今夜は何で「乾杯!」する? お酒の「ニューノーマル」について考える
開封すればすぐに楽しめる、
カジュアルなアルコール体験
コロナ禍に入り、昨今の酒類業界は苦境に立たされている。そんな中、RTDと呼ばれるお酒の販売が好調だ。「RTD」とは「Ready To Drink」の略称で「開栓したらすぐに楽しめるアルコール飲料」を指す。ウイスキーや焼酎、ジンなどアルコール度数の高いスピリッツ類や果実酒などのリキュール類は水やソーダ、ジュースなどの割り材と合わせて提供されることが多い(水割りやハイボール、ジントニック、カクテルなどがその一例)。それらを缶入り飲料として売り出したのが「RTD」だ。
缶入りチューハイとして最初に登場したのは、焼酎がブームとなっていた1983年、アサヒビールが発売した「チューハイハイリキレモン」。その後2000年代初頭には「キリン氷結」「ストロングゼロ」「ほろよい」などが登場し、現在では「トリスハイボール」「いいちこ下町のハイボール」などのハイボール缶も人気だ。酒販大手サントリーが発表した「サントリーRTDレポート2021」によれば2010年ごろから徐々にRTD市場が拡大しており、2020年の同市場は2億5千659万ケース(対前年112%)と過去最大の市場規模となっており、RTD市場はさらなる成長が予想されている。
脱・「とりあえずビール!」が進む?
アルコール市場が多様化
開けてすぐに楽しめるお酒、と聞くと「ビールも同じではないか」との印象を受ける人もいるだろう。実際に、1990年代半ばまでは酒類消費量の7割をビールが占めており、「ビールはお酒の定番」というイメージが強い。今でもお酒の席では「とりあえずビール!」という人も多いのではないだろうか。だが国税庁のデータでは2019年度のビール消費量は全体の28.4%で第2位、第1位はリキュール類の32.9%と、その座が奪われているかたちだ。ビールの消費量が減少した背景には、ビールにかかる税率が引き上げられた影響が指摘できる。
ビールの定義としては麦芽比率50%以上の醸造酒のことで、麦芽比率に応じて税率が定められている。景気が低迷しはじめた1990年代半ばごろから消費者が低価格なビールを求める中で、メーカーは麦芽比率の低いビールテイストの飲料「発泡酒」の開発を進めてきた。2003年に発泡酒に対する税率が引き上げられると、さらに麦芽比率を下げた商品として、各社は「第三のビール」の開発をし始める。そうして割高の「ビール」から我々は遠ざかっていったのだろうか。
お酒の新定番「レモンサワー」の台頭で、
レモンサワー戦国時代に突入
そうしたニーズの変化にあって、若者世代の「お酒の定番」といえばレモンサワーだろう。ここ数年のレトロブームで「大衆居酒屋」や「横丁」といった昭和の雰囲気が人気となり、定番メニューとしてレモンサワーが飲まれるようになっていったのだ。中高年が飲むイメージの強かったレモンサワーだが、芸能人や有名人がレモンサワーを愛飲する姿がSNSなどで拡散され「かっこいい飲み物」としてイメージが向上したことも大きい。
先程紹介した「サントリーRTDレポート2021」によればRTD酒の中でもレモンフレーバーが2年連続で対前年130%を超える成長を記録している点からも、レモン系がRTD市場を牽引していることが窺える。これを商機と捉えたメーカー各社は品ぞろえの拡充に踏み出した。サントリースピリッツRTD部の高橋みどり部長はレモンサワーの市場拡大について、「食中酒がビールからレモンサワーに置き換わったことが大きい」と話す。そのきっかけとなった、「こだわり酒場のレモンサワーの素」(2018年販売開始)は「居酒屋で飲むレモンサワーを家庭でも飲める商品設計」がヒットにつながったと同社は分析する。
