるべきでない言葉が、より人に伝わりやすくなってしまったのだ。また、その言葉を発信する方法が簡単すぎることが、自分の言葉に対する責任感、そして言葉を受け取った者の気持ちを想像する力の欠如を招き、誹謗中傷の横行を導いていると筆者は考える。

 誹謗中傷は、人の尊厳を傷つけ、精神的なダメージを負わせてしまう、れっきとした「犯罪行為」だ。最悪の場合、人を自殺にまで至らしめる可能性もある。実際、誹謗中傷を受け、そういった選択を選ばざるを得なくなった人もいた。言うまでもなく、我々はそのような悲劇が起こらないような道を模索すべきだろう。

 もちろん「どうしたら誹謗中傷をなくせるか」という議論を続けていくことは肝要だが、その実現までの道のりは平坦ではないということもまた自明だろう。そこで本稿では、犯罪としての誹謗中傷を知り、自分が被害者となった時に必要になるであろう知識を学ぶ。そうすることで、誹謗中傷による被害を少しでも軽減できれば、というのが本稿における筆者のねらいである。

誹謗中傷行為は、主にどんな罪に問われる?

先ほど筆者は誹謗中傷はれっきとした「犯罪行為」だと表現したが、本題に入る前に、誹謗中傷は具体的にどんな罪にあたるのかを見ていくべきであろう。なぜなら、その部分が曖昧である人ほど加害者になりやすいし、被害者になった場合適切な対応が取れないだろうと考えるからだ。

(1)名誉毀損罪

 誹謗中傷行為が問われる罪の代表的なものとして挙げられるのが、名誉毀損罪。これは要件としては「公然と」「事実を摘示して」「人の名誉を毀損した」場合に成立する。「事実を摘示している」というのは、「○○は複数の女性と不倫関係にある」「○○は過去に刑務所に入っていた」というように、「具体的な事実内容かどうか」がポイントとなる。なお、人の名誉を毀損していれば、その主張の真偽は問わない。法定刑(各個の犯罪について規定されている刑罰)は、3年以下の懲役もしくは禁錮または50万円以下の罰金だ。しかし、上記の要件を満たしていたとしても、免責となるケースも存在するので、留意しておきたい。「公共の利害に関する事実」「公益を図る目的」「真実であることの証明がある」という3つの条件を満たした場合は、本人が誹謗中傷だと感じても名誉毀損には問えないのだ。例としては、政治家や公的な職業、宗教団体や有名企業の幹部など、社会的な影響力が強い地位の人にまつわるスキャンダルや不正、不祥事などに対する告発などが挙げられる。

(2)侮辱罪

 2つ目は侮辱罪。(1)と重なる部分も多く、要件としては「公然と」「事実を摘示せず」「人を侮辱した場合」に成立する。名誉毀損罪と異なる部分である「事実を摘示せず」というのは、具体的事実を伴わないということであり、例としては「馬鹿野郎」「無能」などのような言葉が挙げられる。また、「このハゲー!」「デブ」などという身体的特徴に対しての侮蔑も、事実であるかどうかに拘らず、侮辱罪の成立のおそれがある。そして(1)も含め、要件にある「人」というのは、個人だけでなく、法人や団体なども含まれるので注意。法定刑は、拘留(30日未満の期間の身柄の拘束)または科料(一万円未満の罰金)だ。

(3)信用毀損罪

 3つ目は信用毀損罪。虚偽の風説(うわさ)を流布、または偽計(人を欺く目的の計略・企み)を用いて他人の経済的な信用能力を傷つける行為が問われる可能性のある罪である。保護の対象となるのは個人の支払い能力に加えて、商品やサービスの品質などの信用も含まれる。例としては、「あの会社は経営が傾いており倒産寸前」「○○(商品名)に異物が混入していた」などのような虚偽の風説が挙げられる。法定刑は、3年以下の懲役または50万円以下の罰金だ。

