“第二の脳”を整える 腸活 で心身を健康に
腸活とは
10年ほど前から“腸活”という言葉をよく聞くようになり、今ではすっかり定着した言葉になった。腸活とは「腸内環境を整える活動」のことだ。「便通は良いから特に腸活なんて必要ない」と思う人もいるかもしれないが、腸活の重要性は便秘や下痢の解消といったことにとどまらない。腸は脳に次いで大量の神経細胞を持っており、「第二の脳」と言われるほど、全身に与える影響が大きい。体の調子だけでなく心の不調なども、腸と深く関係しているのだ。心身が健康であるためには、想像以上に腸内環境のケアが重要となる。逆に言うと、心身の不調を感じている人は、腸活を行えば改善が期待できるということだ。ストレス社会の現代だからこそ、年齢や性別に関係なく改めて腸活を始めることをお勧めしたい。まずは、腸活のメリットを挙げていく。
身体的メリット
①便秘や下痢の改善
一般的にイメージされる腸活の効果として、便通改善が挙げられるだろう。大腸は分厚い粘液のバリアによってスムーズな排泄を促し、バリア機能が低下すると下痢、軟便、便秘などが起こる。腸のバリア機能に必要な粘液の分泌には、善玉菌の役割が関わっているため、善玉菌を増やせば便通の悩みが改善できる。
②美容効果
便秘になると、本来体外に排出されるべき不要物が腸内に溜まる。すると肌のターンオーバーが乱れたり吹き出物ができたり、肌荒れを招きやすい。また、善玉菌は腸内でビタミンを産生する作用があるため、腸活によって老廃物を体外に排出し善玉菌を増やすことは、美容の点からも非常に大切だ。
③ダイエット効果
日本人が多く持っている腸内細菌の一種であるブラウティア菌が多いほど、内臓脂肪の割合が小さくなるという研究結果があり、肥満と腸内環境も関係が深いことが分かっている。さらに、脂質の高い食事を与えられて育った肥満マウスの腸内細菌叢を、肥満ではないマウスに移植したところ、移植されたマウスが肥満になったという研究結果も。腸内細菌は肥満とも深い関わりがあるのだ。もちろん、①で挙げた便通についても、ダイエットとは切っても切れない関係だ。
④睡眠の質向上
睡眠の質には、睡眠ホルモンメラトニンが深くかかわっている。メラトニンの生成にはトリプトファンという必須アミノ酸が必要で、トリプトファンは食事から摂取するしかない。腸内細菌は肉や魚、乳製品、大豆製品などのたんぱく質を分解・合成して、トリプトファンの産生を助ける。腸内環境が整っていれば、より多くのトリプトファンがつくられ、メラトニンの生成も活発になるため、睡眠の質が向上する。
⑤免疫力アップ
腸は免疫細胞の約70%が集中していると言われる、最大の免疫器官だ。そのため、免疫の維持に腸内環境のケアは非常に重要。大腸には有害な菌や物質から体を守る2層の粘液層から成るバリア機能が備わっているが、ストレス、高脂肪食、食物繊維不足などが大腸の粘液層を低下させることが指摘されている。食事やストレスコントロールを行い、腸内環境を整えることが免疫力の向上にもつながる。

メンタルヘルスの改善
腸活による身体的なメリットの例を挙げてきたが、実はメンタルヘルスの安定とも関係している。これは少し意外な印象を受けないだろうか。どういった仕組みなのか、少し詳しく触れていきたい。
◆腸は“第二の脳”
腸は単なる消化器官ではない。「第二の脳」とも呼ばれる腸は、脳に次ぐ数の神経細胞を持つ。脳と腸は、自律神経系やホルモンなどを介して情報を伝達しながら影響し合っており、この両者の関係を「脳腸相関」と呼ぶ。分かりやすい例が、ストレスや不安を感じると腹痛や便意を催すことがあるが、これは脳から腸への影響だ。ストレスを感じると自律神経のバランスが崩れ、それが腸内環境の変化を引き起こす。逆に、腸内環境の乱れは神経伝達物質の産生に影響を与えてメンタルを左右する。ここで特に注目したい物質の1つが、セロトニンだ。

セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれる神経伝達物質。脳の興奮を抑え、心身をリラックスさせる効果があり、不足するとイライラや不安・恐怖などのストレスを感じやすくなる。意欲や集中力の低下、気分の落ち込みなど心が不安定になり、自律神経の調節機能のほか、めまいや頭痛など身体の不調にもつながる。このセロトニンの約90%が、腸で産生されていると言われている。
腸でつくられたセロトニンは、血液脳関門という血液から脳組織への物質の移行を制限する仕組みによって、直接脳内に入ることはできない。そのため、腸内で産生されたセロトニンと脳内で産生されたセロトニンは、正確には役割が異なる。ただ、脳内でのセロトニンの産生に必要なトリプトファンは腸で吸収された後、血液中に入って脳へ運ばれるため、腸内セロトニンによって腸の状態が良くなることで、間接的に脳内セロトニンの産生にも関係する、というイメージだ。うつ病の罹患者やメンタルに不調を抱える人の中には、便秘や過敏性腸症候群に悩む方が多いという調査結果もあり、脳の炎症によるメンタルの不調と腸内環境の乱れには、大きな関連があるとされている。
◆メンタル不調時の腸内環境
うつ病などのメンタル不調がある人の腸内環境は、ビフィズス菌や酪酸産生菌などの善玉菌の割合が少なく、がんや肥満などのリスクを高める可能性のある要注意菌の割合が多いという特徴がある。『国立精神・神経医療研究センター』の研究では、うつ病の患者は特にビフィズス菌が少ないと報告されており、いくつかの研究では、酪酸産生菌の代表格であるフィーカリバクテリウムが少ないという報告もある。また、『サイキソー』『京都大学』『大阪大学』の共同研究では、強い育児ストレスを感じている0〜4歳の乳幼児を養育中の母親は、育児ストレスの少ない母親と比べて腸内菌の多様性が低く、要注意菌の割合も高いことが分かった。ビフィズス菌をはじめとするプロバイオティクス(健康に良い影響を与える可能性のある生きた微生物)によって、ストレス関連症状やうつ病症状が緩和される可能性があると考えられている。
マウスを利用した実験でも、腸内細菌を全く持たないマウスと通常の腸内細菌を持つマウスを比較すると、腸内細菌を持たないマウスは非社会的行動が増え、孤立傾向にあった。また、不安を感じやすいマウスに社交性の高いマウスの腸内細菌を移植する実験を行ったところ、移植されたマウスは以前よりも社交的な行動を取るようになった。

腸内細菌のバランス
腸内環境を良好な状態に保つためには、多様な腸内細菌が適切なバランスで共存する“ 腸内細菌の多様性 ” を保つことが重要。腸内細菌には、善玉菌、悪玉菌、その中間である日和見菌の3グループが存在し、個人差はあるものの割合としては善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7が理想的だとされている。ただ、最近の研究では善玉菌の中にも腸にとって良い働きをしない菌がいたり、悪玉菌や日和見菌でも有用な働きをする菌がいたりすることが分かっている。善玉菌を意識しながらも、多様性のある腸内環境を保つ、というイメージが大切だ。
食事
◆プレバイオティクス
腸内環境にとってまず大事なのが食事だ。食物繊維やオリゴ糖は消化・吸収されずに大腸まで届き、善玉菌のエサとなって善玉菌を増やす作用がある。これらの成分は「プレバイオティクス」と呼ばれる。食物繊維の多い野菜、果物、豆類、海藻類などを積極的に摂ることで、腸内環境の改善につながるだろう。また、オリゴ糖は大豆、タマネギ、ゴボウ、ニンニク、アスパラ、バナナなどに豊富に含まれる。
厚生労働省が推奨する1日の食物繊維摂取量は男性21g以上、女性18g以上だが、日本人が1日に摂る食物繊維の平均摂取量は14g前後にとどまると言われている。そのため毎食、食物繊維を意識して摂ることが大切だ。ちなみに、小鉢1杯の「ひじきの煮物」「きんぴらごぼう」「かぼちゃの煮物」で摂取できる食物繊維が、それぞれ約3〜4g程度といわれている。こうした食材を毎日目標量の分だけ食べるのは簡単ではないが、白米やパンを玄米や全粒穀物に変えると、食物繊維の摂取量を気軽に増やせるのでおすすめだ。ただし、食物繊維やオリゴ糖は摂り過ぎるとお腹が張ったり下したりすることもあるので、注意しながら摂取しよう。
◆プロバイオティクス
ヨーグルト、乳酸飲料、納豆、漬物などの発酵食品も、腸内環境を整える生きた善玉菌が多く含まれ、これらは「プロバイオティクス」と呼ばれる。普段の食事だけでなく、ビフィズス菌、乳酸菌、酪酸菌などが含まれるサプリメントや整腸剤を活用することも一つだ。 特に酪酸菌は限られた食材にしか存在せず、普段の食事からだけでは充分に摂取することが難しい菌だ。
この「プレバイオティクス」と「プロバイオティクス」を一緒に摂取する方法を、「シンバイオティクス」と呼ぶ。2つを組み合わせることで、相乗効果でより効果的な腸内環境の改善につながる。
簡単に真似できる具体的な食事メニュー例として、オートミールをご飯代わりにして納豆をかけて食べると、食物繊維、大豆、発酵食品といったキーワードの揃ったシンバイオティクスを実現できる。納豆にキムチなどをプラスするとより良いだろう。