2019年には缶入りタイプを発売し、さらに販売数量が伸び、レモンサワー単独のブランドにもかかわらず、RTDの主力ブランドに匹敵する売り上げ規模になっているという。新ブランドのレモンサワーでヒットを飛ばしているのがサッポロだ。「濃いめのレモンサワーの素」の缶商品となる「濃いめのレモンサワー」を発売。同商品は発売から1カ月で2000万本(250ミリリットル換算)を突破し、サッポロにとってRTDブランドでは最速のペースで売れているという。こうした中、「レッドオーシャンの市場で他社のまねをしても残れない。価格が高くてもおいしければ納得してくれる」と話すのがキリンビールマーケティング部RTDカテゴリー戦略担当の山崎勝弘ブランドマネージャーだ。
同社が2020年10月に発売した「麹レモンサワー」はRTDで初めて麹を入れ、皮ごと搾ったレモンとの相乗効果でうまみを引き立て、食事と合う味わいにした。さらに翌年3月にはレモン果汁を酵母発酵させ、濃厚さや香りを増した「発酵レモンサワー」を発売。100円以下の商品も多いRTD市場の中にあって、同製品は350ミリリットル入りで174円と高価格にもかかわらず、発売2カ月で2000万本(250ミリリットル換算)を販売。こちらもキリンの過去10年のRTD商品で最速のペースの売上となっているのだ。
2018年にはそれまでアルコールを扱っていなかった「コカ・コーラ」が「檸檬堂」を発売し、酒類市場に初めて参入した。レモンサワーに絞った商品展開で、アルコール度数やレモンフレーバーにバリエーションをもたせるなどの戦略が奏功しヒット。累計約2億4000万本(350ミリリットル換算)を販売し市場全体を押し上げた。酒類に初参入したコカ・コーラのヒットはさらなるレモンサワー市場の成長性を示したと言えるだろう。
「ストロング」から「ほろ酔い」へ。
「お家で楽しめるお酒スタイル」の創出
酒類メーカー各社が発表する、2021年の新商品はこれまでとやや様相が変化している。糖質50%オフ・人工甘味料不使用でやさしい口当たりの「グリーンハーフ」(サントリー)、アルコール分5%の甘くないRTD「すみか」(宝酒造)、すっきり飲めるレモネードのお酒「ノメルズハードレモネード」(コカ・コーラ)など、「すっきりとした味わい」「低・無糖」「アルコール度数低め」の商品が目立つ。
これまでは「ストロングゼロ」に代表されるアルコール分9%などが人気を博していたが、コロナ禍以降は在宅勤務の定着や外出自粛などもあり家庭で過ごす時間が増え、飲酒時間が増えたことにより、高アルコール飲料については「飲み続ければ疲れるから遠慮したい」との声もある。こうした「家飲みの増加による健康志向の高まり」に加えて、「ビール類から流入してきたユーザーの増加」または「ビール類と併せて飲むユーザーの増加」という飲用層の変化もあり、市場のニーズの増加に合わせた商品を投入する形となった。
Z世代のアルコールは
「ヘルシー&シンプル」がキーワード
コロナ禍以前から、欧州などでは若者を中心に「低アルコール嗜好」が広がり、健康志向の高まりも追い風となって、スモールビール(アルコール度数2~3%)やノンアルコールのカクテルがヒットしはじめていた。低アルコールビール(アルコール分0.5%以下)市場の売上金額は、2013年の58億ドルが2018年には80億ドルと、わずか5年で大きな成長を見せている。そんな中、海外で人気が拡大しているのが「ハードセルツァー」だ。チューハイやハイボール缶などとは異なり、ハードセルツァーは「炭酸水・サトウキビ由来のアルコール・フルーツ」というごくシンプルな構成で、味わいも多彩。
低アルコールに加え、低糖質でヘルシーな点も、Z世代に人気だという。国内でもハードセルツァーは多くの酒類・飲料メーカーが注目している分野だ。オリオンビールは他社に先駆け2021年3月にアルコール分2%の「DOSEE」を市場に投入。サッポロも8月にハードセルツァーに着想を得たアルコール分3%の「サッポロWATERSOUR」を発売した。いずれも20~30代をターゲットにした、炭酸水ベースの低アルコール飲料となっている。
