値上げラッシュと日本の物価

2022年2月に、インスタントラーメンをはじめ、食品など生活用品の値上げが一斉に発表された。食料品の価格は2014年から2021年の間に8.0%上昇しているというデータもあり、物価が上がっていることを感じさせられる。だが、それに伴って「給料が上がった」「景気が良くなった」と感じている人は、恐らくあまりいないだろう。海外からは「日本はどんどん安くなっている」という声さえ聞かれる。では、なぜ今回まとまった値上げが起こったのか、日本の物価は高いのか安いのか。本稿にて考察していく。

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マスターズ2022年4月号

値上げラッシュに悲鳴

少し前の、「カップヌードル」が値上げしたニュースに、少しショックを覚えた人は多いのではないだろうか。『日清食品』は2022年2月に、「カップヌードル」「どん兵衛」「チキンラーメン」などを6月出荷分から値上げすると発表した。「カップヌードル」だと193円 → 214円と、21円アップになる。1971年に誕生した「カップヌードル」は当時100円だったが、時代と共に価格は上がり、今回は2019年からわずか3年での値上げ。100円とまでは言わなくとも、昔は確か百数十円だったような記憶がある。カップ麺全般がそれくらいで買えて、200円ほどになるのは「ちょっと良いやつ」だったはずではなかったか。「カップヌードル」が200円超えというのは、庶民にとっては歓迎できないニュースだ。
同時期に、「赤いきつね」「緑のたぬき」の『東洋水産』も、6月出荷分からの値上げを発表。「赤いきつね」のレギュラーサイズなら、193円 → 214円となる。「サッポロ一番みそラーメン」などで知られる『サンヨー食品』も、計約50品目で約10〜12%の値上げを発表。さらに、即席麺に限らず食品全般や生活用品、公共料金も同じタイミングで値上がりしている。

物価上昇=景気回復というわけでもない

“ステルス値上げ”と呼ばれる、値段を据え置きにしながら量を減らして実質的な値上げをすることは、以前から繰り返されてきた。食品を買った時に「こんなに小さかったっけ」「もっとたくさん入ってたような気が……」など、誰もが1度は感じたことがあるはず。今回値上げが発表されたのは、こうしたステルス値上げではしのげなくなったからだろう。ガソリンや灯油の価格も、最近は上昇し続けている。
これだけ一斉に値上げのニュースが出るとつらい反面、不景気脱却の期待も多少はしてしまう。ただ、物価高にも良いものと悪いものがある。良い物価高は、景気の拡大と同調するものだ。商品の値上げによって企業の売上高が増え、給料が上がり消費活動も活発になる。このサイクルが社会全体に回ると、景気も良くなるということだ。一方の悪い物価高は、物の値段が上がっているのに、給料は増えず消費活動も活発化しない状態。その結果、各企業の売り上げが減少する悪循環が生じる。今回の値上げラッシュは、この“悪い物価高”だと言われる。不景気なのに物価高が進む“スタグフレーション”に陥るリスクがある状態で、景気回復によるインフレとは違うようだ。

値上げが報道された商品などの一部
◆『マルハニチロ』3月1日納品分からサンマやサバなどの家庭用缶詰と瓶詰を約 %〜15%値上げ
◆『ニチレイフーズ』家庭用冷凍野菜の一部商品を約8%〜15%値上げ
◆『昭和産業』キャノーラ油やサラダ油などの家庭用生食用油を1kgあたり40円以上値上げ
◆『キユーピー』家庭用マヨネーズの参考小売価格で402円→436円に値上げ、『味の素』のマヨネーズでは約3%〜9%値上げ
◆『大王製紙』ティッシュペーパーやトイレットペーパーが15%以上値上げ
◆電気料金。標準家庭のケースで1カ月あたり東京電力で283円上昇するなど大手9社で値上げ
◆ガス料金。『東京ガス』など大手年ガス4社も、3月に168円から229円値上げ

ではなぜ値段が上がる?

