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地方移住で幸福に暮らすには

「老後は自然の豊かな田舎でのんびり暮らしたい」「沖縄の離島で暮らすのが夢」「地方の町おこし、村おこしに協力して世の中の役に立ちたい」─様々な理由で地方に移住する人がいる一方で、移住したものの何等かの理由で都市に戻ってしまう人も少なくない。地方移住で幸福に暮らすにはどうすれば良いのだろうか。我が国の地方移住の現状を移住者の視点から考察したい。

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マスターズ2024年8月号

トラブルが取り上げられやすい「地方移住」

 都市から地方に移住する。その動機も移住した先での生活も、人それぞれであろう。しかし、人の噂にのぼるのは決まってトラブルだ。ネットから火が付いた土佐市の移住者カフェ退去問題(土佐市立の観光交流施設で営業していたカフェと、指定管理者である地元NPOが対立し、カフェ側が発信した主張がSNSで拡散し波紋が広がった)、同時期に福井県池田町が移住者の心得として発表した「今までの自己価値観を押し付けないこと」などの「池田暮らしの七か条」騒動は記憶に新しい。

 これらの問題を深掘りすることが本稿の目的ではないので詳細には触れないが、地方移住がマスコミに取り上げられるのは「地元住人VS都会からの移住者」の対立図式に集約されていることが多い。それが「分かりやすいから」なのか、「閲覧数が稼げるから」なのかは分からないが、ニュースの報じる情報だけで「地方移住の実態」を語ることは到底できないだろう。我が国における地方移住は現在どのようになっているのか、移住した地で幸福に暮らすにはどうすればいいか、様々な情報を参照しつつ、移住者の視点から考察してみたい。

地方移住を考える人にとって今は好機

 まず、地方移住に関する国や自治体の動きを時系列で見てみよう。自治体による地方移住の促進活動は、日本の社会経済の変化や人口動態の影響を受けて段階的に強化されてきた。

 1970〜1980年代、日本は高度経済成長期を経て都市への人口集中が進むと同時に、地方の過疎化が進行する。しかし、経済が安定成長期に入ったことから地方都市や農村へ人口が還流する「Uターン」現象も現れた。ただし、当時のUターンによる地方移住は当事者自身の事情や考えによるもので、自治体が積極的に移住を呼び掛けるようになるのはまだ先の話である。

 1990年代、バブル崩壊により都市部で経済不安が広がる。これを受けて地方の魅力を再評価する動きが生まれた。「スローライフ」「田舎暮らし」といったキーワードが雑誌の表紙を飾り、仕事一色の人生に背を向けるライフスタイルが支持された。自治体による移住相談会、体験ツアー、地方在住の男性と都会の女性の集団見合いなどが話題になったのはこのころだ。

 2000年代に入り「少子高齢化」というキーワードが登場。地方の過疎化は拍車がかかり、「地方創生」が新たな政策課題として浮上する。地方を蘇らせるには地方に定住する人を増やすことが大前提だ。政府と自治体が連携して本格的な移住促進策を打ち出し始め、2002年には地方移住の相談窓口となる認定NPO法人『ふるさと回帰支援センター』が設立されるなど、移住支援団体も活動を開始した。

 2010年代、減少期に入った日本の人口問題や消滅の危機にある市町村の話題がマスコミに取り上げられる機会が増えた。これを受けて「地方創生」は本格的に国家戦略として位置付けられ、2014年、第二次安倍内閣のもとで制定されたのが「まち・ひと・しごと創生法」だ。その中では「基本目標」として、地域の経済的自立とともに、安心して結婚・出産・子育てができる魅力的な地域作りが掲げられている。この法律を旗印に、国と自治体は一体となり地方の活性化、移住者の誘致に本腰を入れたと言えるだろう。移住者向けの住まい、仕事、子育てに関する支援制度や体制が次々に各地で整備された。

 また、大きな災害は都市生活者を不安な気持ちにさせる。2011年の東日本大震災や2020年から3年あまりのコロナ禍を経て、地方移住への関心は加速しているという。今、自治体名と「移住」を組み合わせて検索すれば、当地への移住情報をまとめたホームページがすぐにヒットする。サイトにアクセスすると、利用できる制度や移住者の「先輩」が自らの暮らしぶりを語っている。それらに目を通しても分からないことがあれば、相談窓口に問い合わせればいい。多くの自治体が移住者を歓迎し力を入れている今、地方移住を考えている人にとってまたとない好機と言えるだろう。

移住者に人気の地方は?
加熱する自治体マーケティング

 これほど「移住先よりどりみどり」の状態になれば、出現するのは「ランキングサイト」だ。ネット上では様々な視点からランク付けがなされているが、ここでは代表的なサイトとして、先に触れた『ふるさと回帰支援センター』のアンケートによる移住希望地の最新(2023年)ランキングを紹介しよう。

