新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットと新ビジネスモデル

世界的に問題になっている地球温暖化。その原因である温室効果ガスの削減を促進するべく、削減した効果を金銭価値化し、削減者が利益を得られる仕組み「炭素クレジット」をご存知だろうか? 現在、この炭素クレジットが企業の新たなビジネスモデルを創出するとして、国内外から注目を集めている。本稿では、炭素クレジット制度についてや、ビジネスの実例などを取り上げつつ、その可能性に迫る。

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マスターズ2022年3月号

気候変動問題の原因「GHG」
その影響も削減効果も世界共通

近年、世界中で多発し、甚大な災害をもたらす熱波や台風、干ばつ、洪水──。こういった異常気象の原因の一つとされているのが、地球温暖化だ。地球温暖化は気候変動で起きる現象の一つであり、この原因とされているのが、主に化石燃料(石炭、石油、天然ガス)などを燃焼させることにより発生する二酸化炭素(CO2)が、大気中に蓄積するためだと言われている。CO2の他、代替フロンやメタンガスなどが、温暖化を引き起こす物質とされており、総称して「温室効果ガス(GHG:Greenhouse Gas)」という。気候変動の進行を防ぐためには、GHGの排出量を抑えることが重要。例えば、「節電を心掛ける」「なるべく自動車に乗らない」「クールビス・ウォームビズにより冷暖房に頼らない過ごし方をする」といった活動を通じて化石燃料の消費量を減らすことが、結果的にはGHGの排出量抑制につながるのだ。
ここで、気候変動問題の特質として、一つ知っておきたいことがある。それは、気候変動問題は、土壌汚染や水質汚染といった局地的な環境問題とは異なり、その影響などが世界中に及ぶということ。というのも、気候変動問題は大気中に蓄積するGHG濃度によって引き起こされ、またGHGは地球全体に拡散していくものだ。そのため、例えばA国で排出されたGHGは、A国にだけ影響を及ぼすのではなく、南極の棚氷の減少による海面上昇や、B国の熱波・干ばつの原因の一つになりうるのだ。逆に言えば、A国で排出されるGHGを削減することは、B国やC国で起こる気候変動に起因する自然災害などを抑止する可能性がある、ということになる。

GHGの排出削減量を金銭価値化
スタートしたのが「炭素クレジット」

気候変動問題は世界共通── この原則から1992年に採択されたのが、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)の京都議定書における国別割当量(AAU)だ。この京都議定書では、2008年から2012年までに、先進国全体でGHGを1990年比で5%削減することを掲げ、日本は6%削減することを約束した。
加えて、世界全体でこの目標をより効果的・効率的に達成できるようにするための仕組みが考えられ、スタートしたのが、GHG排出削減の効果を金銭価値化する「炭素クレジット」。これにより、目に見えない「GHG排出枠」を「クレジット」として証券のように扱うことが可能となり、他国で実施したGHG排出削減量を自国の排出削減目標に換算したり、GHG排出削減の実施者やそのプロジェクトへの投資者が利益を得られるようにしたのだ。

複数存在するクレジット制度
国家間や企業間でもOK

炭素クレジットの単位は、一般的に「tCO2」が用いられる。なぜ、「CO2」なのか? それは、CO2を基準にしてGHGの排出量や削減量を考えるからだ。GHGとして国際的な取り決めの下、規制されているものは二酸化炭素以外にも、一酸化二窒素や六フッ化硫黄など、7種類。それぞれが気候変動を引き起こす強さを示す係数である「温暖化係数(GWP)」を持っており、例えばCO2のGWPを1として、メタンのGWPは25などと定められている。つまりメタンを1t削減することは、CO2を25t削減するのと同じ気候変動緩和効果がある、という風に考えるため、単位にも「CO2」が用いられているのだ。炭素クレジットを生み出すためには、GHG排出削減量を定量的に評価する必要があり、いくつかの制度が存在するので、紹介する。

1.【クリーン開発メカニズム制度(CDM)】
先進国が発展途上国が実施する二酸化炭素排出量削減への取り組みを資金や技術で支援し、達成した排出量削減分を両国で分配することができる(京都議定書第12条にて規定)。
CDMでは、排出削減義務を持たない開発途上国で「排出していたであろうGHGを、排出しないこととした」という方法で、GHG削減量を定量的に評価するため、厳格な条件が設けられている。そのため、条件を満たしているかどうかの審査も厳格に行われ、第三者審査機関による審査を通過しても、CDM理事会による審査が行われるなど、手続きの労力やコストがかかるといったデメリットがある。一方で、国連が発行するクレジットであるため信頼度はかなり高い。

