Twitterのアイコン Facebookのアイコン はてなブログのアイコン

ワークライフバランスの現状

「ワークライフバランス」という言葉を聞くようになって久しい。時々、「仕事を控えてプライベートを充実させる」意味だと理解されることがあるが、それは少し違う。ワークライフバランスは仕事と生活の両方を充実させた状態を指し、どちらか一方に偏ってしまうのはこのバランスが取れた状態とは言えない。現代の社会人は、このワークとライフの割合はどの程度を理想と考えるのか、また実際にそのバランスを取れているのか。企業の例なども参考にしながら現状を考察したい。

記事をpdfで見る(画像クリックで別ウィンドウ表示)

記事または映画評のサムネイル画像(A3用紙サイズ/横長)

月刊誌マスターズ2023年7月号

ワークライフバランスとは

ワークライフバランスとは、労働時間や労働形態を見直して、“仕事と生活の両方”の充実を目指すものだ。内閣府が発表している「仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)憲章」によると、ワークライフバランスが実現された社会とは、

1.「就労による経済的自立ができること」

2.「健康で豊かな生活のための時間が確保できること」

3.「多様な働き方・生き方が選択できること」

の3つを兼ね備えた社会だとされている。どの程度の金銭が必要か、健康な、多様な生活のための時間はどの程度必要なのか、それは人によって違うはずだ。ただ、大きく見るとこの感じ方は時代によって変化してきたように感じる。昭和〜平成初期あたりまでは「残業して当たり前」と考える人が多かっただろう。「24時間戦えますか」のCMに象徴される時代である。比較すると近年は、「早く帰りたい」「プライベートを大事にしたい」と考える人の割合が増えている傾向にある。令和になった今、実際に働いてる社会人はどう感じているのだろうか。

社会人へのアンケートと実態

『Job総研』では796人の社会人男女を対象に、「2023年ワークライフ実態調査」を実施している。ワークライフバランスの理想を聞いた結果では、「プライベートを重視」38.7%、「どちらかといえばプライベートを重視」33.5%を合算した、72.2%が“プライベート重視派”の回答をする結果となった。一方、“仕事重視”は27.8%だ。しかし実際のワークライフバランスについては、過半数の57.5%が“仕事重視派”を選択している。理想と現実に差があり、もう少しプライベートを充実させたい、と思っている人が多いようだ。年代別にみると、理想としてはプライベート重視派の割合は30代が最も多く74.4%。だが実際のバランスは30代のプライベート重視派は35.5%で、理想と実際のギャップが最も開いているのも30代となった。また、ワークライフバランスがどのようなことに影響しているかでは、「仕事のモチベーション」が73.0%で最多になり、次いで「メンタル面」が68.0%。ワークライフバランスが崩れると、精神的な部分で仕事に影響が出るということだ。そうなればパフォーマンスが落ちて、悪循環が生まれていくだろう。その他、残業時間、プライベートの時間に仕事上の連絡が来るか、プライベートの時間に重視したいことなど、次頁のグラフも参照してほしい。この調査結果から分かるのは、全体の7割ほどが「プライベート重視」を理想としている一方、実際に「プライベート重視」で働けているのは42.5%にとどまっている、ということだ。そして、「メンタル面のケア」「仕事のモチベーション」などの項目に回答数が多いことから、理想とのギャップにストレスを感じている人が多いことも分かる。SNSの発展などでブラック企業に対する風当たりは強く、ここ何年かで労働環境改善を目指す職場が増えたことは、多くの人が肌で感じているはずだ。それでも働く人の実際の感覚としては「まだまだ」というところなのだろう。

労働基準法から75年以上だが

「働き方改革関連法案」の影響をはじめとした“ホワイト化”の流れに良い風潮だと喜ぶ人がいれば、頭を抱える経営者もいるだろう。転換期を迎えている印象だが、ここまで来るのにあまりに長い時間を要した、と言えなくはないか。労働の歴史を振り返ると、日本で初めて8時間労働を導入したのは1919年の『川崎造船所(現川崎重工)』だと言われている。そして1936年に国際的に有給休暇が定められ、1947年には日本でも労働基準法によって有給休暇を初めて導入。同じく労働基準法により1日8時間労働も法的に規定された。そして1965年に、『松下電器産業(現パナソニック)』が日本で初めて週休2日制を採用。厚生労働省の調査によると、2023年時点で完全週休2日導入企業は48.7%だ。労働基準法から75年以上が経ってなお、完全週休2日の導入企業は半分以下。また、2021年の有給休暇取得率は58.3%と6割に満たないが1984年以降の約40年間では過去最高。8時間労働についても、周囲の社会人を見ていると残業せずに帰れている人がどれぐらいいるだろうか? 職場環境ホワイト化の流れがあるとは言え、何十年もの時間を経てようやくこの程度の水準なのだ。だからこそ、2023年の今でもプライベートの充実が充分だと感じている人は、まだまだ少ないのだろう。一方で、「ホワイト過ぎるのもつらい」という意見もあるのだから、難しい話だ。

ホワイト過ぎるの考えもの?

