運送業界の大変革“貨客混載”でインフラはどう変わる?
「貨客混載」とは
「貨客混載(または客貨混載)」という言葉をご存じだろうか。これは昨今の旅客業界、物流業界が抱える諸問題を一挙に解決しうる取り組みだ。たとえば、旅客業界の問題として、地方の交通網の機能低下があげられる。地方においては人口減少による過疎化が進み、バス、鉄道などといった公共交通機関の経営悪化や旅客搭乗率の低さによる機能低下が問題になっている。通学・通勤、買い物や通院など日々の移動に路線バスや鉄道などを使用するシーンは多い。しかしながら、地方では社会生活の基盤であるはずの、こうした公共交通機関の維持が難しくなっている場合も少なくない。公共交通機関維持のために、自治体が赤字を補填している場合すらあるのだ。実際に長野県長野市と、その隣に位置する飯綱町とを結ぶ『長電バス』の「牟礼線」は過去赤字により年間200〜800万円の補填を町から受けていたという例もあり、こうした補填金が自治体の予算を圧迫しているケースも少なくない。
また、旅客業界に限ったことではないが、このコロナ禍で被ったダメージも大きな問題の一つだろう。2020年4月、日本で初の緊急事態宣言が発令された。当時、旅客需要が大幅に落ち込み、航空会社大手の『ANA』と『JAL』の2020年4月の予約数は国際線で約8割、国内線で約6割減となった。国内航空19社が加盟する『定期航空協会』によると、コロナの影響による2020年の2〜5月までの業界全体の減収は約5千億円で、2008年のリーマン・ショック時の約3千億円を上回っている数字だ。同時期には『JR東海』が運行する東海道新幹線で前年同月比90%、『JR西日本』が運行する山陽新幹線でも88%利用者数が減少するなど、甚大な影響を受けている。
一方で、物流事業における大きな課題の一つとしてドライバーの人材不足、長時間労働などがあげられる。EC業界の成長と共に宅配便取扱個数は年々増加し2018年には約43億個を記録。宅配事業大手『ヤマト運輸』が発表した2020年年始から7月までの小口貨物取扱実績は約6億8000万個にものぼった。アフターコロナの時代に突入し、ネットショップなどEC事業の成長と共に、こうした宅配をはじめとする小口輸送の需要はますます増加していくだろう。貨物が増えることにより、物流における二酸化炭素排出量の増加も懸念される。『国土交通省』の調査によれば、2018年度の二酸化炭素総排出量は11億3800万トン。そのうちの約18.5%を運輸部門が占める。これは産業部門の約35%に次ぐ割合だ。国内の貨物総輸送量は年間約47億トンにものぼる。その輸送の9割を負担していると言われるトラック業界でも、二酸化炭素排出量の削減に取り組んでいるが、まだまだ課題は多い。
こうした旅客業界、物流業界それぞれの抱える問題を解決するべく、これまで分業されてきた運送事業のあり方を転換し、政府は2017年に物流、旅客を問わず運送業に関わる事業者が貨客混載に取り組めるよう規制緩和に乗り出した。それまでは乗り合いバスに限り、350キログラム未満の貨物の積載が許可されていたが、運行管理者の選任などの条件をクリアすれば350キログラム以上の貨物が運べるようになった。さらにこの法改正では、旅客運送に特化していた貸切バスやタクシーなどの場合も、人口3万人に満たない過疎地域であれば、一定の条件を満たすことで貨物の運送を可能にしている。(図1)
このように宅配業者がバスや電車などの公共交通機関、フェリーや飛行機などの旅客機などと提携し貨物を運ぶ、または貨物を輸送するトラックなどで旅客を運ぶという、「貨物と客(人)」を同時に輸送する取り組みが、「貨客混載」なのだ。
地域の交通・物流インフラの問題解決へ向けた貨客混載の取り組み