2.【共同実施 】
先進国間でGHGの削減事業を実施し、その結果生じた削減量をホスト国から投資国に移転することができる(京都議定書第6条にて規定)。

3.【二国間クレジット制度(JCM)】
CDMの課題を克服するべく、日本政府が企図した国際的なクレジット制度。日本の優れた低炭素技術やシステム、サービス、インフラを発展途上国になどに提供することで、途上国のGHG削減など持続可能な開発に貢献し、その成果を二国間で分け合う。

4.【J-クレジット制度】
J-クレジット制度は、日本国内での省エネ機器の導入や森林経営などの取り組みにより、CO2などのGHG排出削減量や吸収量を「クレジット」として国が認証・運営する、日本国内のクレジット制度。J-クレジットの創出者は中小企業や農業者、森林所有者、地方自治体などであり、認証されたJ-クレジットは、大企業や中小企業、地方自治体などに売却することができる。この制度により創出されたクレジットは、企業の低炭素社会実行計画の目標達成やカーボン・オフセットなど、様々な用途に活用できる。

世界では、2000年からの20年間で、気候変動による災害が82%も増大している。そんな気候変動の要因とされるのが温室効果ガス。温室効果ガスは、以下の7種類ある。
◆二酸化炭素(CO2)
◆メタン(CH₄)
◆一酸化二窒素(N₂O)
◆ハイドロフルオロカーボン類(HFCs)
◆パーフルオロカーボン類(PFCs)
◆六ふっ化硫黄(SF₆)
◆三ふっ化窒素(NF₃)
例えばメタンは二酸化炭素の25倍、一酸化二窒素は298倍の温室効果があるとされている。

「新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットと新ビジネスモデル」の図1

進む民間主導の仕組み
海外が一歩リード

こうした地球温暖化対策への機運の高まりを背景に、近年は国家間だけでなく、J-クレジットのような制度を利用した民間主導の「炭素クレジット」の取り組みに注目が集まっている。というのも企業間でクレジットを売買することで、クレジットの創出者が売却益を得られることはもちろん、J-クレジットを創出するために省エネ設備を導入したことでランニングコストの削減が可能となったり、地球温暖化対策に積極的な企業だとPRできたりするなどのメリットがあるのだ。
民間主導の炭素クレジットの市場規模は、2015年〜2020年の5年間で4倍近くに増加。イギリスの調査会社によると、2020年に世界で発行されたクレジットは二酸化炭素2億2,300万t分となり、5年間で3.8倍に増えた。現在は1t当たり平均5ドルほどで取り引きされており、今後クレジットの需要が一段と伸びることで2030年までに価格が最大10倍ほどになると予測されている。

 炭素クレジット市場の拡大はITを活用した森林や農地の管理など、効率よく二酸化炭素を吸収するための技術開発につながると期待されており、欧米の企業を中心に利用が活発になっている他、国内でも動きが出始めている。
例えば、アメリカでは環境政策を重視するバイデン政権の下、炭素クレジットが「新たなゴールドラッシュ」とも表現されて期待を集めている。
中西部オハイオ州の農家リック・クリフトン氏は、およそ1,200ヘクタールの畑で秋に大豆を収穫した後、畑を使わない春までの間、収穫しないライ麦などを植える取り組みを始めた。これにより、二酸化炭素を土の中にとどめる効果があるということで削減できる分をクレジットの形で販売。5年間で17万5,000ドル(日本円で1,900万円余り)を手にしている。
また、農業の分野だけでなく、巨大IT企業も炭素クレジットの拡大に向けて動き出している。『マイクロソフト』は、自社の二酸化炭素の排出を削減するとともに、炭素クレジットを活用して2030年に排出量を実質マイナスにする目標を掲げている。単にクレジットの買い手となるだけでなく、大気中から二酸化炭素を直接回収する設備を手掛けるスイスの企業へ出資した他、森林の管理や農業ビジネスの企業と相次いで提携し、クレジットを生み出す事業に資金を送っている。さらに今後は衛星写真をAI=人工知能で解析するなど、自社のビジネスも活用して森林の管理などの効率を高めていく構えだ。

