増加するうつ病 SNSとの関連について
世界的にうつ病が増加傾向
昨今、うつ病の患者数が増加傾向にある。ライフスタイルの変化、社会的圧力、孤独感とソーシャルメディア、環境ストレス、遺伝的関与などが組み合わさることで、発症リスクが高まっているようだ。この中の「遺伝的関与」以外は、社会構造の変化が影響を与えるものだ。簡単に言えば「生きづらい社会」だと感じている人が増えれば、うつ病患者も増える。では、この「生きづらさ」を感じさせる要因にはどんなものがあるか。具体的にいくつか挙げてみよう。
①大量の情報シャワー
社会全体が急激にIT化し、職場、家庭、学校などで1人あたりが処理しなければならない情報量が膨大になっている。また、SNSの急速な普及により情報発信・共有・拡散が便利になった一方で、攻撃的な投稿を目にして精神的ダメージを受けるなど、いわゆる「SNS疲れ」からメンタルヘルスに悪影響を及ぼすケースも増えている。
②職場のIT化と成果主義
現代社会では、仕事で処理すべき情報量が多い上に結果が重視される。もともとうつ病になりやすい性格の人は、責任感が強いケースが多いため、このような状況下では頑張りすぎて疲労が蓄積しやすくなる。
③希望を見出せない雇用形態
非正規労働者の増加やリストラ、新卒採用の減少、終身雇用の崩壊など、労働環境において安定感や希望よりも不安が勝っている。こうした社会状況も精神を圧迫し疲弊させる。
④コロナうつ
自粛やリモートワーク、感染への不安など、新型コロナウィルスの影響による日常生活の変化は、大きなストレスの原因となった。それに伴ううつ病患者の増加もあって、「コロナうつ」という言葉も生まれた。
韓国では2022年にうつ病の診療を受けた患者が初めて100万人を超え、米国では2023年の調査でうつ病と診断された経験がある成人の割合が過去最高の約30%に上ったと発表された。これらの結果は、新型コロナウィルスによる経済危機、社会的孤立、孤独、感染の不安、精神的疲弊などがもたらした部分が大きいと言われる。上記で挙げた要因の④「コロナうつ」に該当するものだ。
ティーンエイジャーのうつの増加
厚生労働省と警察庁の発表によると、日本全国で2022年の自殺者数は2万1,881人。このうち小中高生が514人と、過去最多となった。小学生は17人、中学生が143人、高校生が最も多く、354人だった。自殺の原因として多いうつ病は子どもにも発症のリスクがあり、自殺対策としても早期発見と治療が求められている。しかし日本では子どものうつ病に対する治療法や医療体制が確立しておらず、思春期における「反抗期」として見逃されることも多いという。子どものうつ病が増えている原因はどこにあるのだろうか。前述した要因の②③は仕事や雇用形態といった大人に特有の環境となる。④は子どもたちにも大きな不安を与えたが、現在はすでにアフターコロナとなっているため、コロナの影響がピークだった時以上の精神的脅威になるとは考えにくい。そこで今回注目したいのが①だ。これは、子どもに限らず大人のうつが増えている原因とも予想される。
SNSの影響が世界的にも危惧
昨今ではSNSの普及で情報発信などが便利になり、ユーザー間のコミュニケーションも手軽に行えるようになった。しかし匿名性のあるSNSでは、身近な存在ではない相手を簡単に誹謗中傷できてしまう。これは傷つけられる危険性が高いことも意味する。思いやりのない言葉で精神的に落ち込み、SNSに疲れることで、うつ病の発症などにつながってしまうケースも存在する。10代の若者の自殺率の増加や世界的にうつが増加傾向にある事実と、SNSの関係は無視できない。『米保健福祉省(HHS)』は2023年5月23日、「SNSには若者のメンタルヘルスに悪影響を及ぼす『重大なリスク』がある」と警鐘を鳴らし、さらなる研究と規制の検討を呼び掛けた。米国の公衆衛生政策を統括するマーシー医務総監は、「SNSを1日平均3時間以上使う若者はうつ病のリスクが倍増する」と警告。「10〜19歳の若者は脳が発達段階にある」とした上で、「アイデンティティや価値観が形成される思春期初期は、脳の発達が社会的圧力や仲間の意見、仲間との比較に特に影響を受けやすい」と指摘。SNSの頻繁な利用が、若者の感情や衝動に影響する可能性があるとした。また、『米疾病対策センター(CDC)』が発表した調査によると、2021年には3割の米国女子高生が「真剣に自殺を検討した」と回答。SNSの多用はボディーイメージや自尊心の悪化につながるという研究結果もある。これらを受けてマーシー氏は、暴力行為、薬物の使用、自殺に関連した内容を規制し、年齢に応じたコンテンツを提供するための法整備が必要だと勧告している。
