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変わる働き方 広がる可能性 整備が進む企業の副業制度

新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、在宅勤務を推奨する企業が増えた。オフィス面積を縮小するなど、コロナ収束に関係なく在宅勤務を標準とする新しい働き方に移行する企業もある。そうした中、注目が高まっているのが「副業」だ。業務体制を見直して外注の利用をはじめる企業、通勤時間がなくなった分の時間を副業にあてたいと考える働き手が増えたためだが、その目的は収入だけではない。企業にとっても、人材にとっても変わりつつある副業の目的を考察する。

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アンカー2020年10月号

収入目当てかキャリア形成か
副業する理由も変化

近年、副業を容認する企業が増えてきていたが、コロナ禍のリモートワークによって働く人の意識が変わり、副業ニーズはこれまで以上に高まっている。『エンワールド・ジャパン』の「新型コロナ禍におけるキャリア・転職意識調査」(2020年5月19日~21日、4,636人)によると、新型コロナウイルス感染症の流行拡大によって「リモートワークが中心となる新しい働き方を希望」する人が51%に上ったのに加え、「副業・ダブルワーク等により副収入を増加したい」と回答した人が34%いた。その理由とは。
 政府の有識者懇談会「選択する未来2.0」が6月に示した調査では、新型コロナの影響を受けて東京圏に住む20代のうち17.6%が「新たに副業を検討しはじめた」と答えた。従来、本業とは別に仕事を抱えて収入を増やすことが副業の大きな目的であり、休業を余儀なくされた企業も多く、仕事や収入など将来への漠然とした不安が高まる中、都市圏の若い世代を中心に副業を「収入を得るための選択肢の一つ」として考える傾向が浮かび上がった。同時に、副業に求めるものや副業の役割が新たな形を見せようとしている。知的好奇心を満たしたり、また本業を続けながら社内では得られない新たなスキル・経験を得たり。別の収入源があれば、収益化に時間がかかるビジネスにも挑戦できるため、起業を目指す人の副業も増えている。
 そうした中、副業をさらに後押ししているのが、コロナ禍による在宅勤務中心の働き方だ。在宅勤務によって通勤時間が削減され、空いた時間を有効活用するために副業を考える人が増えた。仕事を依頼したい企業などと、仕事を依頼されたい兼業・副業やフリーランスの人たちをマッチングするサービスを手掛ける『ランサーズ』の代表取締役社長CEO・秋好陽介氏によると、2015年に913万人だったフリーランスの人数が、コロナ禍前には1,000万人ほどにまで増えていたという。今年4月の新規登録者数は、昨年12月の1カ月間と比べて約2倍。在宅勤務でも仕事が可能だと実感したり、通勤時間の削減によって生まれた時間を他の仕事に使いたいと考えたりする人が増えたことが背景にある。
 一方の企業側も、これまでは副業人材を上手く活用できない企業が多かったが、コロナ禍で在宅勤務を導入したことをきっかけに業務を見直す企業が増加。外部人材に求める役割が明確になったことも、副業を後押しした。たとえば三密を避けるためにコールセンターを閉鎖する代わりに在宅でコールセンター業務を行えるフリーランスに依頼するケースなど、新たなニーズも生まれている。企業と働く人共にメリットをもたらす「在宅勤務+副業」という働き方は、今後普及していくだろう。
 以降のチャプターでは、副業制度の導入例を紹介していく。

採用100人の枠に4,500人が応募
副業に魅力を感じる人が多数

副業推進に関する取り組みで多くの注目を浴びるのが、『ヤフー㈱』だ。2020年7月、「ギグパートナー募集開始」をリリースし、ヤフー以外で本業に従事する人材を100名受け入れると発表した。原則、業務委託を契約形態とし、出社を伴わないオンラインでの業務を担う。これが大きな反響を呼び、100人の採用枠に対して、8月下旬時点で4,500人以上の応募があった。応募は全都道府県、国内にとどまらず海外からもあり、応募者の職種は大手企業の要職経験者やフリーランス、学生と多岐にわたり、年齢も無制限であるため下は15歳から上は80歳までと幅広い。副業に対する関心やニーズの高さが見て取れる。
 同社はもともと副業を許可。今回の副業人材募集に先駆け、社員に対して改めて「副業制度をもっと活用してほしい」と呼びかけた。新型コロナウイルス感染拡大に伴って在宅勤務を推奨する企業が増えている今、通勤時間削減によって時間に余裕が生まれた社員が多くいる。それを自社のために活かすのも一つだが、同社は社員が他社で副業する意義を見出している。他の仕事を経験することによる社員の自己成長だ。本業以外の仕事もしてみたいと考える社員もおり、そうしたニーズは自社社員に限らずあるのではないか、同社の川邊健太郎社長がそう考えたことが「ギグパートナー」の募集につながった。
 同社が副業人材を受け入れるメリットも大きい。以前から、オープンイノベーション──社外から新たな技術やアイデアを募集・集約し、革新的な新製品(商品)・サービス、またはビジネスモデルを開発するイノベーションを重視。今回の取り組みは、「業務のマンネリ化に活を入れる」ことが狙い。特に、消費者向けサービスを提供する同社にとって、社内外を問わず、様々な立場や考え方の人から意見を得ることは戦略的に有効だ。社内の評判も上々で、副業人材と協業したいという声が相次いでいるという。「ギグパートナー」の募集ページから社会に発信された「時間や場所の制約を取りはらい、組織や企業の垣根を越えて、従来では交わることのできなかった人たちと、わたしたちはこれからたくさん出会い、ともにオープンイノベーションを創出する未来を思い描いています」というメッセージ。そのスタンスこそが、同社の企業成長を後押ししているのだろう。

