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新規事業を成功に導くコンセプト「PMF」とは

PMFとは、「プロダクト・マーケット・フィット」の頭文字を取った略語である。創業から短期間での急成長を目指す米国スタートアップ企業の用語として登場したコンセプトであるが、そこには30%以下とも言われる国内企業の新規事業の成功率をアップさせるヒントがある。本稿ではPMFを紹介するとともに、新規事業開発に役立てられるポイントを考察する。

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月刊誌マスターズ2023年11月号

調査で浮き彫りになる新規事業の難しさ

昨今、規模や業種を問わず、多くの企業が新規事業に取り組んでいる。その内容は、新しい商品やサービスを開発するものがあれば、既存商品の新たな市場を模索するものもある。企業によって取り組み方や目的は様々であるが、共通しているのは「現状のままではいけない」という問題意識ではないだろうか。「新規事業」という言葉には、夢や憧れに似た響きがある。社長からの期待、選りすぐりのメンバー、企業の命運を握るプロジェクト─若手社員の中にも「いつかは新規事業の開発に携わりたい」という希望を持つ者は多い。しかし、現実は厳しい。2017年の「中小企業白書」によれば、「新事業展開に成功した」と回答した企業は全体の約28.6%である(表1)。もっとも、本調査は「成功」の基準が明らかにされておらず、またどの程度時間が経過してからの評価かも不明であることから、回答はいわゆる「肌感覚」によると思われる。それにしても「成功した」の回答が30%にも満たないのは少々寂しいのではないだろうか。『パーソル総合研究所』の「新規事業開発に関する調査」は、従業員数300名以上の企業で自社の新規事業開発を専任または兼務している担当者を対象に行われた。その中の「新事業開発の成功度」についての質問には、「非常に成功している」と「どちらかというと成功している」の回答者が合わせて30.6%であった(表2)。奇しくも中小企業白書に近い数字が表れている。もう一つ、『アビームコンサルティング』の「新規事業の実態調査」も紹介しよう。こちらは売上規模200億円以上の有力企業を対象にしたもので、新規事業のコンセプト創造をスタート、中核事業化をゴールとして各フェーズにおける各社の回答状況をまとめている。これによると、新規事業の取り組みが始まってから実際に立ち上げに至った企業が45%、単年黒字化を果たした企業が17%、中核事業化に至った企業が4%であった。単年黒字化をとりあえずの「成功」とするならば成功率は17%となり、前出の2つの調査よりもさらに厳しい結果となっている。多種多様な取り組みがあるはずの「新規事業」を一括りにしている点などを考慮すれば、これらの調査を単純に比較するのは危険ではある。とはいえ現状、新規事業が「モノになる」可能性はおしなべて高くないとは言えそうだ。

新規事業の成功を阻むものは何か

新規事業の成功率を上げるためには、失敗の原因を知らねばならない。失敗の原因についてもいくつかの調査はあるが、大きくは

1.社内の組織マネジメント上の問題

2.資金の問題

3.マーケティングの問題

に要約することが可能だ。組織マネジメント上の問題で最も象徴的なものは「人材不足」であろう。例えば、「新規事業を推進するにふさわしい技術、スキルを持った人材がいなかった」というもの。社内の連携という観点からは「社内の関係部署とのやり取りが上手くいかなかった」「意思決定スピードが遅かった」という回答もある。「担当者が新規事業専任ではなかったので通常の仕事を優先してしまった」という事象は、中小企業によく見られる頓挫の理由である。「会社の命運を握るプロジェクト」などと銘打たれながら、本業の片手間で取り組まされたのでは社員もモチベーションが上がらず、真剣に取り組むだけの時間的余裕もないだろう。「資金不足」も根は同じかもしれないが、これらは企業としての取り組みの甘さ、見通しの甘さに他ならない。議論ばかりして何も進まないのは問題であるが、深く考えず「とりあえず」進めてもやはり行き詰るという、当然といえば当然の帰結と言えよう。3つ目のマーケティングの問題は、「市場調査が十分でなかった」「売れるものよりも作りたいものを作ってしまった」といったものだ。本稿ではこの問題を詳しく論じたい。これらは技術的な問題であり、しっかりした思考の基軸を持っていなければ、取り組みの姿勢や心掛けを改善するだけではどうにもならないからだ。ここで昨今クローズアップされているのが、「PMF=プロダクト・マーケット・フィット」である。