日本の子どもを対象にした調査では
日本では、『日本体育大学体育学部』の野井真吾教授と城所哲宏准教授らの研究チームが、電子メディアの利用とうつ病の関係性を明らかにするため、東京都世田谷区の公立小中学校の8〜15歳の3万4,643人にアンケート調査を実施。小学校・中学校の男女別に、利用するスクリーンの種類、使用時間を調べ、メンタルヘルスにどんな影響を与えているのかをまとめた。そして発表された研究論文によると、2時間以上の動画視聴およびSNSの使用が、うつ病のリスクを高める可能性が示された。城所准教授によると、これには大きく2つの理由が考えられる。
①スクリーンタイム(画面閲覧時間)の増加に反比例して運動や睡眠の時間が減り、結果的にメンタルヘルスに悪影響を及ぼす
(置き換え理論)
②他人のSNSの投稿を見て劣等感を抱き、メンタルヘルスがマイナスに傾く
(社会的比較過程論)
このうち②については、利用するSNSによっても影響が異なるという興味深い研究がある。なお、「社会的比較過程論」については、先ほど紹介した米国の研究による「SNSの多用はボディーイメージや自尊心の悪化につながる」とも関係するものだが、詳しくは後ほど改めて触れる。
SNSによる違い、LINEは良い影響?
1つではなく複数のSNSを利用する人がほとんどだろう。日本人が使っている代表的なSNSは、X(旧Twitter)、Facebook、LINE、Instagramあたりか。『東京都健康長寿医療センター研究所』の、都民2万1,300人を対象としたアンケート調査によると、全世代を通じてLINEを使っている人が多かった。そして主観的な幸福度は、若者はInstagramの閲覧、中高年者はFacebookへの発信、高齢者はLINEでのやり取りと相関があったという。年代に応じて、これらのSNSを利用することはメンタルヘルスに好ましいとの結果だ。LINEのような家族、友達との連絡ツールとなるSNSは、リアルでの関係が上手くいっている場合は、現代に欠かせないコミュニケーションツールとして有効に機能する。反対に、使いすぎるとメンタルに悪い傾向が見られたのがXだった。匿名での発信ややり取りが多いXでは、攻撃性に富んだ誹謗中傷が問題となりやい。実名で発信している著名人が、度を越した人格批判や誹謗中傷に耐えかねて、メンタル不調を起こすニュースを見た覚えがある人も多いだろう。あまりに攻撃的なアカウントは、ミュートしてしまうのが良い。また、自身が投稿する際は見ている人がどのような反応をするかを想像する必要がある。
Instagramにネガティブな結果も
先の『東京都健康長寿医療センター研究所』のアンケートでは、若者の利用に関してInstagramは良い結果であったが、マイナスに働くとする考え方もある。高級なホテルやレストランの写真のアップ、「おしゃれな服を買った」「子どもが難関校に合格した」などの投稿は、本人にその意図はなくても、自身の優位を無意識にアピールしている可能性がある。嫉妬や羨望が生じれば、見た人にとってメンタルに好ましいとは言えない。Xにおける誹謗中傷などの分かりやすい悪影響とは、また違った種類のものだ。『英王立公衆衛生協会』による調査では、YouTube、Instagram、Snapchat、Facebook、X(旧Twitter)を比較し、Instagramが最も悪い影響を与えるとしている。これは14歳から24歳の1,479人を対象にした心の健康に与える影響を調査したもので、SNSで経験する不安感やうつ、孤独感、いじめ、自分の外見への劣等感など14項目について質問。若者の心に与える否定的な影響が、Instagramは他のSNSよりも高かったという。次いでマイナス要因が高かった順にSnapchat、Facebook、Xと続き、YouTubeは不眠がマイナス要因として強かったものの、自己表現やコミュニティづくり、孤独感の解消などプラスの要因がこの中では最も強かった。同協会は「(InstagramとSnapchatは)どちらのSNSも画像重視で、それが若い人の劣等感や不安感を高めている可能性がある」とコメントしている。この劣等感や不安感を覚える現象が、先ほども触れた「社会的比較過程論」で説明できるものだ。
社会的比較過程論とは
