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ソーシャルリクルーティング─SNSが求人活動の主役になる時代

求人難の昨今、採用に頭を悩ませている企業は多い。 大手においては企業と新入社員のミスマッチ、 入社してもすぐに退職してしまう。 中小においてはそもそも募集をかけても応募が少ない。 内定を出しても辞退される……。 そんな中、注目されているのがソーシャルリクルーティングだ。 SNSを駆使し、企業に適した人材を低コストで獲得できるという、 その手法について考察する。

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月刊誌マスターズ2023年6月号

人事担当者との出会いは「ツイッター」で

企業の求人活動は、新聞、雑誌、Web等の求人媒体に情報を掲載する、もしくはハローワーク、派遣会社、紹介会社などを使って告知し、応募があれば面接して選考する流れが当り前とされてきた。これらに加えて、ここ数年でツイッター、インスタグラム、フェイスブックなどのSNSを活用した採用活動、いわゆる「ソーシャルリクルーティング」に乗り出す企業が増えている。このソーシャルリクルーティングとはどのようなものか。ある一人の若者の転職活動を例にとってご紹介しよう。M君は26歳。大学を卒業後、大手メーカーに就職したが仕事にやり甲斐を見出せず、転職を考えるようになっていた。M君は現職では営業担当だが、商品やサービスに企画段階から参加できる仕事がしたいと漠然と考えている。しかし、転職先はどんな業界がいいか、未経験の自分を受け入れてくれる企業はあるのか、日々の忙しさの中でそこまでは深く考えられずにいた。そんなある日、通勤電車の中で開いたツイッターがM君の人生を動かすことになる。新聞を読まない彼にとって、フォローしている様々な業界のビジネスマンのツイートが重要な情報源である。その彼がいつものようにスマートフォンの青い鳥のアイコンを押すと、タイムライン(フォローしている人物のツイートが表示される画面)に、こんな文章を見つけたのだ「わが社のさらなる発展のために、新しい仲間を求めることになりました。Webマーケティングに興味ある方、DMを下さい。未経験者でもOK。まずはカジュアルにお話ししましょう」ツイートの主はインターネット広告代理店で人事を担当するK氏。直接のやり取りはなかったが、M君は彼の発信するツイートをよく見ていた。主にネット業界の話題が多かったが、K氏の発信する内容からネット業界の働き方が見えるような気がしていた。リンクからK氏の勤める会社のホームページを見た。社員数は20人と小規模ながら、SNSを使って商品の広告キャンペーンを提案したり、動画CMを作ったりしている。求人ページにはYouTube動画が組み込まれており、再生すると社員が自分たちの会社の説明をしていた。誇らしげに自分の会社や仕事のことを語る社員が眩しかった。M君はすぐにK氏のアカウントにメッセージを送った。「Mと申します。求人の件、興味あります!」

ソーシャルリクルーティングは従来の採用活動とどう違うのか

ここまでの話は、多少ディテールを省略しているものの、基本的には実話である。昨今、K氏のようにツイッターやインスタグラムの投稿で求人の告知をする企業が増えている。そして、M君のように企業情報をSNSから得ている若者は多い。しかし、SNSを単なる採用媒体の一つと考えるならば、ソーシャルリクルーティングの本質を見誤ることになるだろう。まず、ソーシャルリクルーティングが従来の採用活動とどう違うのかを考えてみたい。そのポイントは3つ考えられる。

1.企業と社員のミスマッチを防げる

 大手企業や有名企業であっても、入社して短期間で退職してしまう若者は後を絶たない。その理由の多くは、入社までに描いていたイメージと現実がかけ離れていたことで、意欲を失ってしまうというものだ。入社前に内定者とコミュニケーションを取り情報提供している企業も多いが、内定を辞退されないために「現実」をありのままに伝えることは憚られるだろう。SNSが従来の求人広告と最も大きく異なる点は、「求人していない時期であっても発信されている」点ではないだろうか。ソーシャルリクルーティングでは、その内容の多くは担当者が日常業務の中で感じていることである。若手社員の頑張りを褒めることがあれば、「こういうところは直すべき」とストレートに提言していることもある。こういった飾りのないと感じられる内容を継続的に見ていると、その会社の価値観、例えば認められる働き方、認められない働き方がイメージできてくる。このようなことから、SNS上の求人への応募者は、その企業に対する共感度が従来の求人情報よりも高いと考えられる。

2.知名度の低い企業が存在感を発揮できる

 我が国の生産年齢人口が減少していることから、企業の人材獲得競争は激化の一途をたどっている。2023年2月時点の全国平均有効求人倍率は1.34。求職者数に対して求人数が1.34倍あるという意味だが、この傾向の下では、中小企業は圧倒的に不利である。「売り手市場」なので大手企業の入社難易度は下がり、内定が出やすくなる。大手企業と中小企業の両方から内定をもらった求職者はどちらを選ぶだろうか?一方で、SNSで成果を得られるかどうかは発信内容次第である。大手企業であるか中小企業であるかに関係なく、「なるほど」と思わせる考察、「そう来たか」と感心させる視点があればフォロワーは増える。従来の求人方法よりもアプローチの幅が広いのだ。前述のK氏の勤務先も決して有名ではない小規模な広告代理店だが、M君という有望な応募者を獲得している。

3.低コストである

 有料求人媒体や紹介会社を利用しての一人あたりの採用コストは、企業にもよるが今や数百万円にもなることが珍しくない。これに対してSNSの多くは無料で利用できる。もちろんそれを運用する担当者の人件費を無視することはできないが、コスト的にノーリスクで始められるのは大きなメリットと言える。従来の採用手法の効果が下がり、採用コストが上昇していることからソーシャルリクルーティングに乗り出した企業は多い。