エンジニア出身の投資家が発案した「PMF」

PMFは米国のベンチャーキャピタル『アンドリーセン・ホロウィッツ』の創業者であるマーク・アンドリーセン氏が発案者と言われる。アンドリーセン氏はもともとインターネットの技術者で、Webブラウザ「モザイク」や「ネットスケープ・ナビゲーター」の開発者でもあると聞けば、ネット揺籃期からのユーザーは懐かしさとともにその名を思い出すかもしれない。アンドリーセン氏はその後も技術者としてネット企業の役員を務めるなどしていたが、2009年にベンチャーキャピタル『アンドリーセン・ホロウィッツ』を共同で設立、「スーパーエンジェル投資家」として、まだ海のものとも山のものとも知れない新興企業の中から成長企業を見抜いて投資している。もともと腕利きのエンジニアであるアンドリーセン氏はハイテク企業に対する慧眼の持ち主で、同社が投資した『Facebook』(現『Meta』、実名制のSNSプラットフォーム)、『Slack』(業務用コミュニケーションツール)、『Airbnb』(宿泊スペースのオンライン市場)等のハイテク企業は今や世界的に影響力を持つ存在となっている。そのアンドリーセン氏が新興企業や新事業を見極める際に最も重視していることが、PMFに達するポテンシャルがあるかどうかなのだ。PMFを「製品が市場に適合していること」と文字通りに訳してしまうと「何を当り前のことを」と思われそうであるが、「スタートアップの撤退要因」の調査の最たるものが「市場が存在しなかった」であることを見れば(次頁表3)、決して「当り前」ではないことが分かる。多くの企業、プロジェクトが「新事業を立ち上げる」ことに夢中になって市場を軽視してしまうのは珍しいことではなく、むしろ陥りやすい罠である。しかし、「やってみなければ分からない」というある種の「ロマン」を原動力とする新規事業開発の「やった結果分かったこと」が「市場が存在しなかった」では目も当てられない。PMFの啓発に尽力している『才流』の代表者・栗原康太氏は、著書『新規事業を成功させるPMFの教科書』の中で、PMFを次のように定義している。それが「顧客のニーズを満たす商品で、正しい市場(潜在的な顧客がたくさんいる市場)にいること」である。この状態をさらに具体的にイメージできるように、栗原氏は多数の具体例を挙げている。何点かを紹介すると、「顧客からの問い合わせが殺到する」「顧客からの機能要望に商品開発が追い付かない」「事業の成長に採用が追い付かない」……。つまりは、市場に出した商品が大ヒットし、社内で嬉しい悲鳴が上がっている状態と言えよう。どうすれば、このような状態を実現できるのであろうか。

PMFに至るまでのプロセス

栗原氏は、新規事業がPMFに至るまでのフェーズを4段階に分類している。それぞれのフェーズにおいて企業がなすべきことをあわせて紹介したい。

1. Customer/Problem Fit

 狙う顧客を定め、顧客の深い課題を見つける。そのためには顧客インタビューを50回、顧客の職場訪問を100回はするべし。また、顧客の行動を500枚以上写真撮影し、写真の意味を自らの言葉で説明できるようになれば、ある程度は顧客を理解したと言えるだろう。自ら顧客と同じ体験をして課題を探ることが必要。さらに課題を解決できる類似品や競合製品を売ってみると「足りないもの」の輪郭がさらに明確になる。とにかく、顧客の課題を理解するための時間や苦労を惜しんではならない。なお、ここで取り上げるべき課題とは、「解決できたらいいな」というレベルではなく、「本当に、今すぐ解決したい喫緊の課題」である。

2. Problem/Solution Fit

 その課題は、顧客がお金を払ってでも解決してほしいものかどうかを確認する。方法としては、まだ製品は生まれていないので、自らの手で顧客が望む結果を提供してみる。例えば、デリバリーサービスであれば提供者が自ら顧客のもとに希望する商品を運び、それに対して顧客が喜んでお金を払いたいと思うかどうかを自分の目で確かめる。そうでなければ実現しても「売れない」商品・サービスになる可能性が高い。

3. Solution/Product Fit

 顧客が「お金を払ってでも得たい結果」をもたらす商品・サービスを実際に作り始める。この段階でエンジニアや生産設備、外注するなら製作業者が必要になる。商品・サービスを実際に作りながら、営業方法についても検討する。もちろんこの段階でも顧客との対話を止めてはならない。

4. Product/Market Fit

 スケール(規模の拡大)できる商品・サービスを世に出して、価格とともに本当にスケールするほどの市場があるのかを見極める。顧客からフィードバックをもらって製品をどんどん改良する。顧客が気に入る機能を磨いていきながら、ビジネスモデルやチャネルを検証する。

 現代はインターネットによって机上で膨大な情報を収集できる。しかし、体験の伴わない知識はアウトプットを「薄っぺらい」ものにしてしまいかねない。現代の商品・サービスは顧客の手間や時間を軽減するものが多いが、それを実現するためにはまず提供者が顧客と同じ不便を体験するべきだ。それが無理でも、せめて顧客の声を直接聞くべきであろう。口コミサイトを閲覧しただけで、顧客の本音を理解したような気になってはいけない。顧客を理解するとは、そういうことである。さて、4段階のフェーズに沿って行動すれば確実にPMFに至るだろうか? それは分からない。しかし、PMFを実現した商品やサービスの陰にはすべからく手間暇を惜しまない提供者の努力がある。PMFに近道はないのである。