(4)業務妨害罪

 4つ目は業務妨害罪。(3)のように、虚偽の風説を流布、または偽計を用いたうえで、他人の業務を妨害すると成立する可能性があるのが「偽計業務妨害罪」。また、相手に対して威力を用いて業務を妨害すると「威力業務妨害罪」が成立する可能性がある。公然・誇示的、可視的であれば「威力」に、非公然・隠密的、不可視的であれば「偽計」にあたるとされているが、この両者の境界線は明確にされていない。法定刑は(3)に同じだ。

(5)脅迫罪

 5つ目は脅迫罪。誹謗中傷の中に、相手への危害を告げて脅す内容が含まれている場合に問われる可能性がある罪だ。本人への危害を告げる投稿のほか、本人の親族に対する危害を告げる行為も、脅迫に含まれる。法定刑は2年以下の懲役または30万円以下の罰金だ。

(6)強要罪

 6つ目は強要罪。脅迫と併せて、つまり害を及ぼす行為が伴った上で「アカウントを閉鎖しろ」「謝罪コメントを投稿しろ」などのような義務のないことを人に強要した場合に問われる可能性のある罪だ。未遂も罰する規定があるため、たとえ被害者がその強要した要求を飲まなくとも、犯罪の成立は妨げられない。法定刑は3年以下の懲役だ。

親告罪で訴える場合は時効に注意

ここまでは誹謗中傷行為が問われる可能性のある罪について説明したが、中でも(1)、(2)は被害者からの告訴がなければ起訴することのできない親告罪である。そして同時に、告訴は「犯人を知ってから6カ月以内」に行う必要があるので、注意しておきたい。「犯人を知る」というのは、個人を特定することではなく、SNSなどの投稿に対しての場合、その投稿をしたアカウントを把握した状態のことを指している。また、犯人を知ったからといってただちに告訴期間が始まるわけではない。被害が終了したタイミング、すなわち該当の書き込みが削除されて不特定多数が閲覧できる状態が解消された時点から告訴期限のカウントが始まるのだ。さらに注意が必要なのは、公訴時効─犯罪から一定期間が経過した場合には公訴を提起できないとする制度。該当の書き込みや投稿が行われてから、(1)の場合は3年、(2)の場合は1年のうちに「告発→受理、調査、その後に起訴」を控訴期間内に行う必要がある。以上のことから、被害者からすればやや酷ではあるが、自分が(1)や(2)の被害に遭い、犯人を処罰したいと思ったのならば、対応にはスピード感が求められるということだ。

誹謗中傷を受けた時取るべき行動とは

前置きはここまでにして、早速本題に入ろう。誹謗中傷の被害者になった時に、我々はどのような対応をすればよいのか、順を追って説明していきたい。

STEP1 警告

 まず、法的措置を取るという段階に入る前に、誹謗中傷行為をストップさせることができればよい、と考えるのであれば一旦警告をしておくとよいだろう。例えば、自らのSNSのアカウントを開いた時に一番目立つ部分に、「これ以上の誹謗中傷行為が続く場合は、法的措置を行う構えです」「既に弁護士に相談している」などと意思表示しておくと効果的だろう。誹謗中傷を繰り返す人の多くは、「自分が訴えられる」というリスクを考慮に入れていないと考えられるので、反撃のポーズを取ることでいくらか誹謗中傷は減るはずだ。

STEP2 証拠の確保

 繰り返し警告を発したにも拘らず、誹謗中傷が続いた場合には法的措置を取ることを考えるべきだろう。しかし、発信者が特定できても、証拠がなければ裁判で戦うことはできないため、証拠を確保しておくことが必要になる。掲載サイトによってはいつでも投稿内容を削除できるので、削除されてしまっては該当の投稿を見ることができなくなる。だからこそ、発信者が逃げおおせる前にこちらも迅速な対応が鍵になる。書き込みや投稿を発見したら速やかにURLとともにプリントアウトし、証拠を残そう。印刷できない場合はスクリーンショットやカメラで画面を撮影してもよいだろう。