貨客混載の実施事例として、前項でも述べた飯綱町の『長電バス』が『ヤマト運輸』と提携した取り組みをご紹介する。2014年ごろから、長野県と、隣接する飯綱町とを結ぶ『長電バス』の「牟礼線」は、赤字続きで路線見直しを申し出ていた。飯綱町役場は当時北海道などで実証実験が開始されていた貨客混載事業に着目。『ヤマト運輸』に相談を持ちかけ、実現に至った。現在は長野駅〜信濃町営業所間のうち見晴バス停〜飯綱営業所の一部区間で毎日1便が貨客混載バスとなっている。
これは新たに増便されたもの(下図2)で、まず『ヤマト運輸』の長野主管支店にて荷物を積み込み(1)、見晴バス停から通常通り乗客を載せる(2)。飯綱営業所で乗客と一部の荷物を降ろし(3)、以降は再び荷物のみとなり『ヤマト運輸』の信州信濃センターに到着(4)そこで積荷を全て降ろしたバスは空車となり信濃町営業所に帰っていくという形を取っている。貨物積載のための軽微なバス車内の改装、飯綱営業所に荷物を受け入れるための改築、バスが貨客混載便であることを示す車体のラッピングなどは町が負担した。
それまで、地域へ向け一日に3便トラックを稼働させていた『ヤマト運輸』だが、そのうちの1便を『長電バス』が担うことで減便を行うことができた。また『長電バス』側も荷物が毎日あるため、増便することで収益アップが見込める。飯綱町役場も「赤字の補填がなくなることを期待したい」と三者ともに手応えを感じられる結果となっている。
しかし、現時点では法的な理由から効率的な運行を実現できていない面もある。法律上、「貨物の運搬のみを目的とした回送をしてはならない」という制約があり、「牟礼線」の本来の始発である長野駅から長野主管支店に荷物を取りに行き、Uターンして長野駅に戻り牟礼線に入る、ということは制約上できない。その結果、この貨客混載バスの全行程約49.5キロメートルのうち、貨物を運ぶ区間は19.3キロメートル(全体の38%)、さらに貨客混載となるのは約6.1キロメートル(全体の12%)、つまり残りの大部分の距離が「回送区間」という、本末転倒な状況となっているのだ。「荷物を積み込む地点から信濃町営業所に戻るルート全てで貨客混載にする」ことが最も効率的だと思われるが、その場合は新規に路線を設定することになるため、当局の審査や認可が必要で、多くの時間と労力を費やしてしまう。
他にも旅客、貨物それぞれに運行管理者が必要で、条件によっては兼任できないケースもあるなど、これらが貨客混載事業参入の障壁となっている可能性がある。2020年2月7日に政府は「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律等の一部を改正する法律案」を閣議決定した。この中で「輸送資源の総動員による移動手段の確保」という表現で、貨客混載に関する手続きの円滑化を挙げている。官民の連携も含め、さらなる合理的な方法の実現を期待したい。
『神姫バス』と『JA兵庫六甲』が取り組む、過疎地域の農家を救う実証実験
貨客混載は、過疎地域の農家を救うという目的でも行われている。兵庫県では2021年1月より『JA兵庫六甲』と『神姫バス』が連携し、三田市で路線バスによる貨客混載実験を開始した。実験は高平小学校前発・三田駅北口行の午前のバスを利用し、11時2分に同小学校前停留所で野菜を搬入、本来の終点で乗客を降ろした後、約1.5キロメートル西の直売所『パスカルさんだ一番館』近くの停留所にて、直売所の担当者に引き渡される。野菜の運搬料は同区間運賃560円の半分弱、200円〜250円程度に設定。実験は毎週火曜日・金曜日に1便ずつ、4月末までの運行を予定している。
三田市によると市北東の農村部である高平地区は人口減少とともに高齢化が進み、今や住民の約4割が65歳以上となっている。農家は直売所に軽トラックなどで出荷していたが、高齢化により長距離運転への不安や免許返納などで出荷数が減少。直売所の品揃えに響きつつある。また過疎化が進んだことにより、『神姫バス』側も昨年同路線を減便した。同社の担当者は「新たな収益は路線を守るだけでなく、出荷数が増えれば地域も活気づき、乗客増も期待できる」と市内外でのさらなる事業化も視野に入れる。直売所では午後からの品薄が課題だったが、この便を使えば正午ごろに野菜が届くというメリットがあるため、同直売所の野田浩史店長は「生産者の名前で野菜を選べる直売所の魅力維持にもつながる」と期待を寄せた。