製造コストや輸送コストなどに影響を与え、値上げの原因の一つとなるのが、原油価格だ。原油価格の代表的な指標である米国WTIの先物価格は、2021年10月下旬には前年比で2〜3倍になった。この価格高騰の原因は、各国でワクチン接種が進み世界経済が回復へ向かったからだとされる。経済活動が活発になってヒト・モノの動きが増えると、おのずとエネルギー需要が増えて、原油価格は上昇する。また、“脱炭素化”の流れも影響していると言われる。
世界的に脱炭素がテーマとなっている昨今、産油国は将来的に原油の需要が減少することを警戒し、原油増産には慎重な態度を示している。それによって原油価格の高値基調が続き輸送コストなどに影響したことが、この度の値上げの原因の一つだ。

コンテナの買い負けで物価に影響

最近価格が高騰したものに大豆製品がある。原油価格だけでなく、輸送に必要なコンテナが不足して運賃が上がり、大豆の価格が高騰したのだ。
コロナの影響で各国で巣ごもり需要の製品消費が伸びた。米国では特に中国製の家具、おもちゃ、家電といった物の需要が伸び、中国と米国を行き来する貨物量が増えたことで、コンテナが不足する事態に陥った。中国〜米国間の船のコンテナ運賃は、従来の約5倍にまで高騰。そのあおりを受けたのが日本である。
もともと、海運会社は米国から中国に行くコンテナに大豆などを積み込み、日本でそれらを下ろしてから中国へと向かっていた。しかし、運賃が大幅に上昇した今、日本に寄港してから中国に向かうよりも、コンテナが空っぽでも1日でも早く中国に行って米国行きの荷物を積んだほうが、海運会社としては儲かる。日本〜米国間の運賃相場もかなり上がったが中国〜米国のそれには及ばず、日本に寄ってくれるコンテナが減り、大豆の国内需要が逼迫することになったという。コンテナの“買い負け”とでも言える状態だ。世界的に経済成長が進む中、日本の競争力や市場としての魅力が落ち、それが結果的に今回のような値上げ現象にもつながっている。

エンゲル係数の上昇

景気回復による値上げでないなら、市民の生活はなお苦しくなる。国税庁の調査によると、2020年の平均給与は約433.1万円で前年比0.8%減。19年は1.0%減だった。その中で生活用品や公共料金、特に輸入品の値上がりは凄まじく、2022年1月の輸入物価(飲食料品・食料用水産物)は 26%の上昇だった。『第一生命経済研究所』の熊野英生氏によると、食料品の価格は2014〜21年の間に8.0%上昇した。それによって食費への出費がかさみ、エンゲル係数も上がっている。
エンゲル係数とは、消費支出に占める食料品の割合だ。2000年代は概ね23%台(2人以上の世帯)で推移していたが、2020年では27.5%。一般的に、生活水準が低いとエンゲル係数が高くなるとされる。食べることに精一杯で、他のことにお金を使う生活的余裕がない、ということだ。例えば戦後間もないころの日本のエンゲル係数は約66%に達していた。1960年代に入って40%を切り、70年代の後半に20%台まで低下した。現在の日本のエンゲルス係数は70年代後半時と同じくらい、ということか。ちなみに米国は15%台、ドイツは18%台だ。

ビッグマック指数に見る物価

「ビッグマック指数」という言葉を聞いたことがないだろうか。ファストフード店『マクドナルド』の人気商品「ビックマック」の価格を比べ、各国の通貨について購買力を比較する経済指標だ。毎年英国の経済史『エコノミスト』が算出し発表している。なぜビッグマックなのかというと、世界各国にチェーン店がある上、品質に大きな差がなく、比較材料にしやすいからだ。あくまで目安だが、「ビックマックが安く買える国ほど国際的な購買力は低い」と見ることができる。
2022年のビッグマックの価格は1位はスイスで、USドル換算で6.98ドル、日本円換算で804円だ(2022年1月時点の為替レート)。2位がノルウェーの737円で、3位に米国669円と続く。日本は33位で390円。アジア諸国では、シンガポール、タイ、中国、韓国などが日本よりも上位にくる。2000年のランキング時点では日本は5位で、ビッグマックの価格は294円だったという。年々順位を下げており、今回の値上げのニュースなどでも「最近物価がどんどん上がるなぁ」と思ってしまうが、世界的に見るとそうでもないらしい。
このビッグマック指数は長年投資家や経済学者、海外旅行者などから1つの指標として利用されているが、最近ではiPhoneの価格に注目する方法もある。

2204MA特集-値上げラッシュと日本の物価(図1)

iPhone指数でみる世界の物価

日本では、スマートフォン市場におけるiPhoneのシェアは約7割にも及ぶ。新型の発売日には長蛇の列ができるのが恒例だが、端末価格の上昇に伴い販売台数は減速傾向にあるという。この最新iPhoneを購入する時に感じる「高い」という感覚、他国の消費者も同じなのだろうか? それを比較するため、iPhoneを手に入れるために何日働けば良いのかを示したのが“iPhone指数”だ。
iPhone指数は、端末の現地価格をその国の平均月収などから出した1日あたりの賃金で割って算出される。これを主要国と比較すると、機種が新しくなる度に指数が低くなる国が多い一方で、日本の場合は値が上向いていく。2018年のiPhone Xで8.8日だった労働日数は、最新モデルの1つiPhone13Proで10日を超えるまでになった。
これは、他の国で経済成長によって物価や賃金が上昇しているのに対し、日本では物価・賃金がほとんど変わっていないことに起因する。インフレを前提にグローバル基準価格が決まる商品の場合、物価も賃金も上がっていない国や地域では、相対的にその価格を高く感じてしまう。iPhoneはその典型ということだ。