STEP3 特定

 誹謗中傷に対し法的措置を取るのであれば、まず考えるべきは民事による慰謝料請求だ。しかし、あまりにも悪質な誹謗中傷が繰り返し行われる場合には、民事とは別に名誉毀損罪や侮辱罪として刑事告訴することも検討するべきだろう。いずれにしろ、法的措置を取るにあたり最初にするべきは発信者の特定だ。より具体的に言うと、発信者情報開示請求を弁護士に依頼することになる。よく誤解されていることだが、一度の請求で発信者の特定ができるというわけではない。請求から発信者特定までは、様々な段階を踏む必要があるのだ。まず最初に請求を行った弁護士を通じ、裁判所にIPアドレスの開示を求める。それが正当なものだと認められると裁判所から誹謗中傷のあったサイトの管理者に命じる形で、IPアドレスが開示される。それをもとに、改めて弁護士を通じてプロバイダに発信者の住所氏名などの情報を開示させる訴訟の提起を行うのだ。そして裁判により「発信者情報の開示を認める」という判決が出て初めて、プロバイダを通し発信者の特定に至るのである。一般的に、最初の請求からここまで事が運ぶまでには9カ月かかると言われている。

STEP4 民事(刑事)手続

 証拠の確保と発信者の特定ができれば、後は民事として加害者に対し、慰謝料を請求していくことになる。一般的なのは、内容証明郵便で慰謝料請求をすること。それだけで相手は観念し、慰謝料を支払ってくるケースは多いそうだ。しかしそれも無視されるような場合には、さらに訴えを提起することになる。その場合、手続きとしては、訴状を作成して裁判所に提出する必要がある。その後、複数回弁論が行われ、判決という流れだ。起訴から判決でが出るまでは、通常1年以上かかる。

 刑事手続については、まず告訴状を作成して警察署に提出。警察で受理されると、捜査が開始される。なお、名誉毀損罪の場合、逮捕されないケースが多い。捜査の結果、立件する必要があると判断されると、検察庁に事件記録が送付される。検察官の取り調べにおいて本人が罪を認めれば、略式起訴で罰金となることが多いようだ。

誹謗中傷に対する法整備は適切に進んでいるのか

 誹謗中傷を受けた時にすべき具体的なリアクションについてここまで述べてきたが、次は今後誹謗中傷を取り締まっていくにあたり、法整備が適切に進められているのかについて言及していく。

 2020年には、SNSでの誹謗中傷が原因で著名人が自殺に追い込まれるという事件があり、それが影響してか、近年誹謗中傷の被害者を救済しようとする政府の動きが活発化していることは確かだ。取り組みの中の一つとして挙げられるのが、「プロバイダ責任制限法」の一部を改正する法律の公布である。こちらが公布されたのは2021年の4月で、公布の日から1年6カ月を超えない範囲内において施行される予定だ。まず、現状のプロバイダ責任制限法は、インターネット上に情報を流すことで個人や団体などに対する権利の侵害があった場合に、プロバイダ等の損害賠償責任の免責要件を規定している。また、被害者が自らの権利を侵害した情報発信者の情報開示を求める権利も規定しているのだ。

 今回の改正によって変わるポイントは、大きく分けて3つ。まず1つ目は、新たな裁判手続きの創設だ。前の項で述べたように、誹謗中傷の発信者の情報を開示するまでには、2度の裁判手続きを行う必要があった。しかし今回の改正により、これを迅速、かつ簡易的に行うことができるようにするために、情報開示請求を1回の手続きで済ませることができる新たな裁判手続きが創設されたのである。

