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社会問題をビジネスで解決 ソーシャルビジネスの経営戦略とは

「ビジネスとしては儲からない」──そんなイメージが強いソーシャルビジネス。貧困や差別、環境などに関する社会問題の解決を目的とした取り組みは、寄付金などの外部資金に頼らざるを得ないケースが多い。しかし、果たしてビジネスとして成立させることは不可能なのだろうか。今、そのソーシャルビジネスが注目されている。

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マスターズ2021年8月号

福祉的アプローチに限界
注目浴びるソーシャルビジネスの現状は

ソーシャルビジネスとは、子育て・高齢者・障がい者の支援や、地方活性、環境保護、貧困、差別問題など多岐にわたる社会問題の解決を目指して事業を展開し、社会貢献を目指す取り組みのことだが。社会課題が多様化している現代、行政による福祉的解決には限界があり、ソーシャルビジネスには注目と期待が寄せられている。企業や個人からの寄付金や行政からの補助金・助成金などの外部資金だけを頼りに活動するのではなく、「ビジネスを手段として」社会問題に取り組むことで、事業収益を上げながら、取り組みの持続・拡大を目指すという点が、ソーシャルビジネスの最も大きな特徴だ。

事業の維持・継続・拡大は外部環境によって左右されることが多く、長期的な視点で社会問題に取り組むことは、非常に難しい。そのため、特に貧困や環境に関する人命や人類の存続に影響のある緊急度の高い問題でさえ、未解決のまま深刻化してきたという側面がある。問題解決に取り組む組織形態はNPO法人など様々だが、社会課題の解決は従来は営利目的の事業には馴染まないとして、行政またはボランティアの管轄と考えられてきたものの、税金や寄付を拠り所とする福祉的なアプローチには限界があり、ソーシャルビジネスへの期待が高まったのだ。

昨今は、CSRとして社会貢献を使命の一つに掲げる一般企業が増えてきたが、それはあくまでも事業で利益を出した上でのことであり、真の目的は社会問題の解決ではなく「自社ブランディングやイメージアップ」のためであるのもまた事実だろう。
社会的課題の解決を第一とするソーシャルビジネスとは、この点において根本的に目的が違うと言える。2015年に三菱UFJリサーチ&コンサルティングが発表した「我が国における社会的企業の活動規模に関する調査」。社会的企業の市場規模については、それまでにも経済産業省など多くの機関・団体が推計値を発表してきた。しかし、同調査では「社会的企業の範囲や定義が異なることもあり、大きな差異が生じていた」と指摘し、7つの要件をすべて満たす企業を社会的企業と定義し、その市場規模を推計している。

①「ビジネスを通じた社会的課題の解決・改善」に取り組んでいる
②事業の主目的は、利益の追求ではなく、社会的課題の解決である
③利益は出資や株主への配当ではなく主として事業に再投資する(営利法人のみの条件)
④利潤のうち出資者・株主に配当される割合が 50%以下である(営利法人のみの条件)
⑤事業収益の合計は収益全体の 50%以上である
⑥事業収益のうち公的保険(医療・介護等)からの収益は 50%以下である
⑦事業収益(補助金・会費・寄附以外の収益)のうち行政からの委託事業収益は 50%以下である

同調査によると、ソーシャルビジネスの企業数は20.5万社。ソーシャルビジネスの付加価値額は16兆円で、対GDP比で3.3%を占める市場規模。またソーシャルビジネスの社会的事業による収益は、10.4兆円となっている。ソーシャルビジネスに取り組む法人格は、営利法人・一般社団法人・一般財団法人・公益社団法人・公益財団法人・特定非営利活動法人など。「利益の追求よりも社会的課題の解決が主たる事業目的か」という質問に対して、「はい」と回答した割合が営利法人のみ6割台で、その他の法人格よりも営利法人の場合は社会課題の解決と営利追求の両立やバランスに葛藤する姿が浮き彫りになった。