日本は物価が高い、は過去の話

ここまでで分かるように、主要国と比べて日本はすでに物価が高いとは言えない状況だ。例えばユニクロのフリースの価格。東京、ニューヨーク、ロンドン、上海、バンコクで比較すると東京が最安だという。コロナ以前、訪日客が大量に押し寄せ旅行産業が盛り上がった。訪日客が嬉々としてまとめ買いをしていた理由の一つは、そのコストパフォーマンスの高さにある。「お買い得な国」「安い国」と見られているとも言える。
筆者は中国人の友人から、「両替時のレートが昔と全然違う(元に対して円が安くなっている)」と言われたことがある。またベトナム人の友人からは「昔は日本に住むのは(経済的に)難しかったけど、今は一般の人でも簡単に来られる」と言われた。「少ずつ物価上がってるのに」と思ったものだが、成長が著しい国の目線からは相対的に安くなっているように見えるようだ。

賃上げで正の経済循環を生みたい

OECDのデータによると、1991年を100とする2019年の先進国の実質賃金は、英国が1.48倍、米国1.41倍、ドイツ・フランスがともに1.34倍と、着実に上昇している。それに対して日本は1.05倍とほとんど上がっていない。正の経済サイクルを生むには、物価の上昇に伴って賃金も上昇傾向になるべきだ。では、他国ではどのように賃上げが実現されるのだろうか。
例えば米国では、成果や実績を上げたら賃上げを要求するのが当たり前だという。賃金が上げらなければ、能力のある人材はより条件の良い会社に転職してしまう。転職行動で賃金が上がる社会構造ができているのだ。また、注目すべきは隣国である韓国の動きだ。欧米の国と比べると日本に近い労働システムを持っているが、日本の賃金が過去20年で0.4%しか増えていないのに対し、韓国は43.5%伸びているというOECDの調査がある。『労働政策研究・研修機構』の呉学殊・統括研究員は、ヨーロッパで導入されている「従業員代表制」(労使協議制)が法制化されている効果が大きいと指適する。
企業ごとに民主的な手続きで選ばれた複数の従業員代表委員が、使用者側と労働条件などの様々なテーマを協議する。

そして、締結した協定の監視や従業員の苦情・意見を処理する役割を担う。従業員代表委員会は常設の機関とし、会社から事務所の貸与や、委員の勤務時間内の活動を有給とするなども法律で保障される。韓国ではこれによって高い賃金を目指して協議することで、賃金は毎年上がっているそうだ。労働者側に賃上げ要求の意識が根付いている、という点では米国との共通点があると言える。
「日本でも取り入れるべき」と呉氏は語る。労働者の交渉力を強めることは、賃上げだけでなく企業の競争力強化にもなる。経営者としても「もっと利益を上げよう」という目標や戦略を描くことにつながるのだ。最近、米国では韓国製の高価格帯の家電がよく売れているという。昔は家電といえば日本だったが、シェアを落としつつある。賃上げと企業の競争力は無関係ではない。
人材の流出も深刻である。厚生労働省によると、日本で働いている外国人は現在、国籍別でベトナムが中国を抜いて最も多い。ただ、近年では賃金の魅力などからベトナム人の間でも「日本よりも中国で働きたい」と考える人が増えているそうだ。日本の労働者でも、例えばアニメーターは世界的な評価と過酷な労働時間とは裏腹に、給与が低いと度々問題視される。最近では海外もアニメ制作に力を入れ巨額の投資をしており、日本の優秀なアニメーターが国内で働くメリットは薄れ始めている。

物価の微増に賃金が追いつかず、生活品のわずか数十円アップで「きつい」と感じてしまう人が多い状況では、経済の活性化は難しい。日本が誇る文化を支える人材の流出を防いだり、国外から魅力を感じてもらったりする点でも、賃金面の改善は必要ではないだろうか。今回の値上げラッシュは、世界における日本の立ち位置を改めて見直しさせられる機会でもある。世界トップクラスに物価が高かった経済大国日本は、もはや30年ほども前の話なのだ。

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