国内企業もスタート!
自社の技術を活かして問題に取り組む

このような世界の流れを踏まえ、日本国内でも炭素クレジットを生む事業に乗り出す企業が出始めている。石油元売り最大手『ENEOSホールディングス』は、環境関連の企業に相次いで出資。2021年3月には森林を管理するシステムを手掛けるスタートアップ企業に出資した。そして、茨城県日立市にあるグループ会社の遊休林で、二酸化炭素の吸収の効率を高め、削減分をクレジット化するための調査を始めた。調査では100haの山林をドローンで上空から撮影。樹木の種類や密度を調べる他、リュックサック型の機材を背負って森林の中を歩き、立体的に幹の太さや木の量を把握する。データを解析することで森林がより多くの二酸化炭素を吸収するために手入れをすべき部分を、効率的に割り出すためだ。『ENEOSホールディングス』未来事業推進部のグループマネージャーである大間知孝博氏はこう語る。「エネルギーの供給会社として完全にGHG排出をなくすのは難しく、最後は炭素クレジットが必要になる。その中で、先端技術を使って自然を後世に残す取り組みに資金が回るようにしたいと考えた。まずは一つ実績をつくることを目指したい」と。

「新たなゴールドラッシュ? 炭素クレジットと新ビジネスモデル」の図2

阪急電鉄と大阪ガス
J-クレジット制度を活用した「宝塚大劇場カーボン・オフセット公演」を開催。当該公演期間中に排出される全てのCO2をオフセットする。
今回の取り組みによるCO2排出量の削減見込みは約550〜600tCO2で、一般家庭の約140〜150世帯分の年間CO2排出量に相当する。観覧を通じて、地球温暖化防止への関心を高めてもらうためにも、1公演に限り、抽選で25組50名様をご招待するチケットプレゼントを企画。『阪急電鉄』では、宝塚大劇場において館内照明設備のLED化による消費電力削減の他、CO2排出量が少ないクリーンなエネルギーである天然ガスを利用した高効率ガス冷暖房を採用することによる電力需要の平準化に寄与する。一方、『大阪ガス』では、高効率なガスコージェネレーションシステムやガス冷暖房などの導入を推進することにより、企業のCO2削減と、クレジットの創出を支援する構えだ。

住友林業とIHI
「森林管理コンサルティング事業」と「自然資本の価値を最大化する持続可能なビジネスの開発」に向けた業務提携契約を締結。
『住友林業』は国内で培った森林の管理技術や、世界で唯一の成功事例であるインドネシアでの熱帯泥炭地の管理技術、地上測定データの蓄積が大きな強み。IHIグループは長年の宇宙開発で培った人工衛星データの利用技術や、気象観測・予測技術が強み。両社の強みを合わせて、熱帯泥炭地の管理技術を世界中に広く普及させる手法を開発し、2022年にコンサルティング事業として展開を開始する。また、広大な森林が吸収する二酸化炭素量を高精度で評価しモニタリングする手法を開発。気候変動対策としての炭素吸収の価値だけでなく、生物多様性や水循環の保全、地域社会への貢献といった「自然資本」としての付加価値を加えることで「質の高い炭素クレジット」の創出に取り組んでいく。

滋賀銀行と滋賀県造林公社
地域の脱炭素の取り組みに貢献するべく、J-クレジット制度を活用した「びわ湖カーボンクレジット」パートナー協定を締結。
寄付スキーム「未来よし+(プラス)」を通じて「びわ湖カーボンクレジット」を継続的に購入していく予定。購入により地域の脱炭素の取り組みや森林保全、生物多様性保全などに貢献していく。「未来よし+」は、脱炭素やSDGsに貢献する対象商品を顧客に利用してもらうと、そのご利用実績に応じて『滋賀銀行』が資金を拠出し、地域の様々な課題解決の取り組みを支援する寄付スキームだ。「未来よし+」による寄付・寄贈等の方法の一つに「びわ湖カーボンクレジット」購入を設け、地域の脱炭素およびSDGs達成に向けて、顧客の取り組みをさらに後押する。

火急の問題である気候変動
課題を乗り越え取り組む姿勢が重要

「西海岸の熱波で見られるように気候変動問題は緊急性が高く、今、動かなければならない。気候変動に強い経済社会を目指しながらビジネスが発展する機会だと捉えている」と語るのは、『マイクロソフト』のカーボン・プログラム・マネージャーであるエリザベス・ウィルモットさんだ。また、『みずほリサーチ&テクノロジーズ』のコンサルタント・内藤秀治氏も「日本企業も目標達成のために単にクレジットを買うだけでなくクレジットを創出する側にもなることが望ましい。海外がまず先行しているが二酸化炭素の回収などは関連する技術を持つ日本企業も多いので技術を普及させていくチャンスがある」と語る。二酸化炭素を取り除く技術の開発は重要だが、大きなコストがかかるなどの問題もある。それでも気候変動問題は抜き差しならないのが現状だ。資金力のある企業がまず動いてまだ規模の小さい炭素クレジット市場を健全に成長させることが、今後の課題と言えそうだ。

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