ソーシャルリクルーティング 企業が行った実例

ソーシャルリクルーティングにこれといったルールはない。それだけに、企業によってSNSの活用方法も様々であるが、成功している活用事例をいくつか紹介したい。

全社員がツイッターアカウントで発信

 社員数10数名の某経営コンサルティング会社は、全社員にツイッターアカウントを開設させ、日々の情報発信を奨励している。ルールとしているのはアカウント名を「本名@会社名」と統一することのみ。アカウント数が多いということは、それだけ求職者に見られる可能性が広がるということである。いわば全社員を広告媒体化、リクルーター化した発想と言えるだろう。

オープン社内報

 某システム開発会社が始めた手法であるが、追随する企業も多い。その名の通り、本来企業内でのみ閲覧される社内報を誰でも見られるようにしたものである。社内報を自社のホームページで公開する企業もあるが、コンテンツサイトのnoteを利用している企業も多い。noteはブログでもあるが更新が楽であり、広告が入らない点が企業向きである。

内定者が就活生の質問に答える

 某金融系企業が始めたもので、新卒内定者が現在就職活動中の学生の質問にインスタグラム上で答えるというもの。説明会の服装はどのようなものがいいか、面接の準備はどうすればいいかといった就活生ならではの質問に、彼らにとって最も身近な「成功者」である内定者が回答する。他社の志望者がこれを参考にすることもあり、企業として「役に立つ」イメージを発信するものとなっている。このように従来の採用手法に比べて優れた点の多いソーシャルリクルーティングではあるが、利用の仕方を誤れば逆効果にもなる。今後ソーシャルリクルーティングの導入を検討する企業のために、注意するべき点を以下にまとめる。

注意するべきこと

1.不用意な発言によるイメージダウン

 企業がソーシャルリクルーティングの実施をためらう理由の多くは、炎上リスクではないだろうか。悪気なく発信した情報でも「差別的だ」「人を見下している」「非常識ではないか」といった印象を与えて企業が謝罪する事態に追い込まれることがある。このようなリスクを回避するために発信内容を事前にチェックする企業もあるが、そうすると逆に「管理された企業」という冷たいイメージを持たれる懸念もある。最終的には担当者を信用するしかないが、その選任は慎重に行うべきであるし、他社の「炎上」事例を共有するなどリスクに対する認識を日々アップデートする必要があるだろう。

2.偏った情報発信がミスマッチを招く

 炎上以外でも、情報発信が招くリスクがある。例えば発信内容が社内イベントや飲食に関することばかりの企業SNSアカウントをたまに見かける。会社がそのような行事ばかりでないことは想像できるが、見る側の判断材料は発信された情報が全てなので、「明るく楽しい会社」の印象が意図した通りに伝わらず、ミスマッチを生む可能性がある。このような発信をする担当者は、意外にも自らの発信内容が偏っている自覚を持っていないことが多い。対策としては、自社SNSの発信内容は複数名がチェックし、必要があれば適宜軌道修正するべきであろう。

3.専門業者に「丸投げ」

 ソーシャルリクルーティングへの注目度が上がるとともに、それを代行する「専門業者」が多数登場している。それらの業者はSNSの活用には長けているが、依頼主の企業について熟知しているわけではない。代行を依頼するにあたっては、しっかりと自社の考え方や採用についての方針を共有する必要があるだろう。人気のあるSNSアカウントに共通しているのは、発信者の人柄、人間味がフォロワーを惹きつけていることである。当たり障りのない、無機質な情報発信は見向きされない。代行業者が依頼主の会社の社員になりきって発信するくらいでなければ、成果は期待できないだろう。

4.成果が出るまでに時間がかかる

 ソーシャルリクルーティングを始めればすぐにフォロワーが付き、求人情報を流せば応募者が現れるとは考えないほうがいい。人が信用されるまでにある程度の時間を要するのと同様に、SNSにおいてもまた情報発信の積み重ねが必要である。ツイッターにせよインスタグラムにせよ、始めるのは簡単であるが、最初のうちはフォロワーが集まらず反応も薄い中、ひたすらに発信のみを続けることになる。更新を止め放置してしまった企業アカウントを見かけることもあるが、これが良い印象を与えるとは考えられない。むしろ逆効果だろう。中途半端に更新が滞ってしまったアカウントは非表示にすることが賢明である。

採用活動=マーケティングという意識で

昨今、採用活動はマーケティング活動であるとも言われる。もはや「募集すれば人が来る」時代ではなく、企業のほうから人に働きかける必要がある。しかも優秀な人材は競合他社との「奪い合い」である。そんな環境において応募者に選ばれるためには、自社の魅力、ここで働くことのメリットを的確に伝えなければならない。これは、自社を「商品」、応募者を「顧客」とすれば、まさにマーケティングというわけだ。マーケティングにおいてSNSが存在感を高めているのを見れば、ソーシャルリクルーティングが台頭するのはごく当たり前のようにも思える。インターネットとは元来「人と人を結ぶ」ことに最大の効果を発揮する仕組みであるからだ。

     * * * *

 冒頭に紹介したM君は、K氏とのカフェでの「カジュアル面談」で仕事内容を詳しく聞き、また自分自身がどのような人間であるかを話した。K氏から「これは面接ではないからね」と言われていたそうだが、話しているうちに大学の先輩に人生相談をするような感じになったという。初対面の相手にそのような話ができたのも、ツイッターを通してK氏に対する信頼感が築かれていたからであろう。その後、M君は社長面接を経てK氏の会社に入社、駆け出しのWebマーケターとして新しい職場で奮闘しているという。

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