これは、米国の心理学者レオン・フェスティンガーが提唱したものだ。周囲の人々と自分を比較することで、自分の社会的な位置を確かめて自己評価することを指す。例えば、学校で容姿や成績などを同級生と比べて劣等感を感じた場合は、社会的比較によってメンタルヘルスがマイナスに傾いたと言える。
社会的比較には「上方比較」と「下方比較」がある。上方比較とは、自分より実力や実績がある人と比較することだ。これによってモチベーションを高め「あの人のようになりたい」と思うことができれば、自己成長につながる。ただ、比較対象が自分よりも立場が高すぎたり、自分が成果を出せなかったりすると、却って自信喪失につながる場合もある。下方比較は、自分より不幸であったり、優れていなかったりする人物や集団と比較することだ。この考えが続くと「私はあの人よりマシ」と安心してしまい、自分の成長を妨げることになるだろう。一方で、自信を喪失していたり精神的に病んでいたりする状況では、気持ちを安定させることに有効だとも言える。他者との比較として望ましいのは、自分と同等の立場の人と比較することだという。上方比較にしろ下方比較にしろ、自分から離れすぎているとネガティブな方向に働くのだ。Instagramであまりにキラキラしている投稿を見ると、「自分なんか全然駄目だ」と思ってしまうかもしれない。Xで失敗している人を見ると、攻撃的な書き込みをして自分を安心させようとする可能性もあるだろう。
『東京都健康長寿医療センター研究所』のアンケートでInstagramに良い結果が出ていたのは、対象となった若者がポジティブに使用しながら上方比較している傾向があったからではないか。逆に『英王立公衆衛生協会』の調査では、充実度をアピールするようなInstagramの投稿から劣等感を感じる意見が多く、否定的な結果になったと予想される。質問項目、国、対象者などの差が、こうした結果の違いを生んだのだろう。いずれにせよ、自分が属する集団、年齢、価値観などを考えた上で、各SNSが有する性格を把握して使用しなければ、ストレスにつながる可能性は高い。特に10代の多感な時期であれば、もろに影響を受けてしまうというわけだ。
デトックスタイムを設ける
SNSがメンタルに悪影響を与えていると感じた時は、利用時間を制限しソーシャルデトックスを行うことがお勧めだ。2018年に発表された『ペンシルバニア大学』の研究結果によると、SNSの利用時間を1日30分に制限すると気分の落ち込みや孤独感が改善されるという。また2019年、医学誌『JAMA Pediatrics』に掲載された「スクリーンタイムと青少年のうつの関連性」によると、スクリーンタイム(画面を見る時間)が長いほど、うつ状態が深刻になっていくと発表されている。さらに2022年、英国『バース大学』も「SNS利用を1週間休むことで、うつ症状と不安症状の優位な減少が認められた」と発表。特に、うつ症状はXとTikTokの週平均利用時間を減らすことで、症状が改善。不安症状は、TikTokの週平均利用時間を減らすことで症状の改善が見られたとのこと。
今回触れた様々な研究から、SNSが現代人のメンタルに大きな影響を与えていることが分かる。そして、使用時間が長く継続的に利用するほど、うつ病の発症のリスクが高まると言えそうだ。「自分は大丈夫」と思ってしまいそうだが、依存性の高いSNSは、自分でも気がつかないところで意外なほどメンタルにダメージを与えていると考えたほうが良い。上手く利用すれば生活にもメンタルにも好影響を与えることが可能だからこそ、SNSとの付き合い方や脅威という部分も、今一度見つめ直してほしい。
Instagramの投稿からうつ病を早期発見
米国『バーモント大学』のクリス・ダンフォース教授らの研究で、Instagramに投稿された写真の特徴からうつ病を予測するモデルが開発された。画像の明るさや色彩などを、心理学研究で確立された病識をもとに解析した結果、健康なユーザーの写真と比べてうつ病のユーザーの写真には青みが強く、明度や彩度は低い傾向がみられた。また、「人が少なく写っている」「自分を撮った写真でも顔が小さく写っている」など、いくつかの特徴を発見。これらをコンピュータに学習させ、投稿写真を解析したところ、うつ状態の検出の正確性は70%と高い数値を見せたという。この研究成果について、『ハーバード大学』のアンドリュー・リース教授(心理学)は「うつ病の診断は医師によって行われるべきですが」とした上で、「SNSの投稿写真からうつ傾向を早期発見できる可能性があります」と期待を寄せた。苦しみながらも他人には言えない人がSNS上で出しているサインを拾うことができればば、より多くの人を救えるだろう。