“従業員シェア”がコロナ禍の日本企業を救う?

コロナ禍で経済の停滞が長期化している日本。様々な企業が休業や事業縮小などの危機に直面する中、注目を集めているのが「従業員シェア」という取り組みだ。職種・業種を超え、会社間における従業員の移動を可能にし、労働力の需給バランスを調整する──大企業だけでなく、中小企業でも導入が進み、支援制度や助成金、相談の場も整備されている。本稿では、そんな「従業員シェア」の実態や実例、導入の際の留意点などを紹介する。

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MASTERS2022年7月号

コロナ禍の企業の味方「従業員シェア」

2020年に日本で最初の感染者が確認されて以降、猛威をふるい続けている新型コロナウイルス。事業を縮小せざるを得ず人手が余り始めたり、反対に需要が大幅に拡大して人手が足りなくなったり、と多くの企業が少なからずその影響を受けている。そんな今、メディアでも取り上げられ、認知度を増しているのが「従業員シェア」という取り組みだ。従業員シェアとは、一定期間、自社の従業員を他の会社に働きに行かせるというもの。いわゆる「在籍出向」を利用して従業員を共用することを指し、その期間が終了すれば、従業員は出向元企業に戻ってくる。コロナ禍にあって、人手が余る企業と、人手がほしい企業間で労働力の需給バランスを調整しながら事業を運営することができるという画期的な制度なのだ。

兼業や派遣との違いは?

従業員シェアは一見すると、副業や派遣と同じ働き方のように思えるが、厳密には別物だ。具体的に違いを挙げると、副業や兼業は従業員自身が各自の判断で行うものであり、会社から指定したり命令したりすることはない。また、派遣の場合は従業員は派遣元の事業者と雇用契約を結ぶのであって、派遣先の企業とは直接の雇用関係はない。これに対し、在籍出向型の従業員シェアは、出向元企業が従業員に命令して実施する。加えて、従業員は出向元企業と出向先企業の両方と雇用契約を結び、出向先企業の指揮命令を受ける形で就労する点が大きな違いだ。職業安定法第44条では、従業員を別の企業の指示のもとで就労させることを、業として行うことは禁止とされている(労働者供給事業の禁止)。しかし、従業員シェアは雇用機会の確保などを主な目的としているため、法律の観点からも問題はないとされているのだ。

出向元・出向先・従業員の三者にメリット

従業員シェアを行うとどんなメリットがあるのだろうか。出向元企業の最大のメリットとしては、一時的に業績が落ち、従業員過多となった場合に、従業員の雇用を打ち切らずに雇い続けることができる点が挙げられるだろう。また、従業員に他業種の企業で働いてもらうことで、新たな知識が身につけられるなど職業能力の開発にも繋がる。さらに出向することで、出向先企業や業界のノウハウを手に入れられるというのも、大きな魅力だ。一方、出向先企業としては、一時的に業績が上がって人手不足に陥っている場合に人手が得られるというのが、最大のメリット。業績がこの先も上がり続ける見通しがあっても、新規で人を雇い入れるには時間やコストがかかる。しかし従業員シェアを使えば、信用のある会社で手放したくないと思われている優秀な社員を一時的に雇うことができるため、即戦力として働いてもらえるのだ。通常、中途採用の場合では、賃金から社会保険などまで1人の社員に対して膨大な出費があるが、従業員シェアを利用すれば出向元企業と給料などを出し合う形になるため、普通に雇用するよりも安く、有能な人材を使うことができる。さらに出向元企業のノウハウを持っている従業員に働いてもらうことで、そのノウハウを自社に取り入れることが可能というメリットもある。そしてもちろん従業員にとってもメリットがある。例えば、出向先企業での経験がキャリアアップに繋がる他、解雇とならずにずっと働き続けることができるので、企業に対する信用度も上がるだろう。

人材に余剰・不足を感じる各企業も興味

相互メリットがあり、多くの企業から注目を集めている従業員シェア。コロナ禍で中途採用を行っていた企業では、「従業員シェア」に対して、どのような印象を持ち、どのような活用意向を持っているのだろうか。『マイナビ キャリアリサーチLab』が2021年5月に発表した調査結果によると、2020年に中途採用を実施した企業のうち、「従業員シェアを活用したい」と答えた企業は計70.4%。活用方法では「社内への受け入れを活用したい」が62.0%、「社外への出向を活用したい」が48.6%に上った。また、意外なことに、正社員人材に余剰感を感じている企業においても、「受入を活用したい」が約7割となっている。その理由として「能力の高い人材なら、多様な形で受け入れたい」などがあり、柔軟な人材登用・活用のスタイルを取り入れることで、さらなる事業拡大と優秀人材獲得に繋げたいという意図がある。同じように、正社員人材に不足感を感じながらも、自社の従業員の「出向」に肯定的な企業も約5割ある。「出向により従業員にキャリアを積ませたい」などが主な理由だ。そこからは、自社の従業員の成長を図り、一人ひとりに対して多様なキャリアを積む機会に繋げたいという意図が窺える。