 これは新規のセンター窓口相談者に対するアンケートをもとにしており、1位が静岡県で2020年から4年連続首位だという。温暖な気候、富士山があり海が広がる眺望、大都市圏へのアクセスの良さなどに魅力を感じる人は多い。続いて2位が前年の9位から大きく順位を上げた群馬県。東京へのアクセスの良さに加え生活費や教育費の安さが人気の理由だという。これを裏付けるように、年代別で見ると「30代以上」はいずれも静岡県が1位であるのに対し「20代以下」は群馬県が1位だ。若者や小さな子どもを持つ世代の支持を獲得しているということだろう。そして3位が栃木県。交通の便は群馬県と同様、その上で県としての移住相談窓口の活発な活動が功を奏したとセンター理事長はコメントしている。各自治体の移住セミナーでの好感度、もっと言えばアピールの巧拙が大きく影響していると言えそうだ。

 ちなみに、前年15位であった山口県は9位に上昇しているが、同センターによると「デジタルマーケティングを活用し、SNSやWEB広告を通じた情報発信を行った結果、東京やオンラインなどで開催した移住セミナーの参加者が増加した」とのこと。これはもはやマーケティング戦略であり、受け入れ側の魅力をいかに効果的に打ち出すかが移住者獲得を左右することは間違いない。事実、山口県を見習い企業の「広告宣伝部」にあたる部署を置く自治体が増えている。こうなると、移住者に自分の目的や事情にフィットした受け入れ先を見極めるリテラシーを持つ必要があると言えるだろう。

 一例であるが、千葉県流山市は手厚い子育て支援により人口増加率が市単位で6年連続1位を誇る。その裏には、自治体で初のマーケティング課を設置し、共働き世代に向けて発信した「母になるなら、流山市。」の広告があった。このキャンペーンが話題を呼び、急激に人口が流入。しかしそのせいで小学校が足りなくなり、小学校の近所の家に引っ越したのに子どもが遠方の小学校に通わなければならない、といった問題が発生しているという。移住者はこうしたケースを念頭に、事前の情報収集を綿密に行うべきだろう。

地方移住する人の目的は?

 地方から都市に移住する人の中には、明確な目的を持たず「都会に行けばなんとかなるだろう」という人がいる。しかし都市から地方に「何となく」移住する人は少ない。都市の便利さを捨ててわざわざ移住しようという人には、何らかの目的があるはずだ。移住情報サイトやセミナー出席者の声を参照すると、地方移住者の目的にはいくつかのタイプがあることが分かった。

1. 流れに任せる

 自分の意思でなく、勤務先の都合で地方に居を移す「転勤」も地方移住の一つの形である。否応なく転勤先が決められてしまう場合は不満を持つ人もいるだろうが、昨今では地方に開設した拠点の勤務希望者を社内で募る会社も多い。いずれにせよ仕事が保証されており、住居や生活に関しても会社の支援があるので、「流れに任せる」も移住の一つのスタイルと言えよう。

2.町おこし、村おこしに協力する

 都市部に住む人が一定期間地方に移住し、地域の活性化や振興に貢献する「地域おこし協力隊」という取り組みがある。具体的には農林水産業、観光誘致活動、地域コミュニティ活性化、移住促進など様々な地域振興活動に協力するもので、参加するには自治体の協力隊員募集に応募し、選任される必要がある。協力隊員には活動費や住居費などの支援に加え一定の報酬も支給されるので、永住までは希望しないが一時的に地方で暮らしたいという人には向いている。なお、選任されるには活動に役立つ何らかの技能が求められる場合がある。

3.老後をのんびり過ごす

 会社を定年退職後、夫婦で田舎に移住してのんびり過ごしたいという人がいる。その多くは会社員時代にある程度の財産を築き、移住先で仕事がなくとも不自由しないタイプだ。しかし、自治体が移住してほしいのは、子どもを持つ若い層ではないだろうか。移住セミナーである地方の相談員に「子どもを作るわけでもない、終の棲家を求めて老夫婦に移住して来られるのは、正直なところどうですか?」と聞いてみたところ、「定住者が増えるのは歓迎です」とのことであった。ただし「基本的に不便なので、自動車に乗れない方はちょっと難しいです」だそうだ。

4.少しでも豊かな生活を送る

 地方の大きな魅力は「自然が豊か」と「(都市に比べて)物価が安い」だろう。後者を重視する移住者は働き盛りの世代が多く、生活の便利さを重視するので、比較的都市近郊への移住を希望する傾向がある。先述の千葉県流山市の人気はまさにその好例だ。

 なお、地方移住を積極的に受け入れている自治体は当地での家探し、仕事探しの相談にも乗ってくれる。家は空き家を格安で借りられる自治体があり、地方は基本的に人手不足なので仕事も意外とあるのだという。もちろん、収入は都会ほどは見込めないだろうが、広い家に住めて毎朝の満員電車から解放されるメリットを考えれば、精神的にも豊かになれそうだ。

5.夢を叶える

 北海道、沖縄、京都といった観光地として人気の高い自治体には、「いつか住みたい」と憧れを抱いている人がいる。そのような人にとって移住は「夢」の実現だろう。こういったタイプは移住後、夢と現実のギャップに耐えられず短期間で都会に戻るか、現地人以上に現地に溶け込んで永住するか、両極端のようだ。