食事以外に
適度な運動も腸活に有効で、特に腹筋運動は腸腰筋が鍛えられ、便秘解消が期待できる。また、日々の運動が酪酸菌を増やすのに効果的だと言われており、やや強度の高い運動を30〜60分、週に3回継続するのが理想。ジョギングをしたり、普段からエレベーターではなく階段を利用したり、生活に取り入れやすいことから始めてみよう。しっかりと睡眠をとることも腸活の一つで、睡眠の質が向上することで腸内細菌のバランスが整い、基礎代謝の向上にもつながる。
逆に、偏った食生活などが続くと腸に悪く体にも心にも悪影響を及ぼす。ダイエットで極端に食事量を減らす、脂質が多く野菜類が少ない食事などはNGだ。脳がストレスを感じると自律神経が乱れ、消化器官の機能が低下するため、ストレスも大敵だ。

子どもの腸活も重要
腸内環境を整えるのは早いほうがいいとされている。病気がちな人は腸内細菌の多様性が低い傾向があるが、成人すると補おうとしても定着させにくい。一方で、幼少期は食事や接触によって菌を取り入れ、腸内に常在菌として住まわせることが可能。多様な菌を抱えられる子ども時代に腸活を意識することは、将来のためにも重要になってくる。また、食の好みは腸内細菌に左右されるのではないか、という研究もある。例えば「おふくろの味」。実家を離れてから当時のメニューを食べたいと思うのは、今までの食事内容が腸内細菌の餌となっていたことが関係している可能性がある。食の好みは腸内細菌が影響するという動物実験での研究報告もある。子ども時代に好き嫌いせず健やかに過ごすことは、将来の健康な身体作りのための腸活でもあるのだ。
最近では大人だけでなく子どもの便秘も増えているそうで、東京都内の小学生を対象にとったアンケート調査で、約3割が便秘気味という結果も。子どものお通じ事情があまり良くない場合は、特に腸活を意識したほうが良い。便秘、もしくは便秘気味の子どもたちは、
・朝ご飯を食べない
・お肉が大好き
・野菜が嫌い
・常習的に夜更かしや朝寝坊をしている
・体育の授業が嫌い
・あまり外で遊ばない
といった特徴が見られる。子どもの腸活を意識する場合には、一つの目安にすると良いだろう。
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腸は、心と体の健康を支える土台として重要な役割を果たしている。忙しい日々の中では食生活や生活習慣が乱れ、ストレスも溜まりやすい。しかしそれによって腸内環境が乱れると、さらなる体の不調やストレスが積み重なり、悪循環になっていく。腸活は毎日の積み重ね。腸に良い生活を意識することで、心身の良いサイクルを作っていこう。

短鎖脂肪酸が免疫機能を向上
短鎖脂肪酸の働きは以前から専門家の間で注目されてきたが、近年の研究の進展により、改めてその重要性が脚光を浴びている。短鎖脂肪酸は、腸内細菌が食物繊維やオリゴ糖といったプレバイオティクスをエサにすることで産生される代謝物質の一種で、脳内で働く免疫細胞の機能にも影響を及ぼすと考えられている。これまでの研究では、免疫機能の増強のほか、便通の改善、肥満の抑制、アレルギーの抑制、さらには持久力の向上についても関連が指摘されている。今後も新たな働きが発表されることが期待されており、腸活に取り組む際には、この「短鎖脂肪酸」というキーワードを意識しておくといいだろう。