坂本龍一とピアノ──「津波ピアノ」に寄せて

「あまりに好きすぎて、誰にも聴かせたくなかった」──2017年3月にリリースされた、坂本龍一の8年ぶりのオリジナルアルバム「async」をご存じだろうか。その記念ライブで、坂本は冒頭のように語った。“async(非同期)的な音楽”を通じて、坂本は何を語ろうとしているのか。坂本のメディアでの発信を追っていくと、そのヒントは、「津波ピアノ」と呼ばれる一台のピアノにあった。

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2022年4月号

ぼくが使っているピアノはぼくの声で語り、歌う。
その人の特徴的な振動をとらえ、その人の声になる。──坂本龍一

2017年3月29日に、一枚のアルバムが生まれた。「async」──非同期の意を持つそれを生み出した坂本龍一は、リリースに際して「世の中の音楽の99%は同期しているし、人を同期させる力を持っている。同期するのは人間も含めた自然の本能だと思うのですが、今回はあえてそこに逆らう非同期的な音楽を作りたいと思いました」として、「僕がやっていたテクノミュージックは、同期するための音楽。行き着く先は個人の消滅です。そこには昔から危機感があったということがいまにつながっているのかもしれません」と、アルバムへの思いを語った。そして、「いままででいちばんわがままなアルバムかもしれません」と笑ったという。

「async」の各曲は、どの曲も悲しい。切ないでもなく、苦しいでもなく、悲しい。誰かを、もしくは何かを失い、失ったものたちを想う。言うなれば弔い、または追憶だろうか。「async」を通して坂本が語るもの。それは、「津波ピアノ」と呼ばれる一台のピアノの音が物語っていた。

「津波ピアノ」は、宮城県農業高校で、長年愛用されていたグランドピアノだった。しかし、2011年3月11日に起きた東日本大震災で津波に襲われて、泥水に浸かった。坂本がそのピアノに出会ったのは翌年1月、震災で被害を受けた学校の楽器の修復支援をしている時だったという。当時を振り返り、坂本は「水分で膨らんでいたり、メカが錆びついていたりで、かすかに音は出るけど鍵盤を押し上げないと戻らなかったり、まったく音が出なかったりでした。高音の方は、塩水で弦が錆びてだいぶ切れちゃってました。切れた弦を手で弾くとガムランのような良い音がして、もちろん鍵盤では弾けないわけですけど、いい体験でしたね」と語る。坂本は、もう直らないと判断され、廃棄されようとしたそのピアノを引き取った。

「async」に収録されている「ZURE」という曲には、「津波ピアノ」と名付けられたこのピアノの音が使用されている。あえて調律をせず、錆びや泥さえもそのままの状態の音だ。後に坂本は次のように語る。「音が出る鍵盤もあれば沈んでしまって戻ってこない鍵盤もある。泥は入ってるし、調律も狂っている。普通なら壊れた楽器ということで破棄されるのだけれど、僕は、その響きを聴いて、これは自然が調律したんだと感じた。むしろ人間がする調律のほうに無理があるんじゃないかと。我々が使っている平均律というシステムは、自然の感覚じゃなくて数学的に無理やり作ったものですから」──

東日本大震災以降、音楽観に変化が現れたという坂本。「人間の英知を集めたものが壊れる姿を見るのは、とても人間にとって大事なことだと思うんですね」として、「津波で町が消えることと、音楽の崩壊ということを同じことのように考えてしまいます。特に3.11以降は。音楽の崩壊を願っているようなところがあって、不謹慎かもしれないけど、本心ですね」と語る。そして音楽の本質は“喪の音楽”だと形容した。「失ったものを歌うっていうのかな。それは詩の本質でもあるかもしれないけども。(中略)たとえば失った故郷を想うとか、あるいは帰ってこない「時」を想って歌う。それが芸術の本質じゃないかな。その想うことの中には、時への抗いも入ってるんですね。だから人間は、彫刻をしたり絵を書いたり建物を建てたりして、永続性を求める。音楽の中に失ったものを認めながら歌うことがあるんだけども、同時にその永続性も求める。そういう希求もそこに入ってるものだなあと最近感じますね」──

坂本にとって、ピアノを弾くことは自己表現だという。そしてその音は、自分の分身の声であるとも。「async」を通じて、坂本が何を伝えようとしているのか。その声を、是非一度聴いてみてほしい。

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