移住失敗例から何を学ぶか

 慢性的に人手不足の産業界では、各社が人材獲得にしのぎを削っている。「ぜひ当社に」と企業が学生をお客様扱いした結果、何が起こったか。仕事に身が入らない人材が増え、さらには入社後「こんな会社と思わなかった」と短期間で退職してしまうミスマッチが多発しているというのだ。同様のことは、移住者獲得のマーケティングが過熱気味の地方移住においても起こりつつある。以下に地方移住の失敗例を紹介し、今後移住を検討する人への警鐘としたい。

◆「来てやった」と言い放つ

 北陸地方に移住した40代のA氏はシステムエンジニアで、インターネットさえ繋がればどこにいても仕事ができる。ただ、夕方から深夜、明け方にかけて仕事をすることが多く、午前中は大抵寝ている。そのせいでゴミ出しなどの地域活動にほとんど顔を出しておらず、そのことを地区の住人に咎められた際に「こんな田舎に来てやったんだから勘弁してくれよ」と言い返した。A氏によれば、移住前に窓口担当者は「ライフスタイルはそのままでOK」「無理なことはさせませんから」と話していたとのこと。結局「話が違う」とA氏は早々に家を引き払い、都会に戻ってしまった。

◆非効率に耐えられない

 九州某市の地域おこし協力隊に参加したB氏は広告代理店を定年退職した60代。まだまだ世の中の役に立てるはずだと、観光誘致に力を入れる市の協力隊に応募したところ、PRのプロと見込まれて採用が決まった。しかし、現地入りしたB氏はすぐに失望する。システムを導入すれば10分でできる仕事を1日かけてやっている、オンラインで済む打合せのためにわざわざ関係先に赴く、ちょっとした提案でも書類にまとめて提出しなければならず、その回答が届くのに数日かかる……「観光誘致の前に観光課の体質改善が先決だ」と喫煙室でうっかり同僚に話したところ、これが上司に伝わってしまい、翌日「あなたは何をしに来たのか」と注意されてB氏はキレてしまった。「私では役に立てません」と捨てゼリフを残し、市庁を後にしたのだった。

 これらの事例はいずれも地方の生活習慣や仕事のやり方に移住者が適応できず、はじき出されてしまった格好だ。しかし何もかもを移住者のせいにしてしまうのは酷だろう。A氏の場合、移住後「お客さん感覚」で生活していたことが問題であるが、それを認めるようなことを言った窓口担当者にも責任はある。B氏の場合は、そもそも外部から人材を招聘できる体制なのかどうかを受け入れ側が検討しておく必要はなかったか。

 勿論、地域の文化や慣習は尊重されるべきであるし、移住者のために変わらなければならないとは言えない。しかし、「来たからには従ってもらう」では、広告を見て夢を膨らませてやってきた移住者はたまったものではない。広告で作り上げたイメージが現実と乖離していないか、自治体マーケティングも検証の時期に来ていると言えるだろう。

失敗しないために「トライアル移住」を

 本格的に移住する前には、トライアル期間を設けることをおすすめしたい。利用できる選択肢として、地域おこし協力隊は有効なシステムだと言えよう。もちろん応募したからと言って採用されるとは限らないが、採用されたなら実際にその土地に住んで現地の人々とともに働き触れ合うことで、そこでの生活が自分に向いているかどうかを確認できる。しかも活動費や住居費の支援も受けられるのだから、経済的なリスクは少ない。先述したB氏も気負わずに「その土地を知ること」を自分なりのミッションとしていれば、現地の人々の非効率な仕事ぶりも許せたかもしれない。

 希望する地方で地域おこし協力隊の募集がない、または応募しても採用されなかった場合は、とりあえず住んでしまうというのも一つの考えだ。相当な過疎地でなければ賃貸物件はあるので、とりあえず契約して居を移す。できれば1年間生活して四季を体験してみれば、少なくともその土地の環境を知ることはできる。その上で気に入れば本格的に永住を考えればいい。

 地方移住において大切なことは、失敗しないために完璧な準備を目指すよりも、失敗した時にすぐにリセットできる姿勢でいることではないだろうか。たとえ憧れて移住した先でも、住んでみて自分に合わないと思うことはあるはずだ。文化、慣習、気候、風土、県民性、これらの情報はネットで調べれば見つかる。しかし、自分が許容できるかどうかは住んでみなければ分からない。「案ずるより“住む”が易し」である。

 現地での住居も仕事もネットで探せるが、自治体の移住窓口、もしくは移住コンシェルジュや移住コーディネーターと呼ばれる人々を頼ってもいい。移住説明会やイベントも盛んに開催されており、これらもネットで検索すれば容易にスケジュールを知ることができる。繰り返すが、今は地方移住の好機である。気になる地方があるならば、まずはイベントに参加してみることをおすすめする。

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