仕事がゆるくて残業もなく、のんびりと働ける職場に入ったのに辞めてしまう─そんな例もあるようだ。ハードさもスピード感もない職場では、最初は「最高だ!」と思うかもしれない。しかし、よほど労働に対するモチベーションが低い無気力な人でもない限り、それはそれで徐々に苦痛に感じてくる。毎日の仕事に充実感や達成感がない中では、「ただ職場にいなければならない拘束時間」になってくる。そうなると体感的に時間が非常に長く感じられ、苦痛になってくるという。私たちは仕事を通して、安心感や金銭の獲得だけではなく、「自分がここにいる理由」もほしいものだ。「なぜ自分がこの仕事をしているのか」「自分がこの仕事をすることで誰に貢献できているのか」など。「やりがい搾取」という言葉もあるが、やはり職場は「働きやすさ」だけではなくある程度の「やりがい」も必要になってくる。冒頭でも、ワークライフバランスは「仕事と生活の両方の充実」だと書いたが、これを表す言葉として“働きがい”という表現がある。

“働きがい”のある職場とは

『Great Place to Work Institute 』の定義によると、働きがいのある職場とは「働きやすさ」と「やりがい」の両方を兼ね備えた職場を指す。「働きやすさ」は、主に労働環境や労働条件の視点で快適に働けること。政府の「働き方改革」は「働きやすさ」の向上を目指す施策だ。「プライベート重視」の実現も、「働きやすさ」の部分だろう。一方「やりがい」は、仕事で得られる満足感から生じる意欲。どのような時に満足感を得るかは人によって異なるが、自分の仕事が適切に評価された時にやりがいを感じやすく、報酬による評価のみならず、経営陣や上司からの労いの言葉もやりがいをもたらす。このやりがいと働きやすさの両方があってこそ、働きがいのある職場になる。具体的に、働きがいのある会社として評価されている企業の取り組みを見てみよう。

働きがいのある会社の例

 『Great Place to Work Institute Japan』が、日本の「働きがいのある会社」ランキング2023年版を発表した。総計634社が参加し、その中から水準を満たす239社を選出。そのうち特に働きがいの高い100社をベスト100とした。選ばれた会社はマネジメントと従業員との間に信頼があり、一人ひとりの能力が活かされていることが評価されている。従業員1,000人以上の大規模部門で1位に選ばれたのが『シスコシステムズ』。約50人の有志チームが、日々の業務の垣根を越えて取り組んだ働きがい向上の施策が評価された。主な取り組みは以下。

1.視野を広げ、キャリア自律を促すMentoring/Shadowingプログラム

2.生産性向上のため、会議やチャットをせず自身の業務のための時間を一斉に取る「Focus hours」

3.対話の質を高めるための「聴く」教育

4.互いに認め合うための全社推薦・投票による表彰など

これらによって多様な構成員の全員の働きがいが非常に高いレベルとなったという。従業員100〜999人の中規模部門の1位は『コンカー』。部下、上司、同僚、他部門全てを対象にした全方位型のスタイルで、課題や改善すべき点を伝える「ギャップフィードバック」と、長所や努力を認める「ポジティブフィードバック」を組み合わせている。耳の痛い話も成長へ転化させる能力の向上が特徴で、組織内のフィードバック浸透を推進。経営トップ自らブラッシュアップ、実践に関与している施策も多く、「仕事に行くことが楽しみ」「安心して働ける」などの声が上がっている。従業員25〜99人の小規模部門での1位は『あつまる』。稲盛和夫氏の経営哲学を参考に、大切にしている価値観を「フィロソフィBOOK」という冊子にまとめて社員や採用候補者に配布した。毎月開催する全社ミーティングでは、この冊子の価値観や会社のビジョンを全社員に共有している。社員一人ひとりが会社の経営計画に連動した個人ビジョンをシートにまとめ、実現のために挑戦し働きがいを高めている。「全従業員のビジョンの集合体=会社の経営計画」とすることで、従業員一人ひとりが自身のビジョン実現のために働き、やりがいを感じている。働きがいを継続的に高めている会社とそうでない会社の違いは、ミッション・ビジョン・バリューを経営層が体現できているか、組織として新しい取り組みや改善への挑戦を称賛する機会を持てているかどうかだ。また、人事制度(賃金・評価)や称賛の機会において公正に扱われること、職場の同僚との仲間意識が持てることも重要。なお、働きがいは新卒採用にも影響がある。こういったランキングで上位にランクインしていたからエントリーした、という学生も多い。

ワークライフバランスの意味
お互いに履き違えないように

時代が変わり始めたとは言え、まだまだプライベートの時間が充分だと考えている働き手は、明らかに少ない。まず企業は、この事実を受け入れ環境整備に励んでほしい。そこを疎かにして「やりがい」だけに目を向けると、ブラック企業化したり、ただの価値観の押し付けになったりしかねない。働きやすい環境があってこそ、やりがいを求める余裕とモチベーションが湧いてくるというものだ。一方で働き手も、ただ「働きやすさ」ばかりを主張する前に、自分の仕事を振り返る必要があるだろう。もらった給料に見合うだけの仕事しているか、非効率的な仕事で自らプライベートな時間を潰していないかなど。ワークライフバランスという概念は、雇用側が社員をこき使うためにあるわけではなく、働き手がサボるためにあるわけでもない。お互いがその意味を履き違えないように、「働きやすさ」と「やりがい」が双方のプラスに転じるように見直していきたい。

view more-特集企画の一覧へ-