また、市場規模が成長中のソーシャルビジネスだが、持続的・安定的に事業を継続するにあたっては課題がある。中でも大きいのは、「人材の確保」「従業員の能力向上」「売上拡大」だ。ソーシャルビジネスでは、従業員20人以下の会社が7割を超えており、課題意識に共感できなければ参加しにくいことや、ソーシャルビジネスに取り組んでいない企業と比べて福利厚生などの待遇面が劣ることもあり、人材の確保に苦労する団体が多い。
「従業員の能力向上」については、従業員が少なく規模の小さな組織では特に、ソーシャルビジネスに限らず人材育成に人手もお金もかける余裕がないのが現状。昨今の働き方改革における副業容認の流れを追い風に、大手IT企業などで活躍する高スキル人材の副業先として受け入れを進めている例も出てきた。社会課題に対する啓蒙が進めば、こうしたマッチングがさらに増えて、人材確保・能力開発が進むだろう。
そして、「売上拡大」。ソーシャルビジネスの売上だけでは黒字化が難しいという団体が少なくない。社会的課題の解決が目的であるソーシャルビジネスでは、商品・サービスの単価を上げにくく、収益性が低い。資金を調達して、売上拡大につなげるためのシステム開発やマーケティングを戦略的に実行していくビジネスセンスが求められている。
多様化、複雑化した社会の中で、ソーシャルビジネス市場はより拡大することが予想されるが、これらの現状と課題を抱えながら、ソーシャルビジネスはいかにして発展していくのだろうか。

収益を上げながら社会問題を解決
ソーシャルビジネスの成功事例

あらゆるビジネスは、社会の何らかの課題を解決するために行われている。すべての商品やサービスは、人々が感じる不満や不便などを解消することによって、社会から必要とされるから存在できているのだ。ただ、社会の「不」を解消するビジネスであれば、ソーシャルビジネスかと言えば、必ずしもそうではない。というのも、従来のビジネスが対象とする「不」は、基本的にマーケットニーズがあるものだからだ。つまり、その不満や不便を解消してくれることに対して、充分なお金を払える人たちを対象としている。
そうした「不」を解消するビジネスはある程度の収益があらかじめ見込めるため、取り組み組織も多い。一方で、「不」を解消するビジネスである点は同じでも、ソーシャルビジネスが取り扱うのは、「儲からない」とマーケットから放置されている社会問題だ。貧困、難民、過疎化、食品廃棄に関するビジネスは、収益が見込めないいため手を出す人が少ない。そのため、「こうした社会問題を解決するのは、政府や自治体、NPO、あるいは市民団体がやること」だと思っている人が多いのだ。では、ソーシャルビジネスに取り組む上では何が大切なのか。

SDGsに取り組みたい企業や国・地方自治体から、いま注目が集まっている企業がある。ボーダレス・ジャパン社だ。社会問題を解決する「ソーシャルビジネス」しかやらない会社。2007年の創業以来、順調に成長を続け、現在は世界15カ国で40の事業を展開し、グループ年商は55億円を超える。同社の代表・田口一成氏はこう指摘する。「非効率をも含めて経済が成り立つようにビジネスをリデザインすること」。
現代社会は、効率を追求するあまり、取り残されてしまう人や地域が出てしまう。そんなビジネスのあり方こそが原因なのであれば、ビジネスにおいて対策を講じることが本質的な解決策だという。従来のビジネスでは、体の不自由な人や高齢者は雇いづらい。また、雇用したとしても、給料は低い。できる作業が限られていたり、作業のスピードが遅いためだ。そこでソーシャルビジネスが挑戦するのは、そうした人が無理のないスピードで作業しても、十分な給料を支払えるようにビジネスを構築することだ。
最初から、そのコストをまかなうだけの高い価格でも買ってもらえる付加価値の高い商品を開発することを前提として、ビジネスを設計しておけば実現可能なのだ。ビジネスとして取り組むべき理由をもう1つ加えるとすれば、生活者が消費活動を通して社会問題の解決に貢献できるようになるということ。ただし、善意だけで買ってもらう商品やサービスは、長続きしない。
「社会貢献になるから買う」だけではなく、「モノがいいから、サービスがいいから買う」という要素がないと、選び続けてもらえない。つまり、非効率を含んだビジネスでありながら、生活者が買い続けたくなる商品やサービスをいかに提供していくのか。ここが、ソーシャルビジネスに挑戦するビジネスパーソンの腕の見せどころだ。
ボーダレス・ジャパン社は40の事業を立ち上げ、すべてソーシャルビジネス。従来のビジネスとソーシャルビジネスとの最大の違いは、「ビジネスプランを考える順番」だと田口氏。まずソーシャルコンセプトを固めてから、それをビジネスモデルに落とし込んでいく。