鉄道や空港などと連携したより早い「産地直送」スキームの確立
コロナ禍によって、飲食店の相次ぐ休業などに伴い、食材を提供している一次産業へも深刻な影響が出ている。行き場を失った食材は余剰在庫で消費期限を迎え、廃棄処分されてしまうケースも少なくない。そこで地方から首都圏を始めとする全国へ販路を広げるべく取り組みを進める中でも、貨客混載が活用されつつある。生産者販売配送支援サービス「エドノイチ」を運営する東京のベンチャー企業『3rd compass』は、『ANA Cargo』、『南国交通』と共同で、鹿児島県内で水揚げされた鮮魚を、空港連絡バスの空きスペースを活用した貨客混載の形態でよりすばやく輸送するスキームを整備した。従来は水揚げ後、生産者は鹿児島空港まで個人で配送するか、配送業者に委託するなどの負担を強いられており、配送にかかる時間がかかることも大きな問題だった。そのため、水揚げから首都圏へ住む消費者への配送に少なくとも2日ほどの時間を要していた。(図3上)
対して「エドノイチ」の取り組みでは空港連絡バスを活用するため、水揚げ後の陸送の負担を軽減でき、水揚げ翌日には首都圏消費者のもとへ商品の配送することが可能となったのだ。(図3中)『3rd compass』は、将来的に「『水揚げ当日中の配送』の実現を目指すと共に、今回の取り組みを契機とし、コロナ禍における地方創生への貢献につなげていきたい」と話した。
このような産地直送をより効率的に行う実証実験は、鉄道事業でも始まっている。国内最大の鉄道事業者のひとつである『JR東日本』は昨年9月、新幹線物流など列車を活用した物流サービスを拡大していくと発表した。同社はコロナ禍以前から地域の特産品を東京駅まで運び、催事場で販売する新幹線物流トライアルに取り組んでいた。これを拡大し、定期輸送の拡大や、グループ外の新規荷主の獲得、また物流企業と連携し、地域の特産品を自宅まで配送するサービスの実現などを目指す。『JR西日本』も2021年1月18日の定例社長会見で、山陽・九州新幹線と北陸新幹線を活用した荷物輸送の事業化を検討すると発表し、翌月26日には山陽新幹線で鮮魚や果物を運搬する実証実験を報道陣に公開。
『JR九州』と連携し、九州新幹線の鹿児島中央駅にて、鹿児島で獲れたカンパチやヒラマサ、イチゴや桜島大根といった荷物を積み込み、新大阪駅まで直通で運んだ。新大阪駅からは特急に積み替え、京都駅や大阪駅に輸送した。今回の実験では鹿児島の卸から大阪のホテルまでを約6時間で運んだ。(図3下)今後は4〜6月にかけて週1回程度実験を重ねる方針だと述べ、大阪駅や京都駅に隣接する同社系列のホテルで、運んだ素材を使った料理を提供する考え。また今回のイベントで終わりではなく、これをきっかけに事業化につなげるための相談を物流事業者と進めている。
速達性と定時性が新幹線輸送の強みと語るのは『JR西日本』の営業本部マーケティング戦略担当・内山興課長だ。同氏は「山陽新幹線は『JR東海』と『JR九州』、北陸新幹線は『JR東日本』と直通運転を行っており、さらに在来線ネットワークとの結節もある」、と話し「これを物流においても社会インフラとして改めて提供できるのではないかと考えている」と新規事業への意気込みを見せた。
「貨客混載」は様々な移動サービスをICTなどを駆使して複合的に連携させ、より豊かな社会を作るための概念「MaaS」の思想と通底していると感じる。2020年代はこの新しい輸送スタイルが当たり前の時代となるのだろうか。今後さらに物流、旅客共にこの取り組みへ参入する事業者が増え、基盤が固まっていけば、運送インフラの未来が変わっていきそうだ。