コカ・コーラも世界20カ国以上に展開されているグローバルブランド「トポチコハードセルツァー」を2021年秋より日本国内で販売開始すると発表。既存のフレーバに加え、日本向けのオリジナルフレーバーも揃える予定だ。日本に上陸したばかりのハードセルツァーは、果たしてどこまで市場に食い込めるか、期待が高まる。
「飲む人」と「飲まない人」の垣根を
「微アルコール」から考える
2021年からは日本国内でも「微アルコール」の商品が登場している。アサヒビールは、ビール系商品として「ビアリー」を、ハイボール缶商品として「ハイボリー」を投入。いずれもアルコール分0.5%と、これまでにはない度数の低さに驚かされる。
アサヒビールの調査によれば、20~30代のいわゆるZ世代の半数以上が「お酒を飲まない」(飲めない・あえて飲まないの合計)という。20~60代でも半数が飲まないという調査結果で、その数なんと約4千万人にのぼる。同社の新価値創造推進部・津田真里次長は「世界的なトレンドとして、グローバル市場でアルコール全体が伸び悩んでいる一方で、ロー・ノンアルコール市場が成長しています。(中略)当社もこれまでの『飲める人にたくさん飲んでいただくビジネス』から『飲めない、飲まない人へアプローチするビジネス』に注力していく必要があると考えました」と話す。
世界的にソバーキュリアス(お酒を飲めるけれど、あえて飲まない、あるいは少量しか飲まない)を選択する人も増加しており、「アルコールで人に迷惑をかけたり、非効率的な時間の使い方をしたりすることを好まない」というスタイルが広がっている。そして世界的に、過剰な飲酒により生じる健康被害や経済的・社会的な損失に対する懸念があり、世界保健機関(WHO)はこのような有害使用の削減を掲げ、日本でも今年3月にアルコール健康障害対策推進基本計画(第2期)が閣議決定された。
この状況に鑑み、アサヒビールは「お酒を飲む人も飲まない人もお互いを尊重し、それぞれが自分の体質や気分、シーンに合わせて、お酒の種類も飲み方も自由に選べる社会にしていく」という「スマートドリンキング(スマドリ)」を提唱している。またサッポロもアルコール度数0.7%のビールテイスト飲料「TheDRAFTY」を発売。これまでは「ビール」か「ノンアルコールビール」かの2択しかなかったが、その中間の選択肢を用意。ビール好きの選択肢を広げて、飲用機会を創出していくのが狙いだ。
サッポロは「アルコール度数を含めたさまざまな選択肢を用意することで、多様なビールの楽しみ方を広げ、新たなビール文化を作り上げていきたい」と「微アルコール」について意見を述べた。こうしたアルコールに対する姿勢は各社に広がっている。サントリーは2018年に「お酒に関する正しい知識を持ち、お酒と上手につき合うことでより健康的で豊かな生活を送ること」を目指す「DRINKSMART®」を打ち出しておりキリンも2019年から「スロードリンク®」というコンセプトのもと、お酒と時間をゆっくり楽しむこと、人と語り、食事を楽しみ、スマートに心地よく飲むことの大切さを提唱している。
◆
アルコールは「百薬の長」とも言われ、人々のコミュニケーションを円滑にし、暮らしに潤いを与えてくれる。その一方で、アルコール依存症、アルコールハラスメントなど様々な問題の引き金にもなりうる存在だ。世界的な健康志向の高まりやSGDsの採択、ダイバーシティの推進などもあり、ここ数年でアルコールを取り巻く状況は大きく変化している。メーカー各社の企業努力により私たちはシーンや体調、気分に応じて、より自由かつ主体的に「お酒」に向き合うための多くの選択肢を持つことができるようになった。
このお酒の新しい価値観が、令和の我々の「ニューノーマル」となっていきそうだ。