①ソーシャルコンセプト:誰のどんな社会問題を、どのように解決して、どのような社会を実現していくのか。つまり、社会をどのようにリデザインしていくのかを描いたもの。
②制約条件:ソーシャルコンセプトに当てはまるビジネスアイデアを考えるうえで押さえておくべき条件。
③ビジネスモデル:誰に・何を・どのように提供するのか。制約条件を満たした商品やサービスをビジネスに落とし込んだもの。

どうしても、上手くいきそうなビジネスアイデアが先行し、後付けで社会問題にはめ込もうとしがちだが、この順番では社会問題に対する本質的なアプローチはできない。考えるのは、「この社会問題が起こっている本質的な原因は何なのか」。現場に入って、課題を抱える当事者に何度もヒアリングを重ねながら、徹底的にその原因を追究していくことが、ソーシャルビジネス成功の第一歩だ。

2108MA特集-ソーシャルビジネス(図1)

縮小する市場で減っていくパイを狙って戦っても消耗するだけであり、逆に市場全体が大きくなっていけば、その中で多少の競争やシェアの奪い合いがあってもおこぼれに与る。だか、これから伸びていくであろう成長マーケットを見定め、そこで優位性を保てるビジネスモデルを考えていくというビジネスモデルが一般的なのだ。それに対し、ソーシャルビジネスは、貧困や人種差別、環境問題といった「社会問題が生まれている原因」を捉え、その原因に対して有効な対策を考える。
社会を確実に変えていくのがソーシャルビジネスであるため、「理想の社会づくりの設計図=ソーシャルコンセプト」をつくり、それをビジネスモデルに落とし込んでいくという順番で考えていく必要がある。たとえば、「難民問題」。同社はどうアプローチしているのか。まず、問題を「日本にいる難民の貧困と孤立、および社会の無関心さ」と捉えた。英数字を多用するPCのリユース事業を通じて、難民(申請者)を直接雇用。企業から回収したPCをecoパソコンとして販売。一方、回収台数に応じた一定額をNPO団体へ寄付しており、難民の仕事が環境保護、日本の子供支援にもつなげている。
「英語力が活きる・日本社会に貢献するPCリユース事業」を確立した。そして、目的を果たすために自分たちが追いかけるべき成果を明確にした独自の指標を持っている。解決したい社会問題に対してどれだけインパクトを与えられたかを数値で表した「ソーシャルインパクト」だ。たとえば、ミャンマーの貧困農家のためのハーブ事業(AMOMA)の場合、「契約農家数」「借金がなくなった農家の数」の2つをソーシャルインパクトの指標に設定。事業の黒字経営は大前提だが、この2つの数字を伸ばしてはじめて、事業は成功と言えるという。

※※※

従来のビジネスは、ビジネスチャンスを狙って勝負に出る。逆に、チャンスがないとわかれば撤退するのも早い。むしいろ、早めの撤退が重要だとされている。それに対して、社会問題解決のためのソーシャルビジネスは「何のために事業をやるか」が明確なので、儲からないからといってすぐにやめるのは得策ではない。
上手くいかないビジネスモデルはどんどん変えていかなければいけないが、その時に拠り所となるのがソーシャルコンセプトだ。ソーシャルコンセプトという「社会づくりの設計図=幹」があれば、ビジネスアイデアという「枝葉」の部分はどんどん変えていける。
ソーシャルコンセプトがしっかり固まっていれば、あとは続けるだけ。当初考えたビジネスアイデアは、あくまでも仮説であり、実際にやってみて成功するかは分からない。ビジネスに成功する人は、何度も試行錯誤を繰り返し、やりながら修正を繰り返していくのだから。

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