志願制の「社内副業制度」
会社にも社員にもメリットあり

一般的に副業とは、本業(勤務先)以外の仕事を指すが、社内副業制度を導入した企業がある。『KDDI』だ。今年6月、就業時間の約2割を目安に別の部署で業務できる「社内副業制度」を導入した。自部署とは異なる組織・違った環境の業務に携わることで社員の専門性の探索や習得を加速させると共に、組織の壁を超えた人財シナジーによるイノベーション創出の機会を増やすことが目的。社員、所属部署、社内副業先部署の3者が合意した上で、最大6カ月間にわたる社内副業を行い、社内副業先の業務も人事評価の対象となる。
 これまでは、会社指示による数年ごとの定期異動や兼務という方法が主で、希望に沿った柔軟な対応が困難だった。「社内副業制度」なら、社員自ら希望で募集業務に手を挙げ、新しい業務により挑戦しやすい。「自分の専門性を磨く場が欲しい」「他の部署を経験したい」という社員がいたが、1つの部署に短くても3~4年くらいはとどまるのが一般的であるため、配置転換を待たなければならなかった。必ずしも自身が長期的に伸ばしたい専門性のある部署に今いない場合、「社内副業制度」を利用すれば、よりスピーディーに希望する専門性の追求につなげることが可能だ。
 「社内副業制度」はあくまで『KDDI』社員としての業務の一環であり、社外で別の取引先と行う一般的な副業と違い、給与とは別の「副収入」を会社からもらえる訳ではない。部署を横断する業務は既に存在しており、あえて社内副業という形式を取る意義はどこにあるのか。先述の通り、同社では会社指示による定期異動や兼務はあった。本人の意思に関係なく、会社側が考慮した人選に基づき、しかも社員の席を所属部署からプロジェクト側に完全に移すケースが多かった。その点、「社内副業制度」では、社員自ら志願する。会社(人事・管理職)が認識している人材の中からその対象を探していた定期異動や兼務とは異なり、今まで関わりのなかった人材の応募によって、予期しないイノベーションが起きる可能性もあり、会社にとってもメリットが大きい。
 正社員約11,000名を対象に、2020年4月1日から全86業務の募集を行い、6月1日の導入以降順次、63名が社内副業を開始している。応募者属性は20代が最多で、専門性を早くに身につけたいと考える若い世代が多いことが分かる。今後はグループ会社間でも副業できるよう制度を拡充させる方向だ。

中小企業の人材不足の解決策
「タレントシェアリング」

大阪府は、大企業に在籍する高スキル人材を中小の経営に生かす「タレントシェアリング」事業を2018年度に開始した。社内の人材だけでは、企業課題の解決が難しい場合があるが、特に中小企業にとっては新たに人材を採用することは経費の面でハードルが高い。そこで、外部人材を活用するのだ。中小の求人情報を副業人材専門のマッチングサイト「Skill Shift」などに掲載し、課題解決を促す。「労務管理のIT化」や「貿易部門の管理体制強化」、「ネット通販事業の構築」といった案件で副業人材を募集したところ、翌日には応募があるなど、スキルを活かしたいと考える人の存在も明らかになった。2019年度は前年度比2倍の20件の利用があり、中小の注目度は確実に高まっている。
 大阪市西区の鋼材加工を手掛ける会社は、人事部門を担う人材を募集。人口減少時代の採用戦略を構築するにあたり、大阪府の勧めで副業人材の力を借りることにしたのだ。「第三者の目線が得られる」ほか、正社員雇用でないため人件費を抑えられる点も魅力だという。まずは3カ月の期間限定での採用だが、双方が納得すれば契約を続ける方針。人事部門1人の起用に対して20人超の応募があり、途中で募集を締め切るほどで、採用後は人事戦略を考える頭脳として活躍を期待する。
 専門知識やノウハウを持つ外部人材が着任して企業の課題を解決する「タレントシェアリング」は、中小企業が抱える課題の打開策として注目だ。

アンカー2020年10月号特集の参考画像働く側にとって副業とは大別すると2種類──本業で得たスキル・経験を活かした副業、本業では得られないスキル・経験が得られる副業。いずれにしても副業とは、企業にとってはいわばコストゼロの社員研修と言えるだろう。社員が磨き、また新たに得たスキルは企業の財産となる。企業が副業制度を導入するのは、副業を通じて得た新たな知見を自社に持ち帰ることで、社内改革や新規事業の創出などの効果を期待してのことでもあるのだ。企業と個人双方にとってwin-winの関係性を築ければ、副業の促進はさらに加速度的に進む。企業側からは副業に対して過重労働や労務管理の複雑さなどを懸念する声が根強く、長時間労働の問題が一つの大きなハードル化。政府は働き手に副業先での労働時間を本業の勤務先に自己申告させ、通算労働時間で残業時間の上限を守らせる検討を推進。8月、厚生労働省の労働政策審議会分科会は、副業・兼業の促進に関するガイドラインの改定案を了承した。改定案では、労働時間の管理について、労使双方の手続き上の負担を軽減するため、本業での法定外労働時間と副業・兼業先での労働時間の合計が月100時間未満、複数月平均80時間以内とするよう上限を設定した「管理モデル」を提示。健康確保措置に加え、労災保険の休業補償については複数職場の賃金を合算して金額を決め、実際の収入額に応じた給付が受けられるようになることなどを盛り込んだ。また、情報漏洩や本業がおろそかになることへの企業の懸念もある。定着には長時間労働の是正に加え、企業の不安を取り除くような対策が求められているが、キャリア形成と企業の人材育成、オープンイノベーションの観点から、「副業」という働き方がより容認されることを願う。

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