PMFの実例
運用型テレビCMサービス『ノバセル』

『ノバセル』は、『ラクスル』が提供するテレビCMサービスだ。「運用型」を謳うこのサービスは、デジタルマーケティングの手法をテレビCMと融合させ、広告効果を可視化したものである。ビデオパッケージを「作ったら流すだけ」であったテレビCMの効果を測定・分析する画期的なサービスと言えよう。『ノバセル』誕生のきっかけは、印刷・広告サービスを提供する『ラクスル』自体がテレビCMを利用して急成長した実体験に基づく。つまり、自社業務がそのまま顧客体験となっており、社長の田部正樹氏はテレビCMに対して感じた「属人性が高く非効率」というデメリットを解決すれば大きなビジネスになるという確信を持っていた。つまり、Customer/Problem FitからProblem/Solution Fitが同時進行していたのである。そして、まだ『ノバセル』が完成していない段階で、田部社長自ら年間500件の商談をこなしたという。もちろん「テレビCMの可視化というコンセプトが受け入れられるかどうかを検証するためであったが、売るものがないのに商談を通じて数億円の売上が立ってしまったというから驚きだ。『ノバセル』が形になったら、まず無償で数社にサービス提供を行った。実際に利用してもらいフィードバックを得て、課金できるプロダクトにまで磨きをかけたのである。Solution/Product Fitの手順もしっかりと踏んでいる。田部社長は、『ノバセル』のコンセプトをプロダクトに落とし込む際、「What(何を)」と「Who(誰に)」を重視したという。『ノバセル』の「What」は「テレビCMの成功の秘訣を伝える事」、「Who」は「テレビCMを初めて制作・出稿する層」と定められた。テレビCMといえば「大手企業が大手広告代理店と組んで作るもの」と思われていたが、これまで顧客と思われていなかった「初めてのテレビCM層」をターゲットにしたのである。目論見通り、『ノバセル』は「初めてのCM層」を相手にPMFを実現するが、その層は何度もリピートしてCMを出すことがないので業績の伸長は限定的にならざるを得ない。そこで改めて「テレビCM2回目層」を「Who」に再設定した。過去にテレビCMで失敗した企業に営業をかけ、なぜ失敗したのかを説明し、再挑戦を促したのである。田部社長の言を借りれば、「PMFは結果論。大事なのは、改善を繰り返すこと。ターゲットに自分たちが選ばれる優位のポイントを見つけ切ることができたら、マーケットフィットしたということ」。そのために必要なものは「顧客の一次情報」だという。このような、あくまで顧客から視線を逸らさない姿勢こそが同社の一番の強みではないだろうか。

どのくらい時間をかければPMFに至るのか

PMFに到達するまでの期間は、極めて流動的である。各フェーズにどのくらいの時間をかければいいのか、適正な努力をすれば何ヵ月後にPMFに辿り着くのか、それは誰にも分からない。なかなかPMFが実現しない場合、途中で資金が尽きたりメンバーが離脱したりする可能性もあるだろう。ゴールの方向は分かるがそこに至るまでの距離が分からない点は、新規事業担当者の心理的な負担になるのは間違いない。そのような場合は、組織として担当者にプレッシャーをかけ過ぎないなどの気配りをする必要があるだろう。

 最後に一つ、新規事業ではないがお茶の間でPMFと言ってもいい事象を目撃したので報告したい。「とにかく明るい安村」氏である。小太りの体にビキニパンツ1枚で舞台に現れ、様々な「全裸に見えるポーズ」を見せるお笑い芸人だ。彼の決めゼリフ「安心してください、履いていますよ」は2015年の『ユーキャン新語・流行語大賞』のトップ10に選出されるほどのインパクトであったが、その後テレビ等の露出は減るばかり。いわゆる「一発屋」として消えたかの印象すらあった。しかし、今春突如英国のオーディション番組に出演して大爆笑を獲得。日本人として初めて決勝戦に進出するという快進撃を見せた。やっていることは日本とまったく同じである。しかし、市場を英国に移しただけで本人いわく「日本でも経験がない」ほどの大喝采を浴びたのだ。あくまで結果論ではあるが、英国以外からも出演オファーがあるなど「顧客からの問い合わせが殺到する」というPMFのサインはしっかりと確認できた。 

 PMFは何年も時間をかけて突然爆発することがある。ターゲット顧客を見直す、市場を変えてみるという試みは前出『ノバセル』の例にもあったように有力なトリガーとなり得る。企業の新規事業担当者は安村氏に学ぶところがあるのではないかと真剣に考えているのだが、どうだろうか。

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