 2つ目は、情報開示請求範囲の拡大だ。旧プロバイダ責任制限法の立法時には、ログイン時のIPアドレスなどの開示請求は必ずしも想定されておらず、開示請求の対象となるかについては明確ではなかったのだ。今回の改正では、ログイン時情報も開示対象とすることが明確になった。これにより、ログイン時のIPアドレスなどから通信経路を辿り、発信者を特定することが期待できるようになったのである。

 3つ目は、発信者が情報の開示を拒否または応じない場合に、その理由の照会をすることの義務化。これまでは発信者が情報開示に応じない場合、プロバイダがその理由を聴取することについて、旧プロバイダ責任制限法は言及していなかった。今回の改正により、情報開示に応じない理由を聴取した上で、情報開示を拒否または開示に応じない発信者に対してはその理由も聴取しなければならないことが定められたのだ。

 また、侮辱罪を厳罰化する刑法改正案が今年の5月18日に可決されたことが政府のここ最近の動きとして挙げられる。前述の通り、侮辱罪の法定刑は拘留または科料だったが、それに加え1年以下の懲役・禁錮もしくは30万円以下の罰金が新設される見通しだ。

秤にかけられる「表現の自由」の保障

 ここまで述べてきたように、日本は誹謗中傷に対抗すべく、様々な方策を模索しているが、このまま法整備を固めていくと同時に浮かび上がる問題がある。それは、表現の自由に対する制限が強まり、言論活動が萎縮する可能性があるということ。現在では、「匿名での意見や情報の発信を認めなければ、社会の不正を正す機会は保障されないのでは」といった議論も持ち上がっている。確かに、匿名性が言論の自由を側面から支えているのは間違いない事実であろう。実際、先ほど述べた刑法改正案に関する会議でも、共産党の本村伸子氏は反対討論で「正当な言論を萎縮させて表現の自由を脅かすもので到底許されない」と批判していた。何より危ぶむべきは、優位な立場にある行政や大企業が自らに不都合な投稿の削除を不当に求めることだ。その危険性を排除する仕組み作りを前提に、法整備を進めていってほしいものだ。

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 誹謗中傷に立ち向かうには、誰しもSNSに関わらざるを得ないこの社会で生きていく中で、自分が誹謗中傷の加害者に、被害者になるかもしれない、という意識を持つことが非常に大事だ。そしてそれぞれが、誹謗中傷をなくしていくために知識を蓄え、行動していくことがよりよい社会の構築につながる。ここからは私見だが、特に重要になってくるのは早い段階からのリテラシー教育であろう。現在では小学生、それよりもっと下の年齢の子どもがスマートフォンを持つようになっており、正しいリテラシーが育まれぬままインターネットに触れ始める人が増えているように感じる。だからこそ、学校や家庭で、誤った情報や不適切な言説の発信がどのような事態を招き得るのかという教育を徹底すべきだと考える。子どもだけでなく、大人もそうだ。会社などでもそういった分野の教育は決して無駄にはならないはずだ。

 そして今後、誹謗中傷の被害者がより時間やお金などのコストをかけず誹謗中傷をストップさせることができる方法が生まれることを願う。本稿では「被害者はこう対応すべきだ」といった内容の記述を重ねたが、私自身、被害者側であるのにここまでコストを掛けなければならないのか、という思いはある。前述した通り裁判をするのにも長い時間を要するし、弁護士に相談するのに必要な費用も一般的に20万〜50万程度かかるとされている。その手続きの部分をどれほどローコストに、かつシンプルにすることができるかが被害者救済の一番のポイントになるだろう。

 最後に言いたいのは、何も誹謗中傷に立ち向かうだけが選択肢ではないということ。当然、逃げることも選択肢の一つだ。SNSを全て絶ったとしても、問題なく生きることはできる。また、そんな悩みを共有できるWEBサイトや無料の相談窓口などもあるので(上記コラム参照)、そこに相談してみるのも良い手だろう。一番してはいけないのは、自らを傷つけることだ。必ずどこかに救いの手はあるという考えだけは、手放さず生きていってほしい。

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