大手だけでなく中小企業でも導入多数

在籍型出向の支援を手掛ける『産業雇用安定センター』によると、「受入」と「出向」の推移は共に増加傾向にあり、2020年度の出向は、2016年度の1.5倍、受入は1.4倍となっている。では、実際にどんな企業が、従業員シェアを導入しているのだろうか。有名なのは、航空会社『ANAホールディングス』や『日本航空(JAL)』だろう。新型コロナウイルスの影響で大打撃を受けた航空会社は、CAなどを含めた従業員を家電通販店を展開する『ノジマ』のコールセンターや店舗、『成城石井』『イオン』などに出向させた。メディアで大きく取り上げられたことからも、従業員シェアは大手企業が行うイメージが強いかもしれないが、コロナ禍の今は中小企業でも導入が進んでいる。具体的な従業員シェアの実例を紹介するので、参考にしていただきたい。

在籍出向型の従業員シェアの実例

飲食店(企業規模:300〜499人)から、警備業(企業規模:300〜499人)へ/【出向期間】2カ月【出向労働者】15名 ……<飲食店>コロナ禍の営業自粛や時短営業により売上が大幅に減少。雇用を守るため、店長クラスの従業員を中心に出向してもらうことになった。<警備会社>新型コロナワクチン接種会場の警備を受託。警備スタッフを確保するためにも従業員シェアで人材を受け入れたい。

シティーホテル(企業規模:500〜999人)から、コンビニエンスストア(企業規模:1万人以上)へ/【出向期間】24カ月【出向労働者】6名……<シティーホテル>コロナの影響により宿泊者が大幅に減少。従業員シェアを活用して従業員の雇用を維持したい。<コンビニエンスストア>直轄の店舗の店長となる人材を確保したい。勤務地は柔軟に対応可能。ホテリヤーならシフト制や夜勤にも抵抗感が少ないのでは?

旅行代理店(企業規模:30〜49人)から、保育所(企業規模:50〜99人)へ/【出向期間】12カ月【出向労働者】1名……<旅行代理店>インバウンド観光客を対象とする旅行企画・営業がほとんど稼働していない。旅行需要が回復するまで従業員の雇用維持を図りたい。<保育所>保育所での給食の調理補助者が育児休業を取得することになったので、1年間限定で勤務してくれる人材を探している。

鉄道業(企業規模:1万人以上)から、老人福祉・介護事業(企業規模:100〜299人)へ/【出向期間】12カ月【出向労働者】6名……<鉄道会社>車両運行本数を減らしているため、運転士や車掌などの乗務員が 雇用過剰。従業員から「手上げ方式」 で出向希望者を募った。<介護福祉事業所>出向期間は1年以上を希望。受入れに先立ち、自治体とも連携して介護職員初任者研修を実施し、必要なスキルを習得してもらった。

航空機付属品製造業(企業規模:300〜499人)から、産業用電気機械器具製造業(企業規模:1,000〜4,999人)へ/【出向期間】24カ月【出向労働者】54名……<航空機付属品製造会社>旅客機の機内設備の製造を行っているが、受注が減少。従業員は特殊技能を有する熟練労働者のため、何とか雇用を維持したい。<産業用電気機械器具製造会社>自動車などに搭載するコンデンサの増産に対応するため新工場を増設したが、生産要員の確保が追いつかず、早急に人材がほしい。

導入にあたり、必要な準備は?

もし自社で従業員シェアを取り入れようと考えた時、事業者はどんな点に留意すればいいだろうか。従業員シェアで大切なのは、出向元企業と出向先企業の双方での契約と、従業員の個別の同意を得ること。後々トラブルが起きないようにするためにも慎重に準備を進めていく必要があることを知っておいてほしい。

【1:従業員と出向元企業間の準備】まずは始めるべきなのは、従業員と出向元企業間の準備だ。出向元企業が在籍型出向を命じるには、従業員に「個人的な同意を得る」か、「出向先企業での賃金、労働条件、出向期間、復帰方法などが就業規則や労働協約などによって従業員の利益に配慮して整備されている」必要がある。出向を命じることができても、出向の必要性や、対象労働者の選定に関する事情などに照らし合わせて、その権利を濫用したものと認められる場合は、出向命令は無効となるので、注意が必要だ(労働契約法第14条)。そして出向を行う際は、その必要性や労働条件などについて、予めきちんと従業員に伝え、労使間でよく話し合い、従業員に個別的な同意を得ていくことが望ましい。就業規則などが整備されている場合でも、事前に出向先企業への職場見学に行ったり、手上げ方式で希望者を募ったりするなど、労働者の理解と納得を得ると尚良いだろう。

【2:出向元企業と出向先企業間の準備】次に、出向元企業と出向先企業が様々な事項を定めた上で、出向契約を結ぶ。出向契約事項で定めるべき大体の内容は、以下の通り。◎出向期間◎職務内容、職位、勤務場所、勤務時間、休憩時間、休日、休暇◎出向負担金、通勤手当、時間外手当、その他手当の負担◎出張旅費◎社会保険、労働保険◎福利厚生の取り扱い◎勤務状況の報告、人事考課◎守秘義務、損害賠償 ◎途中解約◎その他 万が一、出向契約に定めのなかったものについては、従業員の地位に関わる権利義務については出向元企業が、就労に関わる権利については出向先企業が解釈するのが合理的とされている。産業雇用安定助成金や雇用調整助成金を活用する場合、出向契約書に必ず記載しなければならない項目もあるため、注意が必要だ。

【3:従業員と出向先間の準備】出向先企業での従業員の就労(労働条件や身分など)については、出向元・出向先企業、従業員の三者の取り決めによって定められる。この取り決めによって定められた権限と責任に応じて、出向先・出向元企業それぞれの使用者が従業員に対して、賃金の支払いなど労働基準法等における使用者としての責任を負う。出向先企業での労働条件については、出向先企業が従業員に明示することになるが、出向元企業が代わりに明示することも可能だ。労働条件は下記の通り。◎労働契約の期間◎期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準◎就業の場所、従事すべき業務◎始業・就業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、労働者を2組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関すること◎賃金(退職手当、臨時賃金、賞与などを除く)の決定、計算、支払の方法、賃金の締切および支払の時期)◎退職に関すること(解雇の自由を含む)◎出向した従業員の給与・保険などの取り扱い◎退職手当の定めが適用される従業員の範囲、退職手当の決定、計算・支払い方法や支払時期◎臨時に支払われる賃金、賞与など、最低賃金額◎労働者に負担させる食費、作業用品など◎安全・衛生◎職業訓練◎災害補償、業務外の傷病扶助◎表彰・制裁◎休職に関する各事項 従業員の給与は、出向元・出向先企業の双方が話し合いの上、決定する。支給方法には、出向先企業が直接従業員に支払う方法と、出向先企業が給与負担金の形で出向元企業へ支払い、出向元企業が従業員に給与を支払う方法がある。給与に関する税務や社会保険・労働保険における取り扱いは、個別の出向契約の内容によって異なる。トラブルにならないよう、各出向契約についてどのような取り扱いとなるか確認しながら手続きを進めることが肝要だ。在籍型出向の従業員シェアの準備・留意事項に関しては、厚生労働省が「在籍型出向『基本がわかる』ハンドブック」をまとめているので、ぜひ参考にしてほしい。

サポート制度や助成金もアリ!

「従業員シェア」の浸透に伴い、サポート体制や助成金制度、相談窓口も増えてきている。例えば、国と事業主団体が協力して設立した公益財団法人『産業雇用安定センター』では、出向のマッチングを無料で実施。全国47都道府県にセンターの事務所があり、企業の相談に応じている。他にも、労働局を中心に労使団体、地方公共団体、金融機関及び関係省庁などが全国47都道府県に設置した『在籍型出向等支援協議会』では、地域連携による在籍型出向支援を行っている。公的な助成金制度としては、産業雇用安定助成金や雇用調整助成金制度などがあり、『ハローワーク』や『都道府県労働局』で助成金の申請・問い合わせも可能だ。コロナ後は、異業種間留学を通した企業や人材の成長戦略の一環へと変貌していくとも予想されている従業員シェア。ぜひ取り入れてみてはいかがだろうか。

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